書いてあること
- 主な読者:新人や若手の教育に悩んでいる教育担当者を奮起させたい経営者
- 課題:教育担当者にやる気を取り戻してもらうためにどうすればいいのか迷う
- 解決策:「部下が生意気」「部下が自分を慕ってくれない」「自分には教える能力がない」など、教育担当者の悩みに応じてアプローチの方法が異なる。まずは、教育担当者の気持ちに寄り添い、何に悩んでいるのかをよく聞くこと
1 教育担当者の負担はますます重くなる
御社の教育担当者は、新人や若手の指導で壁にぶつかっていませんか?
今、会社にとって教育担当者は、これまで以上に大切な存在です。リモートワークなど新しい働き方が浸透している上に仕事の内容も高度化・複雑化し、社員の考え方や能力のバラツキが大きくなっているからです。
また、オンラインで教育する機会が増えると、熱量や温度感などを共有するのが難しい場面も出てきます。教育担当者の中には、伝えたいことがなかなか伝わらず悩む人もいるでしょう。こうしたことが色々と重なると、教育担当者は疲弊し、やる気を失っていくかもしれません。
そんなときこそ、教育担当者に対する社長のフォローが必要です。やる気というのは、闇雲に応援されたり、一方的にアドバイスを与えられたりしても湧いてきません。社長がまず心掛けるべきは、
教育担当者の気持ちに寄り添い、何に悩んでいるのかをよく聞くこと
です。
その上で、教育担当者の悩みに応じて、具体的なアプローチの仕方を考えます。以降では、3つのパターンを例に社長が教育担当者に働き掛ける例を紹介します。
2 部下が生意気?
1)社長と呆田(あきれた)さんの会話
やる気を失っている様子の教育担当者、呆田さんに、社長が話し掛けました。話をしているうちに、どうやら呆田さんは、「仕事ができないのに生意気な部下にあきれてしまい、お手上げの状態になっている」ことが分かりました。
社長:呆田君、いつもご苦労様。
部下の教育は大変だね。
呆田君の部下は、特に難しいと人事部も言っているからね。
呆田:本当ですよ。社長、なぜ、あのような社員を採用したのですか?
何度言っても仕事を覚えないのに、自分の意見ばかり主張してきます。
しかも、その主張が的外れなのですから、もうお手上げです……。
社長:まぁまぁ。気持ちは分かるが、まだ君の部下になって1カ月だ。根気強く頼むよ。
今は色々な社員がいるから、社員の良い面を引き出す教育投資は欠かせないよ。
呆田:それは分かりますが、あまりにもレベルが低いですよ。
もう私にできることは全部やりました。
私以外に、もっと教育担当として適任の社員がいるのでは?
社長:……。
2)呆田さんへのアプローチ
今どき、呆田さんのような教育担当者は少なくないでしょう。簡単な仕事でさえ満足にできないのに自己主張が激しく、場合によっては上司の教え方が悪いと不満を漏らす部下がいます。教育担当者が「お手上げ」になってしまうのも分かります。
このケースでは、部下に問題があるのは明らかです。しかし、呆田さんも、部下の仕事のできなさ加減や生意気な物言いばかりに気を取られていて、視野が狭いようにも見受けられます。
人材不足の折、「ピカピカの新人」は期待しにくいです。となると、今どきの人材育成は、教育担当者が視野を広く持ち、それなりの時間をかけて部下の良いところを見つけ、伸ばしていかなければなりません。
呆田さんに対して、社長はどのようにアプローチするべきでしょうか。効果的なのは、
小さくてもよいので社長と一緒にできる仕事を与えること
です。社長の考えに触れることで、呆田さんの視野は広がるでしょう。
社長との仕事で、呆田さんはミスをするはずです。その際、頭ごなしに叱らず、呆田さんの話を聞き、ミスを取り返す方法を一緒に教え、ある程度任せます。これは、日ごろ呆田さんが行っている指導と同じはずなので、呆田さんは自分の教え方を再確認できます。
教育担当者としての経験が浅いと、短期的な成果、つまり部下の“成長の証し”をすぐに求めてしまいがちですが、人はゆっくりとしか育ちません。そのことを呆田さん自身が体験できる環境を社長がつくることが大切です。
3 部下が自分についてこない?
1)社長と寂椎(さみしい)さんの会話
やる気を失っている様子の教育担当者、寂椎さんに、社長が話し掛けました。話をしているうちに、どうやら寂椎さんは、「一生懸命に部下を指導しているのに、部下が自分を慕ってくれなくてさびしがっている」ことが分かりました。
社長:寂椎君、いつもご苦労様。
部下の教育は大変だね。
君、ちょっと元気がないんじゃないか?
