書いてあること
- 主な読者:退職金の導入・または見直しを検討したい経営者
- 課題:支給水準や、自社にあった制度の目安が分からない
- 解決策:東京都労働相談情報センター「中小企業の賃金・退職金事情」などの統計を参考にし、シミュレーションをしてみる
1 退職金制度の導入状況
退職金とは、労働契約期間の満了(定年退職)または途中終了(解雇や退職)を事由に企業が従業員に支給する金銭を指します。退職金制度の機能については諸説ありますが、一般的には次の3つが有力とされています。
- 功労報奨説:在職中の功労に対する報奨としての退職金
- 老後保障説:退職後の従業員の老後保障としての退職金
- 賃金後払説:在職中の賃金の後払いとしての退職金
現在、多くの企業が何らかの形式で退職金制度を導入しています。厚生年金保険支払い開始年齢の段階的な引き上げなどが実施されている現在、退職金に対する従業員の期待は高まっています。東京都労働相談情報センター「中小企業の賃金・退職金事情(平成30年度版)」によると、退職金制度の有無および退職金制度の形態は次の通りです。
2 退職金制度の見直しにおける支給水準の視点
1)退職金制度の見直しが進む
雇用環境は景気動向を反映して変化します。足元では、景気回復によって人材不足感が高まっていることから、多くの企業は賃上げなど労働条件の引き上げによって人材を確保しつつ、既存の従業員の定着率向上を図っています。
退職金制度は賃金ほど制度変更の動きがありませんが、賃上げをした場合、それに応じて退職金の支給額も増加することが多いので留意する必要があります(退職時の基本給を基準に退職金の支給額を決めている企業が多いためです)。
2)見直しの方向性
厚生労働省「平成30年 就労条件総合調査」から、退職一時金および退職年金の見直しの方向性を確認してみましょう。退職一時金の見直しの状況は次の通りです。
今後3年間で退職一時金制度を見直そうとする企業の割合は減少しています。過去3年間に比べて今後の見直しの方向性として比較的高い割合を示しているのが「退職一時金制度を新たに導入または既存のものの他に設置」することです。
この他、退職一時金の支給率の増加を検討する企業が多い中で、従業員規模1000人以上の企業は今後の支給率を減少させるという回答が少なくありません。また、同規模の企業では「算定基礎額の算出方法の変更(ポイント制の導入など)」を検討しているところもあります。「ポイント制退職金制度」とは、従業員が退職時に獲得しているポイント数に応じて退職金の支給額が決まる制度であり、在職中の従業員の成果を退職金の支給額に反映させやすくなります。
次に退職年金の見直しの状況を見てみましょう。詳細は次の通りです。
退職一時金と同様、過去3年間に比べて、今後3年間で退職年金制度を見直そうとする企業の割合は減少しています。減少の幅は退職一時金制度の場合よりもやや大きくなっていますが、その理由としては、退職年金制度は厚生年金基金などのように外部に掛け金を積み立てているケースが多いため、そもそも見直しが困難であるという制度上の特徴を挙げることができます。
実際、退職年金制度を見直す場合、既存制度の一部を変更する方法の他に、既存の退職年金制度を廃止する、別の退職年金制度に移行するなどの方法が取られることが少なくありません。
退職年金制度の見直しについては、中小企業での導入が多かった税制適格退職年金が実質的に廃止(2012年3月末)される前の制度移行・廃止によって“ひとやま”越えました。今後は、財政状態の芳しくない厚生年金基金の解散後の受け皿制度探しや、景気好調で魅力が増している確定拠出年金制度の導入などの動きが活発化していく可能性があります。
3 退職金の支給水準の検討
1)企業が負担する掛け金の水準
厚生労働省「平成28年 就労条件総合調査」によると、常用労働者1人1カ月平均の労働費用の内訳は次の通りです。
退職金の掛け金などは「現金給与以外の労働費用」に含まれています。「調査産業計」では、退職給付等の費用が労働費用全体に占める割合は4.5%です。
2)退職金のモデル支給額
厚生労働省「平成30年 就労条件総合調査」によると、常用労働者1人1カ月平均の退職給付等の内訳は次の通りです。前述した常用労働者1人1カ月平均の労働費用の内訳と併せて分析すると、自社の退職金の支給額を決定する際に役立ちます。
4 従業員に支払う退職金の水準
1)退職金の支給相場を確認してみよう
