第28回に登場いただきますのは、ベイシス株式会社代表の吉村公孝氏です。
モバイルやIoTの領域でインフラテック事業を展開するベイシス株式会社。2000年、吉村氏がたった一人で広島県で創業し、2021年にはマザーズ(現グロース市場)上場を果たしました。地方発のスタートアップから上場企業へ。成長を成し遂げてきた吉村氏が語る「イノベーションの哲学」とは?(以下インタビューでは「吉村」)。
1 「『この人だったら次もサシで飲みに行けるな』と思える人は、そんなに大きく価値観がずれていないですね」(吉村)
John
吉村さん、上場されてから、より一層お忙しい日々だと思います。そんな中お時間をいただき、本当にありがとうございます! いろいろとお話を伺えればと思います。
最初に、創業からこれまで、21年間の変化について聞かせて頂ければと思います。特に何が大きく変わったと感じていらっしゃいますか?
吉村:
そうですね、採用の質は変わってきていると思います。
また、会社の成長とともに、経営者としてのレベルも上がってきていると思いますし、スキルも身についた実感があります。
創業当初は社長といえど、営業や人事など一人で何役もこなしていました。今は組織を作り、仕組みで企業を成長させていけるようになりました。どんなに頑張っても、一馬力の力は限られています。チームで成果を出せるようにならないとスケールしませんよね。
John
良いチームはどのように作っていくのでしょうか? 失敗やそこからの気づきも含めて教えてください。
吉村:
まずメンバー集めでいうと、学歴や職歴、スキルがピカピカの人を採用しても会社のカルチャーに合わなかったり、経営陣と相性が悪かったりと、長続きしなかったんです。長続きしないだけならまだしも、そういう人が入るとカルチャーを壊すこともあります。カルチャーマッチが大事だと思いましたね。
John
条件だけでは、その人との相性は分からないということですね。会社にフィットするかを見極める、吉村社長流のテクニックはありますか?
吉村:
私流とまでは言えないですけど(笑)、カルチャーを価値観や、行動指針として明文化しています。具体的には、Challenge、Pride、Enjoyの3つですね。採用時には、これらに紐づけた質問をして、その人の価値観を理解しようとしています。例えば、「過去にどんな挑戦をしてきたのか?」「チームで何かやり遂げた経験は?」「どんな役割でチームに貢献したのか?」などです。
それから、上層部の採用時は一緒にお酒を飲みに行きます。一次面接でスキルなどを見極めたら、二次面接のアポで飲みに誘います。当日は夕方に1時間ほどオフィスで話したら、飲みに行ってお互いを知るようにしています。
John
どのように誘うのですか? 相手も緊張するのではないかと…(笑)
吉村:
フランクに行きますよ。「お互い会議室だとカッコつけちゃうから、場所を変えて話しましょう」と言います。お酒の席でも自分を繕う人はいますが、嫌な感じは分かるものなんです。そこは自分の直感を信じています。「この人だったら次もサシで飲みに行けるな」と思える人は、それほど大きく価値観がずれていないですね。
John
シリコンバレーの著名な投資家の方々も、誰に投資するかを決めるとき、土曜日の夜10時に「飲みに行こうぜ」と言われて行ける人と一緒にやりたいと言っていましたね。もう寝ようとパジャマを着ていても、楽しそうだと思って飲みに行ける方がいいと。価値観が近くないと会いたいと思えないでしょうし、それは大事ですね。
吉村さんは、価値観とはどのように形成されるとお考えですか? チャレンジの回数や経験でしょうか?
吉村:
どう形成されているのかは分からないですが…その人の持って生まれた性格もあるでしょうし、後天的なものもありますよね。ただその中でもいくつか、大切な価値観があると感じています。例えば、素直であること、利他的であること。そういった人たちとチームを作りたいですね。
2 「外部人材を多く採ろうというよりは、内部で育てようというところがあります」(吉村)
John
改めて、ベイシスの事業内容を教えていただけますか?
