書いてあること

  • 主な読者:人事制度における年功主義と能力・成果主義の比重に悩む経営者
  • 課題:経営者の目指す人事制度が社員に受け入れられるか分からない
  • 解決策:「人件費の抑制や若手社員の定着を図りたい」など経営方針に基づいた人事制度を基軸としつつ、意識調査などを通して社員のニーズに合わせた修正を図る

1 企業は人なり。人は重要な経営資源

「企業は人なり」といわれるように、企業経営において人材(社員)は重要な経営資源です。モチベーションが高く、優秀な人材が集まる職場は活気に満ちあふれ、課題に直面したときもそれに立ち向かおうとする機運が生まれてきます。

こうした社員は企業にとって「人材」ではなく「人財」です。人財とは、「業務に対するモチベーションが高く、能力の開発にも積極的である」「社長の意向を十分に理解し、他の人材への伝達役になれる」「上司に相談すべきことと、自己で解決すべきことの判断力に長けている」といった資質を備えた社員です。

とはいえ、採用難の昨今、こうした人財を採用するのは簡単ではありません。企業は採用活動と並行して、社員のモチベーションを高めるための人事制度を整備し、人材を人財へと開発していく必要があります。つまり、働きやすい職場づくりと人材教育に力を注ぐということです。

本稿では、人材を人財へと開発するための中小企業の人事制度の在り方を紹介していきます。なお、人事制度とは「採用から退職までの取り組みを一定の方向性(考え方)によって整理した一連の制度」です。

2 万能モデルは存在しない?

人材を人財に開発していく上で重要なことは、社員に刺激とチャンスを与え、モチベーションを高めることです。わが国では1960年代から広まった能力主義と1990年代から広まった成果主義(以下「能力・成果主義」)の導入によって、それを実現しようとする企業が出てきました。

能力・成果主義は、社員が保有する能力、発揮した能力、達成した成果を評価して処遇する仕組みです。頑張り次第で、年齢や勤続年数に関係なく賃金や賞与が上がる可能性があるため、これに魅力を感じる社員がいました。しかし、一方で、次のような理由から能力・成果主義を好まない社員もいました。

  • 高齢社員(既婚、持ち家)

「なぜ、いまさら能力・成果主義なの? 若い頃に我慢して、ここまできたのに。年功主義のままで定年を待ちたい」

  • 中堅社員(既婚、持ち家)

「能力・成果主義に興味はあるよ。だけど、出産・住宅ローンなどお金がかかることが多いので、将来のことが不安だ」

  • 若手社員(未婚、親元)

「能力・成果主義でいいんじゃないかな。頑張れば今の年功主義より賃金が高くなりそうだし」

既に高給を受け取っている高齢社員は、年功主義のまま定年を迎えたいと考えるのが自然です。同様に、住宅ローンが残っており、生活費がかさむ中堅社員は、賃金支給額が安定しない能力・成果主義に不安を感じることがあるでしょう。社員の立場や考え方によって好ましい人事制度は異なるのです。

3 中小企業ならではの柔軟な人事制度

1)柔軟な人事制度を構築する

人事評価には、年功主義、能力主義、成果主義などさまざまな方針があります。人事評価の方針の特徴は次の通りです。

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人事評価の方針は、賃金などにも影響します。例えば、多くの日本企業が導入している年功主義では、年齢や勤続年数を主要な評価基準として賃金などを決定しています。しかし、年功主義には社員の平均年齢が高くなると人件費が肥大するデメリットがあり、また年齢の若い社員や勤続年数の短い社員には必ずしも魅力的な制度とはいえません。

人件費の抑制や若手社員の定着を目指すのであれば、年功主義から能力・成果主義へのシフトを考えるのも1つの方法でしょう。幸い、中小企業は一元的で細かい労務管理が求められる大企業に比べると、「就業規則に細かい規定を設けず、社長の裁量で人事に関する問題を個別に解決する」など、柔軟に人事制度を運用できる面があります。

ただし、人事制度のルールを変える場合は、必ずそれに不安や不満を抱く社員がいることを考慮しなければなりません。年功主義から能力・成果主義に移行する場合であれば、注意が必要なのは年功主義のまま定年を迎えたいと考える高齢社員などです。企業が柔軟な人事制度を構築する上でのポイントを詳しく見ていきましょう。

