書いてあること
- 主な読者:遅刻を繰り返す幹部に他の社員が不満を覚えていて、会社の雰囲気が悪いことに悩んでいる会社の社長
- 課題:社長としては、やることさえやってくれていれば、遅刻を理由に幹部を叱るつもりはない
- 解決策:「なぜ、遅刻する幹部を叱らないのか?」 社長の考えを社員に伝える
1 【提案】社長のモノサシを社員に伝える
会社にはさまざまなルールがありますが、ある意味それらのルールの在り方を決定づけているのが「社長のモノサシ」です。社長のモノサシとは、
会社経営における社長の価値観や行動基準
であり、日々の判断はこのモノサシを基準に行われます。さて、皆さんの会社に遅刻を繰り返す幹部がいたとします。一般的に遅刻はいけないことですから、注意すべきでしょう。しかし、社長のモノサシで測れば、必ずしも常識通りにはなりません。例えば、
幹部なのだから、やることさえやっていれば多少の遅刻は問題ない
と考える社長も多いはずです。社長が自分の価値観に基づいて判断したなら、それが会社での「正解」なわけですが、社員がついて来られるかは別の問題です。次の事例で考えてみましょう。
ある会社に、遅刻を繰り返す幹部がいました。その姿を見た社員は、「幹部のくせに怠慢だ!」と強い不満を覚え、「それなら自分たちも好きにする」とサボりがちになっていきました。会社の雰囲気は悪くなり、退職する社員も出てきました。
一方、社長は「幹部なのだから、細かく管理しなくても、やることさえやっていればよい」と考えていました。しかし、その考えが社員に全く伝わっていませんでした。社員は、何も言わない社長を見て「問題幹部を放置している!」と不信感を抱きました。
社長の価値観はミッション・ビジョン・バリューといった言葉に置き換えられますが、概念的なため、なかなか日々の社長の判断と結び付けて考えることができません。そのため、社長が社員目線とは異なる判断をすると、社員はその理由が分からずに不満を覚えます。判断が“ブレない”ようにするためにも、社長は自分のモノサシに自信を持つべきですが、それを基準にスムーズに会社運営をするには、モノサシの尺度をしっかり社員に伝える必要があります。
2 「千里の道も一歩から」の千里は何キロメートル?
社長のモノサシがあるように、社員にも「社員のモノサシ」があります。ただ、2つのモノサシの尺度は全く違うので、互換性を持たせなければなりません。
「千里の道も一歩から」といいますが、千里とは何キロメートルでしょうか? 古く日本で用いられていた尺貫法に基づけば、1里は約3.9キロメートルなので、千里は約3900キロメートルとなります。現在は、長さを表す単位は国際的にメートル法に統一されているので混乱はありませんが、この「里」のような独特の尺度は、世界のあらゆる所で用いられています。
社長のモノサシと社員のモノサシの尺度は、里とキロメートルのように違いますから、これをすり合わせなければなりません。基本的に、社長が社員のモノサシに近い判断をすればもめません。つまり、社長が「幹部であっても遅刻は問題である!」と判断すれば、社員も「その通り!」と納得するでしょう。しかし、社員のモノサシと違う判断をすると前述した事例のようになりかねません。
そこで、次章では幹部の遅刻が問題にならない理由の例を紹介します。
3 幹部の遅刻が問題にならないケース
1)幹部の立場
まず押さえておきたいのは法令のルールです。次のようなルールを知らない社員がいるかもしれないので、しっかりと伝えておきましょう。
詳細は割愛しますが、遅刻を繰り返す幹部が、
- 会社法上の「取締役」
- 労働基準法上の「管理監督者」
に該当するなら、労働時間などの規制を受けないので、基本的に遅刻を指摘する必要もありません。これらの立場にある社員は文字通りの幹部であり、通常の社員とは求められていることが違います。毎朝、決まった時刻に出社することよりも、会社の発展のために資する成果を求められているということです。
2)幹部の働きぶり
また、幹部が取締役や管理監督者ではなかったとしても、次のように、細かく労働時間を管理しないケースがあります。
1.昼夜問わず、激務をこなしている
働き方改革が進む昨今ですが、リアルのビジネスでは、「昨夜は遅くまで得意先を接待していた」「サービス開始前の準備で、昨夜はほぼ徹夜だ」というケースがあります。このように働かざるを得なかった幹部が次の日に遅刻したとしても、細かく指摘する必要はないかもしれません。
2.既に十分な結果を出している
既に十分な結果を上げている場合も同様でしょう。例えば、計画1000万円のところ、既に2000万円を達成した幹部の遅刻をやり玉に挙げるのは酷かもしれません。先ほどの激務の場合もそうですが、しっかりと働いている幹部なら、より働きやすいように環境を整えてあげることが経営者の役目です。
3.幹部候補としての教育期間である
あえて指摘せずに幹部としての自覚があるかどうかを試すケースもあるかもしれません。幹部候補になって管理されなくなった状態で、どのように自分を律するのかをみて、本当に将来の幹部にするかを決めるということです。このケースであれば、遅刻癖が直らなければ幹部候補から外すという選択もあり得るでしょう。
4 日本の縦断距離と千里はどちらが長い?
ここまでお話しした「幹部の遅刻が問題にならないケース」はあくまでも例ですが、そういうことは社員に伝わっていなければ意味がありません。そして、伝え方にも工夫が必要です。
前述した通り、千里は約3900メートルですが、そう言われてもその長さにピンときません。遠そうだとは感じますが、具体的なイメージが湧かないのです。そこで、「日本の縦断距離(最北端と最南端の直線距離)は約2700キロメートルだから、千里はざっくりとその1.5倍」と言われたらどうでしょう。こちらのほうがイメージしやすいはずです。
社員が分かりやすいように、身近な例を使ったり、具体的な数字を使ったりして伝えるとよいでしょう。例えば、幹部が取締役であれば、
私(社長)と同じ取締役なので、何時間働いたかではなく、どれだけ成果を上げたかに対する責任が求められている
と伝えます。「社長と同じ」といわれれば、社員も納得するでしょう。
また、幹部が激務をこなしている場合、
Aさん(幹部)は、2000万円のプロジェクトを成功させるため、連日深夜まで働いている
といったように伝えます。「2000万円」という具体的な数字を示されれば、社員はプロジェクトの大きさを実感でき、幹部をサポートするようになるかもしれません。
この他、幹部にフレックスタイム制やみなし労働時間制といった自由度の高い働き方を適用して、制度的な裏付けをすることも一策です。
5 丁寧に伝えるが変える必要はない
社長の価値観や行動基準は、会社らしさの源泉です。社長のモノサシが理由で社員が不満を覚えることもあるでしょうが、それが社長の信じる方向ならば変える必要はありません。ただ、組織のいらぬ混乱を避けるために、社長のモノサシの尺度については、丁寧に社員に伝えるなどして浸透させる必要があります。そうすることが、それが社長の信じる道に組織を率いていきやすいベースを作ることにつながります。
以上(2024年1月)
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