書いてあること
- 主な読者:ストレスチェックの集団分析を実施して、職場改善につなげたい経営者
- 課題:具体的にどうやって分析すればいいのか分からない。何だか手間がかかりそう……
- 解決策:厚生労働省のツールなどを使えば、分析は簡単。また、外部のストレスチェックサービスを利用すれば、自社で実施するより詳細な分析ができる
1 ストレスチェックの結果を活かせていますか?
ストレスチェック制度とは、
社員がストレスに関する所定の質問に答える「ストレスチェック」、高ストレス者(ストレスの高い社員)に対する「医師による面接指導」などの一連の取り組み
です。社員数が常時50人以上の会社は、労働安全衛生法に基づいて、このストレスチェック制度を年1回以上実施する義務があります(未実施は50万円以下の罰金)。
問題は、ストレスチェック制度自体は実施しているものの、
ストレスチェックの結果から職場のストレス傾向を把握し改善に役立てる「集団分析」
をおろそかにしている会社が少なくないことです。集団分析の実施は努力義務で、未実施でも罰則はないのですが、「ストレスチェック制度を実施して終わり」にしてしまうと、「職場にどのような問題があって、社員がストレスを感じているのか」があいまいになってしまいます。「分析は何だか手間がかかりそう……」と思う人もいるでしょうが、ご安心ください。実は
集団分析は、特定のツールを使えば誰でも簡単に実施できる
のです。この記事では、ストレスチェック制度が法制化された当初から、各社の制度実施のサポートや職場改善コンサルティングに取り組んできた産業医が、集団分析の方法や、集団分析を踏まえた職場改善のポイントを紹介します。
2 そもそもストレスチェックの結果から何が分かる?
1)「社員が何に、どの程度ストレスを感じているのか」が分かる
ストレスチェックは通常、厚生労働省推奨の「職業性ストレス簡易調査票(57項目版)」で実施します。この57項目版では、「心身のストレス反応」「仕事のストレス要因」「周囲のサポート」の3つのカテゴリの質問に答えることで、「社員が何に、どの程度ストレスを感じているのか」が分かります。
紙の調査票を社員に配って回答させてもよいですが、時間や手間を考えるのであれば、
社員が「高ストレス者か否か」を自動で判定してくれるストレスチェックシステムを使って、PCやスマホ上でストレスチェックを受検させる
のがよいでしょう。外部のストレスチェック委託業者に依頼すれば、ストレスチェックの実施に加え、集団分析などもワンストップで行えます。また、厚生労働省でも無料で使える実施プログラムを提供しています(下記URLからダウンロード可能)。
■「厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム」ダウンロードサイト■
https://stresscheck.mhlw.go.jp/
ストレスチェックシステムによって細かい仕様は異なりますが、例えば、図表1は、57項目版で高ストレス者と判定される場合のイメージです。レーダーが小さく中心に近いほど、ストレスの状況が悪いことを表します。
図表1の場合、A:「職場環境によるストレス」が特に高く、B:「活気がない、イライラする」などのストレス反応があり、C:「同僚からのサポート」が不十分であることが分かります。
2)80項目版なら「社員の会社に対する満足度」も分かる
ストレスチェックは57項目版の調査票で実施するのが基本ですが、実は厚生労働省から、より詳細な「80項目版」が公表されています。80項目版では、
社員が感じる自身の役割の明確さ、成長の機会、職場の一体感などのポジティブな側面に関する質問(23項目)
が追加されていて、社員のストレスだけでなく、会社に対する満足度も知ることができます。つまり、会社が改善すべき課題だけでなく、伸ばすべき強みも分かるということです。
なお、厚生労働省の実施プログラムでは、80項目版のストレスチェックは実施できないので、興味がある場合、ストレスチェック委託業者を活用するのがよいでしょう。
3 実は簡単! 集団分析の方法
ストレスチェックの結果は社員個人ごとに作成されますが、集団分析では個人の結果を部や課など一定の集団ごとに分析して、職場のストレス傾向をつかみます。
1)分析は自動化できる! 職場のストレス傾向をつかもう
通常、集団分析では厚生労働省推奨の「仕事のストレス判定図」を使用します。これは、ストレスチェックの個人結果を集団ごとに測定し、その集団の社員がメンタルヘルス不調などになるリスク(健康リスク)を判定する分析ツールです。判定図は男女別に用意されています。
集団分析の流れは、次の通りです。
- 男女別に仕事のストレス判定図を用意する(集団が少人数の場合、全員男性用を使う)
- 個人のストレスチェックの結果(57項目版、80項目版の回答)を集団ごとに集計する
- 集計結果を「仕事の量的負担」「仕事のコントロール」「上司支援」「同僚支援」の4つのカテゴリに分けて、集団の平均点を算出する
- 集団の平均点を判定図上にプロットする
- 全国平均と比較し、健康リスクを算出する
一見複雑そうですが、前述した実施プログラムを使えば、1.から5.のプロセスは全て、プログラムが自動でやってくれます。なお、集団の人数が10人を下回ると個人が特定される恐れがあるため、その場合は集団の分け方などを工夫しましょう。
図表2は、集団の平均点を判定図上にプロットする場合のイメージです。集団が全国平均(◇)から遠く色の濃いエリアに近いほど、ストレスの状況が良くないことを表します。
