書いてあること
- 主な読者:不動産の処分を検討している経営者
- 課題:不動産を処分したいが、どのような方法があるのか分からない
- 解決策:不動産を処分する1つの方法として、不動産M&Aを検討する
1 知っていますか? 不動産処分で活用できる「不動産M&A」
不動産M&Aとは、
会社が保有する不動産を切り離して新会社を設立し、その新会社の株式を売却する
ことです。
本業とは関係のない不動産(賃貸ビルやマンションなど)がある場合、資金調達のために不動産の処分を検討することがあります。近年の不動産価格は上昇傾向にあるので、多額の含み益が出る不動産もあるでしょう。あるいは、廃業を考えている経営者は、会社が保有する不動産の処分を検討します。
会社が不動産を処分する場合、通常は買手と不動産譲渡契約を締結して、不動産自体を売却する方法が考えられますが、それ以外に「不動産M&A」という方法もあるのです。不動産の処分を検討している経営者は、この記事を読んでみてください。不動産M&Aの方法、不動産売却と比較した場合の税金面の違いなどを説明します。なお、この記事では、不動産に含み益があることを前提としています。
2 不動産M&Aと不動産売却の違いは?
早速、不動産M&Aの肝を紹介します。
不動産M&Aでは、会社分割によって事前に不動産を新会社に切り離す必要があります。会社分割とは、
既存の会社の事業を別の会社(新会社または別の既存の会社)に切り離すM&Aの手法の1つ
です。事業を新会社に切り離す会社分割の場合は、1つの会社が2つの会社になるわけです。また、その会社分割には、2つの会社が兄弟関係となる会社分割(「分割型」といいます)と、2つの会社が親子関係となる会社分割(「分社型」といいます)があります。
ここでは、一般的な不動産売却と2つの会社分割の方法の概要とともに、お金(売却代金)の流れについて説明します。
1)不動産売却
A社は、保有する不動産を買手であるB社に売却します。売却代金はA社に入ってきます。後日、オーナーに対し売却代金相当の配当を実施することで、最終的に売却代金相当はオーナーに入ってきます。
2)分割型の会社分割+株式売却
事前に、会社分割(分割型)の方法により、不動産を新会社(兄弟会社)に移管します。この会社分割に伴い、オーナーは新会社の株式を取得します(分割型の場合はオーナーが新会社を直接的に支配)。その後、オーナーは取得した新会社(兄弟会社)の株式を、買手であるB社に売却します。売却代金は直接、オーナーに入ってきます。
3)分社型の会社分割+株式売却
事前に、会社分割(分社型)の方法により、不動産を新会社(子会社)に移管します。この会社分割に伴い、A社は新会社の株式を取得します(分社型の場合はA社が新会社を直接的に支配)。その後、会社は、新会社(子会社)の株式を買手であるB社に売却します。売却代金はA社に入ってきます。なお、後日、オーナーに対し売却代金相当の配当を実施することで、最終的に売却代金相当はオーナーに入ってきます。
4)3つの方法の比較
この3つの方法をご覧いただくとお分かりだと思いますが、売却代金の入ってくる流れが異なります。
- 「2)分割型の会社分割+株式売却」では、オーナーに直接売却代金が入ってくる
- 「1)不動産売却」と「3)分社型の会社分割+株式売却」では、会社に売却代金が入ってくるため、配当を実施しないとオーナーに売却代金相当は入ってこない(もし、資金調達が目的であれば、配当を実施する必要はありません)。さらに、配当を実施すると、配当金を受けたオーナーは配当所得として課税が生じる
それでは、税金のことを考えると「2)分割型の会社分割+株式売却」の方法が一番良いのでしょうか。次の章では、税金の観点から3つの方法を説明します。
3 不動産M&Aと不動産売却の税務の取扱いは?
