書いてあること
- 主な読者:賃上げの必要性は感じるが、経営の先行きは不透明な経営者
- 課題:基本給を一度引き上げると簡単には下げられない
- 解決策:会社負担が少ない「手当」で実質的な賃上げを実施する
1 賃上げムードでも判断は慎重に!
物価高の影響などから、賃上げ(定期昇給やベースアップ)に向けた動きが活発化しています。2023年10月以降の地域別最低賃金は、全国加重平均額で1004円(過去最高額、初の1000円超え)となりました。2024年春闘では、「みんなで賃上げ。ステージを変えよう!」をスローガンに、賃上げ目標を「5%以上(定期昇給相当分を含む)」とする方針が打ち出されています。
ただ、中小企業の経営者の多くは、
「賃上げはしたいけど、先行きを考えると簡単には踏み切れない……」
と考えているのではないでしょうか。賃上げは簡単でも、賃下げは「労働条件の不利益変更」の問題などがあって難しいので、どうしても慎重にならざるを得ません。
この記事では、そのような経営者に次の2つをご提案します。
- 今の賃金水準を確認し、賃上げの必要があるかを判断する
- 「手当」で実質的な賃上げをする
2 今の賃金水準を確認し、賃上げの必要性を判断する
今の賃金水準が世間相場を上回っていれば、無理に賃上げに取り組む必要はないでしょう。そこで、
厚生労働省が毎年3月ごろに公表する「賃金センサス(賃金構造基本統計調査)」
で御社の賃金水準を確認してみてください。賃金センサスでは、賃金や賞与に関するデータが、会社の規模や産業、社員の属性(性別、年齢、勤続年数、役職、職種など)に応じて細かく分けられています。
■厚生労働省「賃金センサス」■
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou.html
例えば、社員数50人の小売業の会社が、社員の所定内賃金(毎月必ず支給する賃金、残業代などを含まない)を同業他社のデータなどと比較したい場合、社員の属性に合わせて、賃金センサスのデータを次のように検索します。
Aさんの所定内賃金であれば、40歳男性(勤続15年)の平均35万1700円や、40歳男性(課長級)の平均38万1300円と比較します。なお、これは月給の比較となりますので、賞与なども加味することを忘れないでください。
御社の賃金水準が世間相場を上回っているなら、それを社員に伝えましょう。社員は世間相場以上の賃金をもらっていることを喜ぶでしょう。逆に、御社の賃金水準が世間相場を下回っているなら、賃上げを検討する必要があります。
ただし、前述した通り、「賃上げは簡単でも、賃下げは難しい」のが実情です。基本給を引き上げると後が大変かもしれないので、それ以外で調整したいところです。そこでご提案するのが、「手当」を使って実質的な賃上げを実施する方法です。
3 「手当」で実質的な賃上げをする
基本給と違い、手当は「就業規則等で定める要件を満たす場合のみ支給する」のが基本です。要件を満たさなくなれば支給は止まるので、基本給を一律に引き上げるよりも、新しい手当をつくって社員に支給したほうが、人件費が経営を圧迫するリスクを回避しやすくなります。
また、「基本給を引き上げる代わりに、賞与で調整する」という方法を取る会社は多いですが、賞与は多くの場合、6カ月に1回の支給です。それよりも、毎月の手当で実質的な賃上げをしたほうが社員は喜ぶかもしれません。
具体的な手当の例は次の3つです。
1)インフレ手当
冒頭でお話しした物価高の影響で、2022年ごろから注目を集めているのが、
物価高が続く間、社員の生活費を補填するために支給する「インフレ手当」
です。社員が生活に困らないようにするための手当ですが、物価高が続いていることが支給の前提条件なので、経済情勢が変わってきたら支給を打ち切ることもできます。就業規則等で
「支給期間は○年○月○日から1年間とする。ただし、物価変動の状況などを考慮して会社が必要と認めた場合、支給を継続することがある」
など、あらかじめ支給期間を決めつつ必要に応じて延長する定めをすることが考えられます。
支給額については、「基本給×○%」などで設定するケース、総務省が公表している「消費者物価指数」を基準に決めるケースなど、会社によってさまざまです。ちなみに、帝国データバンクが、2022年11月にインフレ手当を導入している会社について毎月の支給額を調査したところ、
最も多かった回答は「3000円~5000円未満」「5000円~1万円未満」(ともに30.3%)
でした。
■帝国データバンク「インフレ手当に関する企業の実態アンケート」■
https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p221106.html
2)業務代替手当(育児休業など)
育児休業などで社内に長期間欠員が出る場合、導入を検討したいのが、
休業者のフォローに回る社員に対して支給する「業務代替手当」
です。通常時はさほど賃金に不満がない社員でも、社内に欠員が出て急に業務量が増えると、「今の賃金では割に合わない、もっと金額を上げてほしい」と考えるようになります。こうした場合に役立つのが業務代替手当です。
例えば、休業者が育児休業に入る前に、休業者の担当業務を他の社員に割り振り、新担当者に業務代替手当を支給するようにします。育児休業中の休業者の賃金を無給にしている会社であれば、その分の額を業務代替手当として、フォローに回る社員に分配することができます。育児休業が終了し、休業者が元の業務に復帰したら、業務代替手当の支給は終了します。
なお、育児休業については、2024年1月から
業務代替手当を支給した会社に対し、手当総額の原則4分の3(上限10万円×最大12カ月)を助成する「両立支援等助成金 育休中等業務代替支援コース」
が始まっています(業務体制の整備や育児休業等に関する情報公表について別途支給あり)。
■厚生労働省「両立支援等助成金 育休中等業務代替支援コース(下記URL中段)」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/shokuba_kosodate/ryouritsu01/index.html
2)インセンティブ報酬
運用次第で会社の業績アップにもつながる可能性があるのが、
社員が特定の目標を達成した場合に支給する「インセンティブ報酬」
です。いわゆる「歩合給」と似ていますが、歩合給は販売件数などの実績に応じて一律に支給するのに対し、インセンティブ報酬は「社員が設定した目標を達成した場合にのみ支給する」という特徴があります。
「社員の頑張りに応じて支給するなら、賞与でいいじゃないか」と思うかもしれませんが、インセンティブ報酬のほうが、社員のモチベーションアップにつながりやすいケースもあります。
例えば、毎月の賃金に上乗せしてインセンティブ報酬を支給する場合、
社員は毎月目標を立て、インセンティブ報酬を獲得するため、その達成に全力で取り組む
ことになります。期首に大きな目標を立てて、期末に達成度合いを確認するだけだと、時間が経つうちに目標が有名無実化してしまうこともありますが、1カ月ごとなどの短いスパンで小さな目標を都度立てるのであれば、緊張感も継続します。経営者としても、目標を達成して会社に貢献してくれる社員が増えるのは喜ばしいことです。
インセンティブ報酬をうまく運用すれば、賃金体系を成果重視のものへと切り替えていくことができます。ただし、今まで賞与として支給していた分の額などをインセンティブ報酬に振り替える場合、その変更が「労働条件の不利益変更」にならないよう注意する必要があります。
以上(2024年4月更新)
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画像:Yellow_man-shutterstock