書いてあること

  • 主な読者:物価高騰で苦戦し、自社も値上げをしようと決意している経営者
  • 課題:交渉を有利に進めるためのテクニックがあれば知りたい
  • 解決策:「“間(沈黙)”をうまく使う」など6つのテクニックを押さえる。交渉相手にテクニックを使っていると指摘されても物怖じしないハートを持つ

1 「策士策に溺れる」にならないように

前回の「交渉前の最終確認と交渉中のバイアス排除」では、交渉に臨む前の具体的な準備事項を紹介しながら、大切なポイントとして、

  • 交渉の環境(参加者、場所、時間など)にも配慮すること
  • 交渉中はバイアスの排除を心がけること

を確認しました。これが分かっていれば、集中して交渉に臨むことができるでしょう。

シリーズ最終回となる今回は、より実践的な内容として交渉の場ですぐに使えるテクニックを紹介します。テクニックを駆使すると、驚くほど相手が動揺して交渉を有利に進められることがあります。一方、交渉慣れした相手はこちらのテクニックを逆手に取って、

そういうテクニックを使っても無駄ですよ。正々堂々とやりましょう

などと指摘しながら、局面をひっくり返しています。

テクニックは諸刃の剣であることを認識し、最も効果的と思われる局面で使ってください。では、交渉で使える6つのテクニックを紹介します。

2 “間(沈黙)”をうまく使う

沈黙に耐えられず、ついついくだらない話をしてしまうことはありませんか。

人は“間”に弱いものであり、この“間”を交渉でうまく使うことができます。基本は、

相手から厳しい要求をされたときに、こちらが“間”を取る

のです。そうすると、沈黙に耐えられなくなった相手が「今の要求は厳しすぎたでしょうか?」などと譲歩の姿勢を示してくることがあります。

ポイントは、こちらが“間”を取る際、相手に「聞き取りにくかったのかな?」であるとか、「こちらが有利で相当、追い込んでいるな」などと思われないことです。前者は大きな声ではっきりと同じことを繰り返されるだけですし、後者であれば一気に攻めてきます。そのため、

“間”を取るときは、メモを取る(実際は取っていなくてもいい)、遠くを見る

などのしぐさをしましょう。余裕があるなら、相手が厳しい要求を出してきたときに「そらきた。そこは予想していたよ」というこちら感情が伝わるしぐさをするのも悪くありません。

なお、相手が“間”を取ってくるようなら、こちらも黙って付き合えばよいのです。それでも状況が変わらなさそうなら、「本日はこれ以上の進展がなさそうですので、日時を改めましょう」といって交渉を打ち切ってしまえばよいのです。

3 良い警官と悪い警官

良い警官と悪い警官は、最もポピュラーな交渉のテクニックです。昔の刑事ドラマの取調室のシーンを思い出してください。

  • 刑事A:「おまえがやったんだろ!」と容疑者を激しく責め立てる
  • 刑事B:刑事Aを「まぁまぁ」と制し、容疑者に「かつ丼食うか?」と優しく接する

これが良い警官と悪い警官の基本です。一人が「これは150万円です」と相手に厳しい要求をしますが、もう一人は「それは難しいでしょう。せめて100万円まで当社も努力しないと」などと相手の味方のように振る舞います。この場合、こちらの主張は100万円でも十分な水準であり、150万円はいわゆる「アンカー」です。

なお、その場にいない上司を悪い警官にすることもできます。「私はいいのですが、上司が頑固で説得できるかどうか……」などといって、その場にいない人をうまく使います。

4 ドア・イン・ザ・フェイス(高い→低い)

最初に示した条件から譲歩を重ねます。相手にお値打ち感を与え、こちらの柔軟な姿勢を示すテクニックです。やり方は単純で、最初に150万円で提示し、そこから120万円、110万円と下げていくイメージです。

難しいのは最初の提示です。この例の場合、150万円という水準が相手にとって全く検討に値しないレベルだと意味がありません。ましてや、焦って値下げをすると「もともと上乗せして提示しているのだろう」と足元を見られ、その後の交渉がやりにくくなります。要求を引き下げていくドア・イン・ザ・フェイスは、こちらとしても心理的に楽なものですが、実施する際は相手の状況をしっかりと調べてからにしましょう。

なお、金額などの条件を引き下げる際は、

最初に大きく、その後は小さく

が基本です。こうして、「最初に誠意を見せてできるだけ頑張った。もう、これ以上は難しい」といった状況を演出するためです。ただ、相手がいわゆる「ハード型」の交渉をする場合、お構いなしでどんどん値下げ要求をしてくるので注意が必要です。

5 フット・イン・ザ・ドア(低い→高い)

先ほどのドア・イン・ザ・フェイス(高い→低い)とは逆のパターンです。つまり、少しずつ要求を引き上げながら、“合意感”を演出するテクニックです。

例えば、

「最初の2週間はお試し期間です」などといって商品を置いてもらい、そこから本契約にもっていく

というテクニックです。あまりやりすぎると、相手に「またか」と不誠実な印象を与えてしまうので、注意が必要です。

このフット・イン・ザ・ドアを値上げに使う場合は、

  • 初年度は10%の値上げ、次年度以降は15%の値上げ
  • 1000個までは10%の値上げ、それ以降は15%の値上げ

といったように交渉することになるでしょう。

6 その場で結論を出さない

その場で重要な判断を下し、それを相手に伝える人は多いです。交渉の場はプレッシャーがかかるので早く解放されたいですし、その場で決めたことが覆らないように相手との合意として明示しておきたいからです。

しかし、冷静になって振り返ってみると、その場で下した判断は、

  • 交渉から逃げたいので譲歩をした
  • 自分をよく見せようと譲歩をした
  • とにかく合意しなければならないという雰囲気になり譲歩をした

といった内容になっていることがあります。

ですから、それが重要な局面の判断であればあるほど、たとえ全権委任されていても、一度、持ち帰って検討するようにしましょう。ただ、毎回持ち帰って検討していると、相手から「優柔不断な人だ」とか、「この人は自分で決められないのか?」などと思われるので、持ち帰る口実は用意しておきましょう。例えば、

  • この件は当社の社長の関心も高いので、一度、報告しなければならない
  • 次の予定があるので、本日はこれで失礼します

などといった具合です。

7 相手を怒らせる

最後は禁断のテクニックです。通常、交渉の相手を怒らせることはありません。しかし、

相手がかたくなで、こちらが示したデータに反応しないような場合、わざと相手を怒らせて事態を打開する

こともあります。これが通用するのは、

  • 相手は頑固だが、真摯に交渉に向き合っている
  • 相手の交渉依存度が高い

という条件が満たされた場合です。

相手が真摯に交渉に向き合っているなら、一度怒らせて、交渉を打ち切ってみます。時間がたって冷静になった相手が「もしかすると、自分の主張は無茶なのか? あるいは前提が間違えているのか?」と考えてくれたらしめたものです。相手が真摯なら、双方にとって良い結果を目指しているはずですから、改めて交渉を開始することができます。

また、相手がこの交渉を成立させたいと強く思っていなければなりません。こうした状態を、交渉依存度が高いといいます。逆に、相手の交渉依存度が低いと、「自分を怒らせるなんて失礼だ。この交渉は決裂でいい」となり、交渉は終わってしまいます。

この相手を怒らせるというのは、それ以外に打開策が見当たらないようなケースでの最終手段なので、こちらも交渉決裂の覚悟を決めておかなければなりません。

以上(2023年3月)

pj80175
画像:Mariko Mitsuda

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