吉村:
今は、簡単に言うと、通信のインフラやネットワークを作ったり、運用を請け負ったりする事業を手がけています。例えば、モバイル分野だと、5Gの通信環境や、キャリアの電波が入りやすい環境づくりをしていますね。工事もしますが、注力しているのは環境を作った後の運用です。国内だけでも、1キャリアで数十万の拠点があります。その拠点に安定して電波が入るよう、ネットワークにアクセスし、安定運用できるようにしています。
それからIoT分野。こちらはリモートモニタリングに特化し、インフラネットワークを作っています。例えば電力会社の電気メーター、ガスメーターの遠隔監視です。以前はメーターをチェックするために、検針員が現場に行って目視で確認していました。それをスマートメーターに変更することで、遠隔でチェックしたり、料金の支払いがなければ電気やガスを止めたりできるようにしています。
他にも、小売店にネットワークカメラを設置して動画データを撮り、顧客導線を分析しています。これは、陳列棚の配置を変えて売り上げアップにつなげる取り組みなどに活用しています。また、河川の推移を遠隔で測定するセンサーを取り付けて水害防止につなげるなど、様々な取り組みをしています。
John
企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)にも関連してきますね。
吉村:
通信インフラを作ることが、そのままDX事業になるわけではありませんが、関係する部分もあります。通信インフラ業界は長い間、労働集約型の事業をしてきました。そこにITを取り入れることで自動化を進めるなど、業界のDXを後押ししています。ITによって少人数でもパフォーマンスを発揮できることが、競合に対する私たちの優位性でもあります。
John
どのような人材、チームなのですか?
吉村:
経営陣で言うと、一人は十数年前に中途で入り、管理部門のトップになっています。また別の人は新卒一期生で、たたき上げで役員になりました。数年前に買収した事業の管理者をしていて、そこから生え抜きで役員になった者もいます。いろいろな背景を持ったチームです。
John
どのような能力を重視して役員を選びましたか?
吉村:
事業部門を見ている責任者は、目標を達成する能力が優れていると感じます。管理部門はまた違う資質が必要ですが、数字を追っていないとしても成果が重要であることは変わりませんね。上場準備や資金繰りができているかなど、成果が見えますから。役員には、成果を上げる能力が求められると思います。
John
成果を重視する場合、これまで成果を上げてきた人を役員にする事例もあると思いますが、吉村さんは経験のない若いチームで上場しましたよね。それはなぜでしょうか?
吉村:
企業カルチャーかもしれませんね。一言で言うと、仲間を大切にするカルチャーがあります。成果は求めますが、成果が出ないからといって、外から新しい人を入れて交代させようとはならないです。野球に例えるならば、ジャイアンツではなく広島カープ。外部人材を多く採ろうというよりは、内部で育てようというところがあります。
John
ご出身が広島ですもんね。地方を拠点に、戦って伸びていくという姿勢は、重なるものがありますね。
3 「業界の多重下請け構造の末端からスタートしました」(吉村)
John
創業当初から、ベイシスは今のような事業に取り組んでいたのでしょうか?
吉村:
そうですね。私は理系大学を卒業して、通信・電力会社向けのインフラを作っている会社に就職し、技術を学びました。1995年、windows95が発売されて、携帯電話が普及し始めた頃のことです。これは将来性がありそうだなと感じて独立し、最初はフリーランスのエンジニアとして活動しました。
John
どのような経緯でフリーランスから法人化したのですか?
吉村:
最初から会社を作りたいという想いがあったんです。フリーランスになったのも、会社員よりも資金を貯めやすいという理由からでした。資金を貯めながら、携帯電話業界の人との繋がりを築いていき、3年程度かけて実績を作り、法人化しました。
最初は、工事が終わった後のアンテナと携帯機器のセットアップなど、一人でできるような案件を請け負っていました。大手メーカーが発注する事業、その下請けの下請けの下請けのような状態ですね。業界の多重下請け構造の末端からスタートしました。
John
そこから上場に至るまで、どのように成長されていったのですか?
