1 同一労働同一賃金とは?
今回のテーマは、「同一労働同一賃金」についてです。
これは、前回のテーマ「2024年問題」と同様に2017年3月に策定された「働き方改革実行計画」で挙げられた日本の労働制度の3つの課題のうちの「正規非正規の不合理な処遇格差」の解消を目的として法律改正がされたものです。
これまでは、有期雇用労働者(非正規)については労働契約法第20条で、短時間労働者(パートタイム)については短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律第8条、第9条で、派遣労働者については労働者派遣法第30条で、待遇の相違は不合理と認められるものであってはならないと規定されていました。2021年4月に有期雇用労働者と短時間労働者については、短時間・有期雇用労働法に統一され、派遣労働者は労働者派遣法の改正によって不合理な待遇相違、差別的な取り扱いの禁止を定めています。
2 法律改正の背景
2016年8月、安倍首相(当時)の記者会見で「同一労働同一賃金」について言及したのが始まりで「同一労働同一賃金」という言葉は注目されるようになりました。2018年6月には働き方改革関連法案が成立し、上述のとおり同一労働同一賃金を定める各種法律が改正され、2020年4月から大企業、2021年4月から中小企業も同一労働同一賃金に関する法律が順次適用されています。
では、なぜ当時の安倍政権が「働き方改革法」において「同一労働同一賃金」を掲げたのでしょうか?これまでも正規非正規の賃金格差が社会問題になってはいましたが、実は単純にその賃金格差を解消するためだけではなかったのです。
その理由は大きく2つです。
1つ目は、日本が抱える最大の問題である人口減少に伴う「生産年齢人口(15歳から64歳)」の減少です。政府としては、性別や年齢に関係なく働き手を確保したいのです。短時間であっても働きたい人や副業を持ちたい人は多くいますが、短時間だからという理由だけで正社員と同じ仕事をしているのにも関わらず時給換算をしたら大きな賃金格差が生じれば働く意欲は低減します。労働者の働き方も変化しつつありますので、より柔軟な雇用形態を提供することで一人でも多くの労働人口を確保しようというのが政府の考えです。
2つ目は「ジョブ型」の雇用システムへのシフトです。厚生労働省が平成30年版「労働経済の分析」を発行していまして、その内容をみると日本はG7の国々と比較して労働生産性が最下位という結果でした。なぜ日本の労働生産性が低いのでしょうか?その原因を「メンバーシップ型」と呼ばれる日本独特の雇用システムであることを挙げています。「メンバーシップ型」とは、新卒の社員を一斉に採用して、それぞれの能力とはかけ離れた業務であっても、長期間にわたって働いてキャリアを積めば年功序列で賃金が増えていくという日本独特の雇用形態です。ジョブローテションという名のもとに社員の能力とまったく関係ない業務を強制させることが労働生産性の低下という結果を露呈させてしまいました。「メンバーシップ型」はいわゆる「就社」であって「就職」ではないといわれます。仕事や業務内容に人をあてはめる「ジョブ型」という雇用システムへのシフトが同一労働同一賃金のもう1つの目的です。
出典:厚生労働省 平成30年版 労働経済の分析 -働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について-
3 法律改正の3つのポイント
同一労働同一賃金に関する法律改正のポイントは3つです。
まずは、均等待遇、均衡待遇、まさに同一労働同一賃金の内容です。次に、労働者への説明義務です。企業が社員やパートアルバイトを採用する際には、その労働条件についてきちんと説明すること、さらに既存の社員が労働条件について説明を求めた場合も企業はその社員へ説明する義務があるという内容です。最後に、同一労働同一賃金に関して企業と労働者との間でトラブルになった場合に迅速な解決に向けたADR制度(裁判以外の紛争解決手段で無料且つ非公開)が用意されたということです。
均等待遇というのは、例えば、正社員と契約社員、正社員とパートタイマーと比較して、業務の内容と責任の程度、配置変更の範囲について、まったく同じ場合には「差別的取扱いをしてはならない」と禁止しています。ただ、実際には正社員と契約社員、正社員とパートタイマーとの間で、業務の内容や責任の程度、配置変更の範囲が全く同じということはほとんどありません。その場合には、「その他の事情」を考慮して労働条件に差をつけても問題はありませんが、その差が「不合理と認められる相違は設けてはならない」ということを求めたのが均衡待遇ということになります。
4 5つの最高裁判決
すでにご存じの方も多いと思いますが、同一労働同一賃金に関する最高裁の判決を整理してみます。この判決は「働き方改革関連法」改正前の労働契約法第20条を前提にした裁判ではありますが、今後の判決にも影響を及ぼすと思われますので紹介します。
2018年(平成30年)6月1日判決の長澤運輸とハマキョウレックスの事例と、2020年(令和2年)10月13日判決の大阪医科薬科大学、メトロコマース、同年10月15日判決の日本郵便の事例です。これらの最高裁判決で不合理認定として違法だと判断されたのは一部の「手当」と「休暇」にとどまっています。「基本給」「賞与」「退職金」については違法ではないという判断です。「手当」や「休暇」は支給する趣旨目的が特定しやすく、事業主側が待遇差の理由を明確に説明ができなければ不合理(違法)であると判断されやすいということです。その一方、「基本給」「賞与」「退職金」については、事業主側の裁量が大きく認められる傾向にあります。しかし、判決文には「個別事情に基づく判断をします」とあるので、直ちに「処遇に差があっても違法じゃない」という最高裁判決がどこでも通用するような一般化されたものではありませんのでご注意ください。
その個別事情とは何であったかを最高裁判決文から読み解いていくと、正社員の「基本給」を非正規社員と格差をつけることや、正社員に「賞与」「退職金」を支給する趣旨目的は、事業主側が「正社員としての人材を確保したい」「その定着を図りたい」ということにある「有為人材確保論」「正社員人材確保論」ということに該当するといわれています。メトロコマースも大阪医科薬科大学でも「正社員への登用制度が存在していた」ということが判決の決め手にもなっています。
5 企業の対応方法
すでにほとんどの企業で正規非正規社員が同じ職場で働いています。それでは、企業としてどのような対応をすればいいのでしょうか?