例えば、図表2の赤丸で囲んだ部署(I部)は、仕事の量的負担が大きい上に、仕事のコントロールも利きにくい状況にあり、健康リスクが他の部署よりも高いため、優先的に職場改善に取り組む必要があります。
なお、多くのストレスチェックシステムは、図表3のように判定図の内容を表形式でも示してくれるので、「判定図は何だか分かりにくい」という場合はそちらを確認しましょう。
2)外部に依頼して、より詳細な分析をすることもできる
ストレスチェック委託業者によっては、分析結果の算出方法を独自に工夫しているケースもあります。例えば、フェアワーク(東京都中央区)では、ストレスチェックの結果を性別・年代別に集計し、全国平均と比較した「ウェルネス偏差値」を算出しています。
図表4は、57項目版でウェルネス偏差値を算出する場合のイメージです。青は全国平均と比較して良好、赤は注意が必要という意味です。
例えば、性別に注目した場合、女性は「身体的負担度」は良好ですが、「仕事の適性」や「仕事の意義」に関するストレスが高く、「活気がない」ことが分かります。もしかしたら、会社が働き方改革で時短などを図ったものの、それが行き過ぎて「もっとバリバリ働きたい」という女性がやりがいを失ってしまっているのかもしれません。
また、年代に注目した場合、20代は「仕事の適性」に関するストレスが高く、「抑うつ感」があるようです。同僚や家族友人のサポートもあまり受けられず、1人で「今の仕事は自分に合っているのだろうか」と悩んでいる人が多いのかもしれません。
4 集団分析の結果に表れる職場のストレス傾向と改善策
集団分析の結果が得られたら、その結果をもとに職場改善に取り組みましょう。ここでは、厚生労働省が運営するウェブサイト「こころの耳」を基に、集団分析でよく見られるストレス傾向のタイプを3つ取り上げ、改善策などを紹介します。
■厚生労働省 こころの耳「職場のメンタルヘルス対策の取組事例」■
https://kokoro.mhlw.go.jp/case/company-search/
1)孤軍奮闘タイプ(業務量が多い、裁量が高い、上司や同僚の支援が少ない)
1人での作業が多いため、個人の裁量は高い半面、業務量が多くなってしまっているタイプの職場です。上司や同僚は、お互いの仕事内容や量を把握できていません。
【改善策】
- 各人の業務量、業務内容を洗い出し、割り振りを見直す
- 作業ミス防止のため、チームを作って相互チェックを実施する
- 部署内で情報共有のための定例ミーティングを実施する など
【改善事例】(運輸業、社員数80人)
この会社では、長距離の運送業務が入ると、社員が休憩を取得しそびれることがあり、解決のため、休憩の取得が困難な場合に理由書の提出を求める仕組みを作りました。理由書の提出を義務付けることで、かえって社員の「休憩を取得しよう」という意識が高まり、逆に業務上どうしても休憩の取得が難しい社員を洗い出すことができるようになりました。
2)コントロール制限タイプ(裁量が低い、上司や同僚の支援が少ない)
上司の決裁を得てからでないと次の仕事に移れない、チームで動いていて個人で意思決定しにくいなどで、仕事のコントロールがしにくいタイプの職場です。上司や同僚も主張が強い場合、ますます仕事が進みにくくなり、ストレスがたまります。
【改善策】
- 中間の管理層を少なくする
- 部下に裁量を持たせ、細かい点は逐一指摘しない
- 何か指示する際には、複数の選択肢を持たせ、部下に選んでもらう など
【改善事例】(消防設備業、社員数90人)
この会社では、多くの社員がチームメンバーと24時間共に過ごすストレスと、災害現場の過酷な状況で業務を行うストレスの両方を抱えており、解決のため、社内の相談窓口として総務課人事係を置きました。総務課人事係では、社員全員に対して定期的な面談を行うようにしており、メンタルヘルス不調のリスクがある社員などを早期に発見できるようになりました。
3)モチベーション低下タイプ(上司の支援が少ない)
業務量、裁量は問題ないものの、上司からのフィードバックなどがあまり受けられないため、承認欲求が満たされず、業務を続けていくモチベーションが低下しているタイプの職場です。
【改善策】
- 昇進、昇格、資格取得の機会を明確にし、チャンスを公平に確保する
- 上司を積極的に部下と関わらせる、話を傾聴する姿勢を身に付けさせる など
【改善事例】(金融業、社員数90人)
この会社では、社員の仕事に対するフィードバックが十分でなく、解決のため、新サービスや業務改善に関する「提案制度」を設けました。提案は記名式で、社内に設置されたポストに投函する仕組みです。提案された内容は月に1回、役員会で検討され、提案の内容が採用でも不採用でも必ず回答を付けて社内に公開し、現場の声が社内全体に届く環境を整えています。
5 まとめ
集団分析はツールを活用することで、簡単に実施することができます。しかも、その分析結果には、職場改善のための貴重なヒントが隠されています。職場改善は一朝一夕で達成されるものではありませんが、まずは「課題を明確にし、改善に着手する」ということが最初の一歩です。ストレスチェックと集団分析を活用し、社員がいきいきと働ける会社を目指しましょう。
以上(2023年5月)
(執筆 株式会社フェアワーク 吉田健一)
https://fairwork.jp/fair-lead/
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画像:琢也 栂-Adobe Stock