あまりたる事はたらぬと同じ事也
宮本武蔵は、巌流島での佐々木小次郎との決闘など、生涯60回以上の勝負で一度も負けなかったとされる、「無敵」の剣術家です。また、後年は剣術を会得した兵法家として大名家に仕えた他、絵画に通じるなど、剣術以外の才にも恵まれた多能な人物だったようです。
冒頭の言葉は、論語を出典とする「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如(ごと)し」ということわざと同じような意味ですが、武蔵の場合はより実践的で、闘いに際して自分が使うべき武器について戒めています。武蔵は、この言葉の前後で、「道具以下にも、かたわけてすく事あるべからず」「人まねをせず共(とも)、我身(わがみ)に随(したが)い、武道具は手にあふやうにあるべし」と記しています。現代語に訳すと、「武器選びは、特定のものだけを好んだり、人のまねをしたりせず、自分の特徴を踏まえながら、自らに合うものにしなければならない」という意味です。
武蔵といえば、大小2本の刀を同時に操る「二刀流」が有名ですが、この剣術についても、武蔵は「片手で刀を持つことに慣れれば、やがては自在に刀を操れるようになる」と言っています。奇をてらったわけではなく、より洗練された剣術を身に付けようとした結果、行き着いた答えが「大小2本の刀」だったというわけです。
武蔵の戒めは、現代人にこそ当てはまる部分が多いのではないでしょうか。私たちがものを選ぶときは、好き嫌いや世間の流行、他人との比較を基準にしがちです。
そのことは決して悪いことではないのですが、一定の歯止めがなければ、際限なくものを欲しがり、結局「持て余す」ことになります。そのための歯止めになるのが、本当にそれが自分にとって最適なのか、という冷静な自己分析です。
これは、自分のものを選ぶときに限らず、会社の売り上げや利益の目標、人事評価、部下に課す仕事量などを決める際にも当てはまることだといえます。自分の好き嫌いに影響されたり、自社の現実を踏まえずに、「多ければ多いほどよい」「競合他社がそうだから、自社もそうでなければならない」といった理由だけで物事を決めたりしていては、地に足の着いた持続性のある経営や業務はできませんし、部下も付いてこられません。
もっと自分を成長させたいと望む人にも、武蔵の言葉は参考になります。成長するために、自分に足りないものを探すことはあっても、自分にとって不要なものを捨てることから成長に結びつけようと考える人は、少ないものです。
武蔵の言葉は、世界が抱えている問題の解決のヒントにもなります。SDGsで掲げられている目標の中には、例えば貧困や飢餓の解消など、まずは余っている人(地域)と、足りない人(地域)との偏在を是正すべきものも少なくありません。
一度、自分に過分なものはないか、見直してみてはいかがでしょうか。
出典:「五輪書」(宮本武蔵著、鎌田茂雄全訳注、講談社、1986年5月)
以上(2023年3月)
pj17606
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