書いてあること
- 主な読者:事業承継を検討していて、後継者をどのように育成するか悩んでいる経営者
- 課題:後継者の任命、育成に当たって必要なことを整理したい
- 解決策:経営手法と経営ノウハウの具体化。後継者の意見の尊重
1 経営者の役回り
1)後継者の経営能力を社員に示す
企業は経営者と社員の集合体といえ、両者が認め合い、有機的に結合することで大きな力を発揮します。社員は、事業承継によって新たな経営者となった後継者の経営能力や人格を推し量っています。
そのため、後継者候補(以下「後継者」)となっている人は、事業承継前から社員の信用を得る必要があり、そのためには現経営者の長所と短所を踏まえた上で、自身のスタイルを確立していく必要があります。
2)経営手法と経営ノウハウを徹底的に落とし込む
経営者は最終的な意思決定権者です。そのため、後継者が現経営者に対して「自分のやり方でやらせてくれ」と意見することは悪いことではありません。
ただ、長きにわたる経験によって培われてきた現経営者の経営手法と経営ノウハウは、これから経営を行う後継者が知っておかなければならないことです。時流や経営環境が変化したとしても変わらない普遍的なものがあります。現経営者は、後継者の意思を尊重しつつ、これまでのやり方を押し付けるのではなく、後継者に自身の経営手法と経営ノウハウを教えていきましょう。その際、経営ビジョンなどの全体像だけではなく、事業拡大期など過去の重要な局面で行ってきた判断や結果、そして、なぜその時期にどのような経緯で決断したかといったことまで、後継者に教えることが重要です。
現経営者が持つこうした経営手法と経営ノウハウは、現経営者の頭の中だけにあることが多いので、現経営者は、これらをできるだけ体系化し、文書化することが求められます。場合によっては、社内の適任者か社外のコンサルタントの活用を検討するとよいでしょう。
3)自らの経営手法を確立するには長い期間が必要
現経営者の経営手法や経営ノウハウを後継者が理解する過程で、両者の考え方の違いが明確になり、衝突することもあります。このような場合、現経営者が後継者の意見を引き出して議論することで、後継者に広い視野で論理的に考えるきっかけを与えます。
現経営者と議論を重ねて後継者が導き出した経営方針やプロジェクトなどを、事業承継前に試せる場が必要です。後継者が実際に自らの考えを試してみることで、現経営者もその実施過程と結果を見てアドバイスができます。この際、必要な権限は後継者に委譲し、同時に責任も課します。後継者が自由に動ける環境で自らの考えを実行できて初めて後継者は自らの能力を自覚し、結果に対して素直に向き合うことができます。
また、経営者とは常に重責を担う立場であり、事業承継前とはいえ後継者が失敗した場合は、役員報酬をカットするなどして経営者としての結果責任の重要性を認識させる必要があります。このように、現経営者が後継者に徐々に権限を委譲し、実力を試せる場を広げていくことが、後継者の経営者としての自覚の養成と自らに適した経営手法の確立につながっていきます。
2 社内の体制づくり
1)非協力的な幹部社員の扱い
現経営者と会社を支えてきた幹部社員の中には、自身より年齢の若い後継者を下に見たり、自身が後継者に選ばれなかったことを妬ましく思ったりする者がいるかもしれません。このような幹部社員は、新たな経営者に不満を持つことがあります。
こうした場合、まずは現経営者が幹部社員に説得してみます。それでもその幹部社員の姿勢が改まらなければ処遇を考えざるを得ません。その際、幹部社員はそれまで企業を支えてきた功労者であることも考慮することを忘れてはなりません。
一方、幹部社員としてイエスマンだけを残せばいいわけではありません。企業の発展のために後継者への諌言をいとわない幹部社員や、これまでの豊富な経験に基づいて適切なアドバイスができる幹部社員が必要です。
ただし、こうした良い面を持つ幹部社員も、後継者から見れば自分より社内事情に通じている年配者であり、ある意味扱いにくい存在です。現経営者は、後継者とよく話し合い、こうした幹部社員の有用性を伝えた上で、後継者がこうした幹部社員と信頼関係を築いていけそうかを判断しましょう。
2)新たな幹部社員の任命
新たに経営者という立場になる後継者にとって、同時期にパートナーとなる幹部社員がいることはとても頼もしいものです。自身に似通った境遇に置かれた幹部社員の存在は自身を客観的に見るきっかけとなります。同時に、抜てきされた幹部社員の気持ちも高揚させることができるでしょう。人選については当然のことながら後継者に一任し、現経営者は後継者が気兼ねすることなく、自分の意思で決定できるように配慮しましょう。
3)事業承継のいち早い告知
後継者の経営能力の向上や幹部の刷新には、5年程度の時間がかかることが予想されます。現経営者は、自分が健康で気力が充実しているうちに、前もって後継者の育成と体制づくりに着手すべきです。そして、現経営者は後継者の育成にめどが立ったら、後継者と事業承継の時期をいち早く社内に告知しましょう。告知後、退職する幹部社員が出てくる可能性なども考慮し、告知の時期は事業承継の2年ほど前に行ったほうがよいと考えられます。
また、早期の告知は、後継者による事業承継をよしとしない社員に対して、退職を促すことにもつながり、事業承継時の一斉退職による混乱を避ける効果が期待できます。
4)社員への印象づくり
どのような経営者にも良い面と悪い面があります。現経営者は、社員が良く思っていなかった自身の姿勢や社風・制度、改善しようと思っていたができなかったことを後継者に伝えましょう。事業承継後に、その一部を後継者が改善することで、重要な経営のスタート時に、社員に良い印象を与えることができます。
改善する内容は、経営者と社員がコミュニケーションを取れる仕組みを設ける、人事評価制度を変えるなど、さまざまなことが考えられます。ただし、賃金の一律引き上げなど明白な機嫌取りは、恒久的に実施できるものではなく、社員に過大な期待とその後の落胆を招きかねないため、注意が必要です。
以上(2021年8月)
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画像:Mariko Mitsuda