吉村:
とにかく実績を出すしかありません。構造的に大手が挟まっているだけで、実働は私たちが担当していました。お客さまもそれが分かっているので、段々と間に企業を挟まず、私たちと直接取引してくださるようになりました。業界の中で評価されることで成長することができました。
John
多重下請け構造は他の業界でもある商習慣ですね。
吉村:
そうですね。私は多重下請け構造に違和感を覚えています。構造の末端出身なので、末端の企業の辛さが分かります。実際に手を動かしているのは自分たちでも、管理会社に中抜きされてしまい、価格は安くなってしまうんです。
だから私たちは、管理会社が入っていたところにITを導入して、自動で管理できるようにしてきました。それによって、末端の会社と当社が直接取り引きが可能となり、更にITにより生産性を劇的に高めることができました。古いやり方を変えながら、業界の生産性を高めていきたいと考えています。
加えて、私たちがパートナーシップを結ぶ企業は、再委託しない企業。自分たちで手を動かす企業としか仕事をしないようにしています。パートナー企業には、私らが開発したクラウドシステムを全部無料で使ってもらっていますね。その方が業界全体がよくなると思いますから。
4 「当たり前を信じない、疑うことが一つのポイントだと考えています」(吉村)
John
将来についてもお聞かせください。いつ頃まで社長を続けたいと思っていますか?
吉村:
私は今49歳で、もうすぐ50歳になります。ちょうどいつまでやろうかと考える時期ですね。今のところは、60歳が区切りかなと思っています。
人生100年時代とは言いますが、歳をとるとやはり若い頃とはパフォーマンスが違いますし、考え方もかたくなる部分があります。60歳を目処に社長は新しい人に任せて、サポート役に回るほうがよいと思っています。後進を育成しながら、エンジェル投資家やアドバイザーとしての活動が増えていくのかなと。
John
吉村さんのSNSを拝見すると、トークイベントや起業家育成、地元に関する投稿も多いですよね。後進の指導や育成にも取り組まれていますか?
吉村:
やろうと思っていますね。私自身、広島出身で創業も広島ですし、広島を中心に地域の起業家を生み出し、育てる活動には積極的に参加しています。ここ数年では、実際にエンジェル投資家のような形でベンチャーに出資し、メンターをする取り組みも始めました。
John
上場した社長自らが地元に還元される、素晴らしいスタートアップエコシステムが広島に出来ると良いですね。
吉村:
そう思います。東京では上場している企業に多く出会いますが、地方だと上場は遠い世界だと思っている企業が多いです。実際ここ20年くらいの間、中国・四国地方で上場した企業はほとんどありません。まだ当たり前じゃないんですよね。広島で創業し上場までこぎつけた経験を広めていくことで視座を高め、地方でも上場できると伝えたいですし、結果として地域起業家が育ち、産業が生まれていくような活動をしたいと考えています。
John
地方の企業を応援する時、大事にしているメッセージはありますか?
吉村:
「地方で創業した人あるある」は、視座が低く、視野が狭いこと。広島やその近辺、地元しかマーケットとして見ていないんですよね。それでは事業がスケールしません。だから私は、ニッチでもいいから世界、せめて日本中で使ってもらえるサービスを作ろうよと伝えています。
John
先ほどの野球に例えるなら、プロに行けるのになぜか草野球を極めようとしているみたいな。
吉村:
そうです(笑)。ロールモデルがいないので、物事を小さく見てしまうんですよね。私も最初の2、3年は広島だけを見ていましたから。
John
最初から全国を見ていると、マーケットもメンバーもお客様も、パートナーも変わってきますよね。成長スピードが違うと思います。上場している先輩が身近にいることで、「自分にもできるんじゃないか」と思える人が増えるのではないでしょうか。
参考までに、上場後のメリット・デメリットも教えてください。
吉村:
デメリットは、今は感じていないですね。インターネットで批判されて凹むくらいでしょうか。メリットとしては、企業としての信用度が上がりました。それによって大手企業にアプローチしやすくなりました。本当のところお客様がどう感じているかはわかりませんが、初対面の方に「上場されているんですね」と言われることが増えたので、上場企業かどうかは重視されているのだなと感じます。
John
メリットを多く感じていらっしゃるのですね。本当に上場おめでとうございます。続いて、社長として21年間やってこられた、事業へのこだわりも聞かせてください。
吉村:
私たちの事業は、裏方の地味な仕事ではあります。私自身、キラキラしたかっこいい事業をやりたいと思ったこともある(笑)。でも、生活の中の「当たり前」である通信環境を、20年以上守り続けてきた自負があるんです。
例えばこの先5〜10年で、5GやIoTがますます広がっていくはずです。それを広げるためのインフラをいまベイシスが作っています。私たちが作ったインフラを使って、新たなアプリやSNSなど多くのサービスが生まれ、人々の生活が豊かになっていく。「未来の当たり前」を支えるものを作っているのです。だから地味かもしれないけれど、価値のあることをやっているんだと伝えていきたいと考えています。
John
私はずっと、「イノベーションは未来の当たり前を作ること」だと思っているのですが、ベイシスの事業はまさにそれですね。
今、世界はバブルが崩壊して、VUCAと呼ばれる時代になっています。アメリカはインフレが続き経済が伸びている一方で、日本はデフレで伸び悩んでいる。その中で、ベイシスは業績を伸ばしてきました。吉村さんは「伸びる事業」をどうやって見つけてきたのでしょうか?