企業としての対応方法については、厚生労働者が「パートタイム・有期雇用労働法 対応のための取組手順書」というパンフレットを作成していますのでこれを参考にすることをお勧めします。このパンフレットでは、労働者の雇用形態から、待遇の状況確認、待遇に違いがある場合にはその理由はなにか?を手中通りに進めていけば整理することができます。また違いを設けている理由の事例も紹介されているので、是非活用することをお勧めします。また社員向けに説明するモデル様式も掲載されています。さらに厚生労働省では「同一労働同一賃金ガイドライン」「不合理な待遇差解消のための 点検・検討マニュアル」を公表しています。各種資料は充実してはいますが、自社ですべての資料を読み込んで、現状把握から解決策を構築するのには限界がありますので、専門家による指導アドバイスが必要になるでしょう。
2021年にパートタイマーを雇用している事業所のうち、直近5年間に正社員とパートタイマーとの間の不合理な待遇差をなくすための取組を「実施した」かどうかを東京都が調査しました。「実施した」という事業所は約30%。しかし、一方、パートタイマーの人たちにもアンケートを実施していて、正社員との間に何らかの不合理な待遇差があるか?と質問したところ、「改善した」と回答したパートタイマーはわずか8%、「改善していない」という回答が31%です。
出典:東京都 令和3年度 中小企業労働条件等実態調査「パートタイマーに関する実態調査」結果について
今後も同一労働同一賃金に関する判決の動向は注視していく必要はありますが、企業にとっては正規非正規、パートタイマー、さらには外国人労働者の雇用において、各種手当の設定については慎重に対応していくことが求められます。すでに厚生労働省は、非正規労働者の待遇改善に向けて、全国の労働基準監督官の増員を進めています。各都道府県労働局への相談内容を踏まえて、企業への報告徴収(実態把握)も実施しています。2021年(令和3年度)は、全国6,377社を対象に報告徴収を実施して、違反が確認をされた4,470社70.1%)に対して、1万738件の是正を行ったとあります。そのため、就業規則の整備、賃金体系の確認は専門家に相談をして企業の実態に応じて修正していくことをお勧めします。
以上(2023年2月)
日本社会保険労務士法人(SATOグループ) 特定社会保険労務士 山口 友佳
SOMPOビジネスソリューションズ株式会社 社会保険労務士 西田 明弘
【著者紹介】
山口 友佳(やまぐち ゆか)
日本社会保険労務士法人(SATOグループ) 特定社会保険労務士
慶応義塾大学卒業。地方紙記者を経て2008年、社会保険労務士試験合格。
2009年、日本社会保険労務士法人設立とともに入所。2010年、社員(役員)に就任。2021年、特定付記。
労務相談部門責任者として中小企業、大企業に対する労務コンサルを担当。
就業規則諸規程のコンサル、判例に基づいた実務的なアドバイスなど経験多数。
西田 明弘(にしだ あきひろ)
SOMPOビジネスソリューションズ株式会社 社会保険労務士
明治大学商学部卒業
1995年安田火災海上保険株式会社(現 損害保険ジャパン株式会社)入社
自動車メーカーや大手電機メーカーの営業部隊で各企業の海外現地法人を包含した保険プログラム構築を担当。
また約10年間の海外勤務では海外現地法人の経営にも携わる。現在、保険代理店を対象にした研修講師を担当。
2021年社会保険労務士試験合格 2022年社会保険労務士事務所を開設し、社会保険労務士としての業務も同時に行う。
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画像:illust-ac