2)社員の目線で人事制度を捉えてみる

柔軟な人事制度を構築する際は、まずは社員の意識調査を行ってニーズを探ります。社員は自分たちのニーズを探りながら職場づくりを進める企業に好感を持ちます。たとえ1つでも社員の意見を取り入れれば、仕事への意識が大いに高まるかもしれません。

次に意識調査の結果を分析し、可能な部分を人事制度に反映します。何を取り入れるかは企業次第ですが、「社長の考え方に合致する」「多くの社員が希望する」ものであることが前提です。なお、社員に対する意識調査の結果を人事制度に反映させる際の1つの考え方は次の通りです。ここでは、成果主義賃金を導入した場合を想定しています。

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成果主義賃金を導入するだけでは、不安や不満を感じる社員がいます。そこで、成果主義金に対して不安や不満を感じることが多い高齢社員を考慮して、「年功給の比率を維持する」「貢献度に応じて、法定年齢以上に継続雇用する」といった制度の導入を検討します。賃金は複数の要素の組み合わせで決定されるため、成果給(成果主義賃金)と年功給(年功主義賃金)を同時に採用することができます。新たに成果給を導入するとしても、既存の年功給を変えなければ高齢社員の安心につながるでしょう。

4 中小企業が能力・成果主義から学ぶこと

1)なかなか導入がうまくいかない能力・成果主義賃金

能力・成果主義賃金は、年齢や勤続年数といった属人的な要素ではなく、企業への貢献度によって賃金額を決定することが可能となるため、賃金制度の選択肢の1つとして注目されています。企業への貢献度によって社員を客観的に評価したいという意向は中小企業でも強く、能力・成果主義賃金はそれを実現しやすい仕組みとなっています。

ただし、能力・成果主義の導入に失敗した企業は少なくありません。社員が目標達成に過度のプレッシャーを感じてしまったり、不安定な賃金に大きな不満を抱くようになったりすると、能力・成果主義は機能不全に陥ります。社員のモチベーションが低下し、能力を十分に発揮できなくなったり、「ウチの会社は、能力・成果主義を名目に賃金をカットしようとしている」と会社に反発したりする可能性もあります。そのため、社員の意識調査をしっかりと行った上で構築される柔軟な人事制度が求められます。

2)能力・成果主義の評価体制から学ぶ

年功主義を見直し、能力・成果主義を導入する企業の間では、多くの成功例や失敗例が生まれています。例えば、能力・成果主義における社員の評価体制です。能力・成果主義が注目された当初、「能力・成果主義」と「結果主義」を混同してしまい、失敗する企業がありました。結果主義とは、文字通り最終的な結果のみを評価の対象とする考え方です。最終的な結果だけが評価される仕組みでは、社員は強いプレッシャーとストレスを感じ、チャレンジ精神を失ってしまいます。

こうした失敗を踏まえた現在の能力・成果主義では、「社員の能力」「設定された目標の難易度」「目標達成に向けたプロセス」「最終的な成果(結果)」を総合的に評価するようになっています。ただし、これでも全ての社員の理解を得ることはできず、不満の対象となることがあります。そのため企業は、より透明で公平性の高い評価制度を構築しようと努力を続けています。

能力・成果主義を導入している企業と社員の関係は、ドライであるといわれることがあります。しかし、真摯に社員と向き合いながら評価しようとする企業の姿勢からは、これまで以上に社員と親密な関係を感じることができます。社員と真摯に向き合う姿勢は、人事制度を構築する上で非常に重要であり、こうした姿勢を示すことで、社員の企業に対する理解と信頼が生まれてきます。

3)人事制度が人財を開発することもある

社員のモチベーションを高める柔軟な人事制度の構築には、労力と時間がかかります。しかし、社員の意識を吸い上げやすく、フットワークの軽い中小企業ならば実現可能でしょう。そして、柔軟な人事制度がうまく機能したとき、人材は中小企業にとって欠かせない人財へと開発されていくのではないでしょうか。

人材を人財へと開発する人事制度を構築する上で大切なポイントは次の5つです。

  • 社員と真摯に向き合う姿勢を貫くこと!
  • 必要以上に○○主義にとらわれないこと!
  • 社員の意識調査をしっかりと行うこと!
  • 柔軟に人事制度のメニューを決定すること!
  • 刺激と安定のバランスを上手に取ること!

5 社員の意識を調査するためのシート

最後に、第3章で述べた社員の意識調査を実施する際に使えるシートの例を紹介します。

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以上(2018年12月)

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