1)不動産売却
A社は、不動産の売却により売却益を計上するため、法人税等の納税が必要となる可能性があります。
不動産売却後に配当を実施する場合、オーナーが受領する配当金は配当所得に区分され、原則として、確定申告(総合課税)が必要となります。この場合の所得税の税率は最高45%です(さらに復興特別所得税と住民税がかかります)。
2)分割型の会社分割+株式売却
税務上、会社分割による不動産の切り離しは、
不動産を売却したものとみなされ、売却益(分割譲渡益)を計上
します。そのため、A社は法人税等の納税が必要となる可能性があります。
会社分割に伴いオーナーは一旦、新会社株式を取得しますが、税務上はみなし配当(配当名目での金銭の受け取りはありませんが、配当があったとみなされること)として認識します。このみなし配当は、金銭による配当と同様に配当所得に区分され、原則として確定申告(総合課税)が必要となります。この場合の所得税の税率は最高45%です。さらに復興特別所得税と住民税がかかります。
オーナーによる新会社株式の売却は、譲渡所得に区分されますが、原則として、税務上は売却損益が出ないように計算(株式譲渡原価と株式売却代金が同額となるように計算)がされます。
3)分社型の会社分割+株式売却
税務上、会社分割による不動産の切り離しは不動産を新会社に売却したものとみなされ、売却益(分割譲渡益)を認識します。そのため、A社は法人税等の納税が必要となる可能性があります。
A社による新会社株式の売却については、原則として、税務上は売却損益が出ないような計算(株式譲渡原価と株式売却代金が同額となるように計算)がされます。
新会社株式売却後に配当を実施する場合の取扱いは、「1)不動産売却」と同じです。
4)3つの方法の比較
3つの方法の課税関係について整理しますと、いずれの方法も、
- 不動産の売却または切り離しにより売却益を認識し、法人税等が課税される
- オーナーは配当所得に対して所得税が課税される
ことになります。
厳密な計算をすると、3つの方法の納税額に相違は生じるとは思いますが、基本的な課税関係はいずれも同じです。特に、「2)分割型の会社分割+株式売却」の方法は、A社に売却代金が入ってこないにも関わらず、法人税等を納付することになる可能性があります。
ちなみに、不動産の売却に伴い、不動産を取得した買手に対し、不動産取得税と不動産登録免許税が課されます。会社分割により不動産を切り離した場合においても、不動産を取得した新会社は、原則として、不動産取得税(一定の要件を満たす会社分割については、不動産取得税が非課税となる可能性があります)と、不動産登録免許税が課されますが、通常は買手に負担してもらいます(買手との交渉が必要です)。
4 不動産M&Aと不動産売却の手続き比較
1)不動産売却
- 他の方法と比較すると手続きが簡単。契約は不動産譲渡契約書のみ
- 他の方法と比較すると、経理処理や税金計算が簡単
2)分割型の会社分割+株式売却と、分社型の会社分割+株式売却
- 分割契約書(計画書)と株式譲渡契約書の2つの契約が必要。また、会社分割については債権者保護手続きなどの法的手続きが必要
- 会社分割手続きと不動産移転登記手続きが完了しないと、株式売却ができない
- 「1)不動産売却」と比較すると、経理処理や税金計算が複雑
以上のことを考えますと、実際には税金シミュレーション等による比較検討が必要となりますが、基本的な課税関係は同じであり、手続きについては、不動産売却が最も容易であるということになります。
5 税負担が軽く済む不動産M&Aの応用的な方法
最後に、応用的な方法として上記の方法以外の方法をご紹介します。この方法は、不動産の処分による売却益を認識しないため法人税等が課税されず、また、オーナーは配当所得ではなく、譲渡所得による課税となりますので、大幅に税金負担が軽く済む余地がある方法となります。
その方法とは、
会社分割により不動産を切り離すのではなく、不動産以外の事業を新会社に切り出して、A社(旧会社)自体を売却する方法
です。
事前に、会社分割(分割型の会社分割)の方法により、不動産以外の事業を新会社(兄弟会社)に移管します。その後、オーナーは、不動産のみとなったA社の株式を買手であるB社に売却します。売却代金は直接、オーナーに入ってきます。
税務上、一定の要件を満たす会社分割に該当する場合は、課税が生じない分割(適格分割)になり、事業の切り出しによる売却益(分割譲渡益)を認識しません。この場合、オーナーはみなし配当を認識しません。
オーナーによるA社株式の売却は譲渡所得に区分され、売却益に対して20%の所得税及び住民税が課税されます。さらに復興特別所得税がかかります。
不動産の移管(株式の売却のみで、不動産はA社所有で変わらない)をしないことから、買手であるB社に対しても、不動産取得税および不動産登録免許税が課税されません。
上記の通り、不動産の含み益に対して課税されず、オーナーに対して約20%の課税のみとなります。しかしながら、主な留意事項として次の点が考えられますので、実際にこちらの方法を採用する場合には、必ず、税務や法律の専門家のアドバイスを受けるようにしてください。
- 課税が生じない会社分割は、税務上、一定の要件を満たす必要があります。いくつかある要件のうち、特に注意すべき事項として、会社分割後に事業の廃業や新会社の売却が見込まれている場合は、会社分割時に、A社は、事業を売却した場合と同様に売却益(分割譲渡益)を認識することとなります。場合によっては、不動産売却の方法を取った場合よりも多くの納税が必要となる可能性があります
- 買手は、不動産自体や不動産を保有する新会社を取得するのではなく、株式取得を通じて、もともと事業を行っていたA社を取得することになりますので、A社に過去から蓄積された潜在的リスクがある場合には、買手はリスクの低い不動産売却の方法を選択する可能性があります
以上(2022年11月)
(執筆 アクシアパートナーズ税理士法人 税理士 大塚行親)
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