寂椎:いや、なんというか……。
私、部下に好かれる上司になろうと頑張ってるんですけど……。
部下が私でなく、私の同僚の○○さんにばかり話を聞くらしくて、さびしくて……。
社長:なるほど、その気持ちは分からなくもないが、部下は寂椎君を慕っているはずだよ。
寂椎君のように一生懸命な教育担当者はそうそういない。自信を持って!
寂椎:はぁ~。それなら、もう少し態度で示してくれてもいいと思います。
最近はオンラインも多く、部下がさらによそよそしい気もします……。
私ではなく、私の同僚のほうが教育担当として適任なのでは?
社長:……。
2)寂椎さんへのアプローチ
真面目な教育担当者ほど、寂椎さんのような感情になりがちです。寂椎さんには、自分の頑張りを部下に押し付けるつもりはありません。しかし、頑張った分だけ感謝してもらいたいのが人間というものです。
一方、このケースでは部下にも特に悪気はないのでしょう。部下としても、日ごろ、自分の面倒を見てくれる教育担当者に感謝をしているはずです。ただ、他の人の意見も聞いてみたいという思いがあるのも当然です。
一生懸命に教えているからこそ、教育担当者にはある意味、“自分色に染めたい”という感情があります。しかし、部下の成長を願うなら、さまざまな人の意見を聞いたほうがよいのは明らかで、ここに教育担当者のジレンマがあります。
寂椎さんに対して、社長はどのようにアプローチするべきでしょうか。まず行いたいのは、
社長が寂椎さんとその部下をオンラインの異業種交流会などに招待すること
です。
教育担当者と部下がセットで参加している状況であれば、社員教育などをテーマに部下に話を振ってみることで、寂椎さんが知りたがっている「自分の指導に対する部下の考え」を聞き出せるかもしれません。そこに日ごろの指導への感謝などがあれば、寂椎さんも自分の教え方を肯定できます。同時に、社長はこうした場で、寂椎さん自身がさまざまな人から意見を聞けるよう配慮します。そして、寂椎さんは教育担当者として優れているが、寂椎さん自身がもっと成長するためには、さまざまな人の話を聞くことが大切だということを理解させるのです。
教育担当者である自分の言うことを聞いてほしいのは当然です。しかし、どんなに一生懸命で、優れた教育担当者であっても、やはり考え方には偏りがあります。それを埋めるべく、たくさんの人と話をする大切さを体験させることが必要です。
4 自分は人に教えられる器ではない?
1)社長と能不(のうぶ)さんの会話
やる気を失っている様子の教育担当者、能不さんに、社長が話し掛けました。話をしているうちに、どうやら能不さんは、「自分には能力が不足していて、部下を育てることには向いていないと思い自信を失っている」ことが分かりました。
社長:能不君、いつもご苦労様。
部下の教育は大変だね。
ん、どうした? 少し顔色が良くないよ。
能不:いえ、大丈夫です。
ただ、実は私も社長に相談しようと思っていたことがあります。
言いにくいのですが、私を教育担当から外してください。
社長:なぜ、そういうことになるんだい?
能不君は一生懸命に頑張っているじゃないか。私も認めている。
それなのに、一体、どうしたんだ?
能不:私には、うまく教えることができません。
他の教育担当者に指導されている新人や若手はどんどん成長しています。
このままでは部下に申し訳なくて……。
社長:……。
2)能不さんへのアプローチ
責任感の強い教育担当者ほど、能不さんのような感情になりがちです。責任感が強い分、部下に高いハードルを課し、また他の教育担当者やその部下と自分たちを比べてしまいます。
自分の部下に一番になってほしい気持ちはどの教育担当者にもあるでしょう。しかし、無理をし過ぎると部下への態度が厳しくなったり、自分自身が自信を失ったりしてしまいます。場合によっては、「自分は役立たずだ」とふさぎ込んでしまうかもしれません。
能不さんに対して、社長はどのようにアプローチするべきでしょうか。
まず、社長が、引き続き能不さんに教育担当を任せるか否かを判断
しなければなりません。能不さんの思いがエスカレートすると、自分の能力不足に悩み、離職を考えかねないからです。
引き続き能不さんに教育担当を任せる場合、
「教育担当者の能力の高さだけで、部下を成長させることはできない」ことを伝えます。同時に、「自分の能力の高低よりも、部下の性格とそれに合わせた教え方」を考えるほうが大事だと伝えます。
自分自身の教育担当者としての資質を疑うのは当然です。しかし、それは自分側の分析にすぎません。教育担当者と部下は、人間同士のぶつかり合いです。教育担当者は、自分のことよりも、部下のことを少しでも多く考えることが大切なのです。
以上(2024年2月更新)
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