吉村:
特別なことではないのですが、「どこのマーケットを狙うのか」「自社の培ったノウハウ・強みが活かせるか」が重要だと考えています。失敗したときは、このどちらかが抜け落ちていました。逆にこの2つがマッチしていれば、ほぼ外さないですね。
例えば私たちがIoT分野に軸足を移したのは2015年ごろでしたが、その頃は早すぎて市場がまだ無く、うまくいかなかったのです。数年前にIoTが伸びそうだと感じ、培った通信ノウハウを生かして参入したところ当たりました。
John
マーケット選定のポイントは何を意識されてますか?
吉村:
市場規模が大きい、伸びそうなところ、もしくは競合が弱いところですね。競合が弱ければ、市場規模が小さくても一気に市場全体を取ることができます。逆に競合が強い場合は、自社の強みが必要です。私たちもサービスにITを入れたことで差別化できました。
John
読者の中には、差別化できる強みをどう作るかについて、悩んでいる方もいらっしゃると思います。強みを作る上でのポイントはありますか?
吉村:
私たちの場合は、労働集約で人手がかかるというビジネスモデルと、お客様は安く品質の良いものを求めているということが分かっていました。お客様に喜んでいただくために、そこに何の要素を付け加えればよいかを考えたとき、ITしかないと早い段階で気づきました。
もちろんITだけが答えではありませんが、ITの活用はわかりやすいし、外れにくい。テクノロジーを使ってビジネスモデルをどう変えていけるのか、それを考えられるかどうかで明暗が分かれると思いますね。
John
吉村さんのように、経営者は常に最新のテクノロジーについて学び、自社に活かせるものはないのかアンテナを張っておかなければなりませんね。次に、上場を目指す起業家、若者に向けて、ぜひメッセージをお願いします。
吉村:
偉そうに言える立場でもないですし、僭越ですが…。私が創業したときは、決して高い志があったわけではありませんでした。お金持ちになりたい、周りからすごいと言われたいというくらいの気持ちだったんです。業界を変えたい、良くしたいと思うようになったのは、起業した後でした。
最初はお金を稼ぐことに必死でしたが、稼げるようになるとだんだんモチベーションが上がらなくなります。「結局、何で起業したんだっけ?」と考えるようになり、使命感が芽生えました。
ですので、最初から高い志がなくても良いと思うのです。それでも起業というチャレンジをするのであれば、いつかは社会を良くしたいと思って欲しい。使命感や意義を見出して、社会のためになる起業家になって欲しいと思っています。
John
吉村さん、ありがとうございます。まだまだお聞きしたいことはあるのですが、あっという間に時間が過ぎていきますね。最後の質問になります。吉村さんにとっての「イノベーションの哲学」を教えてください。
吉村:
「当たり前を信じない」ことです。もちろんベイシスにはベイシスの、業界には業界の当たり前があります。でも、それは変わっていくもの。当たり前を信じない、疑うことが一つのポイントだと考えています。
John
なるほど、だからこそ「未来の当たり前」を作ることができるのですね。今までの当たり前を鵜呑みにするだけでは、お客様は満足し続けてくれません。未来の当たり前を作り続ける存在として、今後もかっこいい吉村先輩から色々と学ばせていただけると嬉しいです。本日は吉村さん、ありがとうございました!
以上
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