従業員から見ると退職金の支給額は多いほど好ましいといえますが、企業が支給する退職金には適正な水準があります。例えば、退職金の原資となる掛け金から考える場合は、常用労働者1人1カ月平均の労働費用の内訳が参考になるでしょう。つまり、掛け金の積み立てによって確保できる水準が、企業から見た適正な退職金の目安になるといえそうです。ただし、そうした退職金の額が、同業種・同規模・同地域などと比べて著しく低い場合、従業員は不満に感じます。
そのため、企業は厚生労働省などの資料から退職金の支給相場を把握して、必要に応じて退職金の額を見直すことが大切です。退職金の支給相場を把握するための資料には次のようなものがあります。
2)厚生労働省の資料
厚生労働省では、不定期に退職金に関する調査を行っています。例えば、前述した「就労条件総合調査」では、退職金の支給額や退職金制度の内容などを調査しています。
また、「賃金構造基本統計調査(賃金センサス)」では、業種別・職位別・地域別の賃金額を調査しています。多くの企業では、「退職時の基本給×勤続年数×支給率」といった計算によって退職金を算出しており(退職一時金の場合です)、この式の「退職時の基本給」に「賃金構造基本統計調査」のデータを割り当てれば、退職金の支給相場の目安を把握することができるでしょう。
3)行政の資料
各都道府県庁やその関連団体、労働局などの行政官庁が、地域の企業の退職金相場を調査することがあります。
4)調査機関の資料
人事・労務関連のデータなどについて調査している団体や企業が数多くあるので、そうしたデータを参考にするとよいでしょう。主な団体や企業は次の通りです。
■労務行政研究所■
https://www.rosei.or.jp/
■産労総合研究所■
https://www.e-sanro.net/
5)金融機関の情報サービス
金融機関が取引先である法人や個人に対して、さまざまなビジネス情報を提供するサービスを行っていることがあります。そうしたビジネス情報の中には、退職金に関するものも数多くあるので参考になります。厚生労働省や行政などの資料をまとめているリポートや報告書もあり、一覧性が高くて便利です。
6)中小企業退職金共済制度をモデルとする
理想的な退職金制度とは、「給付と負担」のバランスが取れていて安定感があるだけではなく、企業の業種・従業員の年齢構成・従業員の意向(勤続年数に応じて退職金が増加する制度、多少リスクがあっても将来の退職金が増える可能性がある制度など)を考慮して設計された制度だといえます。
しかし、このような理想的な退職金制度を単独で構築するには、時間やコストが掛かります。そこで、中小企業退職金共済制度(以下「中退共」)の支給水準を1つのモデルとしてみるのも一策です。中退共は単独で退職金制度を構築することが難しい中小企業が加入する、共済方式の退職金制度です。2019年1月末現在の加入企業は36万9063カ所、加入従業員は346万4620人、運用資産額は約4.9兆円となっています。
5 退職金の支給水準を見直す際の基本的な流れ
1)他社との比較、退職金基準額の確定、シミュレーション
自社の退職金の支給額と「同業種・同規模・同地域の企業の退職金の支給額や中退共の支給水準」(他社の退職金の額)を比較します。自社の退職金の支給額が他社と同等であれば、一般的な支給額といえるでしょう。一方、自社の退職金の支給額が他社に比べて低過ぎる場合は必要に応じて見直します。
その際は初めに「退職金基準額」を決定します。退職金基準額はモデルとなる標準的な退職金の支給額であり、自社の従業員の年齢構成や定着率なども考慮して決定します。 退職金基準額を決定した後は、それを算出するためのベースとなる「退職金算定基礎額」を決定します。多くの企業は、「退職金算定基礎額」を退職時の基本給としていますが、これとは全く別に、退職金の額を算出するためのテーブルを設ける企業もあります。こうした方式を「別テーブル方式」と呼びます。
「退職金算定基礎額」などに基づいて、新たな退職金制度の支給水準をシミュレーションします。定年前に退職する従業員もいるので、その点も考慮してシミュレーションすることが重要です。
2)就業規則の変更
常時10人以上の従業員を使用する企業は就業規則を作成し(作成は支店や工場単位)、従業員の過半数で組織される労働組合(労働組合が無い場合は労働者の過半数を代表する者)の意見を聴いた上で、所轄労働基準監督署に届け出なければなりません。退職金制度を新たに構築したり、既存の制度を変更する場合も同様です。
以上(2019年4月)
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