書いてあること
- 主な読者:社会・労働保険の会計上の取り扱いの整理がしたい経理担当者
- 課題:社会・労働保険は労務の分野であることに加え、保険の種類ごとに保険料の負担者や納期限などが異なるため、会計の処理が複雑でわかりにくい
- 解決策:社会・労働保険の基礎知識をまとめ、事例を用いながら会計処理を解説する
1 社会・労働保険と会計処理
多くの中小企業は、独立した経理部門や人事部門を設置していません。しかし、労務、会計、税務の業務は少しずつ重なるため、担当者は幅広い知識を持っていないとスムーズに業務を処理できません。
例えば、社会・労働保険は労務の分野であることに加え、保険の種類ごとに保険料の負担者や納期限などが異なるため、会計の処理が複雑になります。また、保険料を損金算入するタイミング、つまり税務上の注意が必要です。
ここでは、中小企業の担当者が迷いがちな社会・労働保険の会計処理についての流れを紹介します。
2 社会・労働保険の基礎知識
1)社会保険
社会保険とは、健康保険、厚生年金保険、介護保険をいいます。社会保険は、被保険者の月額報酬(会社から受ける毎月の給与など)を区切りのよい幅で区分した「標準報酬月額」を設定し、この標準報酬月額に基づいて保険料の額を計算します(注)。
標準報酬月額の算定方法には毎年1回行う「定時決定」、昇給などにより標準報酬月額が大幅に変動した場合に行う「随時改定」などがあります。
なお、社会保険料は、毎月、会社と従業員が半分ずつ負担します。従業員負担分については、会社が給与から徴収し、会社負担分と併せて発生月の翌月末に納付(10月保険料の場合は、11月末日)します。
(注)賞与が支給される場合、賞与分は「標準賞与額」に基づき保険料を計算します。
2)労働保険
労働保険とは、雇用保険、労災保険をいいます。労働保険は、一般的な事業の場合、毎年4月1日から翌年3月31日までに対象となる被保険者に支払った賃金総額に保険料率を乗じて算出します。申告手続きの際は、労働保険に加えて石綿健康被害救済法に基づく一般拠出金(確定分のみ)の申告も同時に行います。
保険料は算定期間の初めに賃金総額の見込額を基に「概算保険料」を算出して申告・納付します。その後、算定期間終了後における実際の賃金総額を基に確定保険料の申告を行い、概算保険料との差額分を精算します(以下「年度更新」)。
年度更新は、原則として年1回、6月1日から7月10日までの間に行われます。ただし、次のいずれかの場合には年3回の分割納付が認められています。
- 概算保険料が40万円(労災保険か雇用保険のどちらか一方の保険関係のみ成立している場合は20万円)以上の場合
- 労働保険事務組合に労働保険事務を委託している場合
なお、雇用保険料は会社と従業員が一定の割合で双方負担しますが、労災保険料については全額会社が負担します。
3 会計上の取り扱い
1)社会保険料の取り扱い
社会保険料の会計処理の方法は、預り金(負債)として処理する方法と、従業員負担分を法定福利費(費用)のマイナスとして処理する方法とに大別されます。それぞれの方法で処理した場合の社会保険料の発生月、給与支給日、社会保険料の納付月の会計処理を紹介します。
なお、それぞれの事例の前提として、10月分の社会保険料を500万円(会社と従業員で折半)とします。また、社会保険料の取り扱い以外の項目については簡略して紹介します。勘定科目については、会社ごとに異なる場合があります。
2)労働保険料の取り扱い
労働保険は毎年7月に納付する概算保険料と確定保険料の差額の調整が必要です。なお、労働保険のうち、雇用保険の会計処理の方法は、概算保険料を納付時に資産で処理する方法と、納付時に法定福利費(費用)で処理する方法とに大別されます。
ここでは、概算保険料納付時、会社負担分の月次計上時、給与支給日、翌年の年度更新時の会計処理を紹介します。なお、概算保険料を納付時に資産計上する方法においては、翌年の年度更新時に確定保険料が概算保険料を上回った場合と、下回った場合(次期の概算保険料納付額に充当する方法と還付を受ける方法)において、処理が異なるため注意してください。
それぞれの事例は前提として、2019年7月に算定した概算保険料250万円(うち、従業員負担分の雇用保険料が60万円)とします。また、労働保険料の取り扱い以外の項目については、簡略して紹介しています。勘定科目については、会社ごとに異なる場合があります。
4 税務上の取り扱い
1)税務上の考え方
社会・労働保険料ともに、会社負担分の金額については損金(税務上の費用)に算入でき、従業員負担分については損金に算入することはできません。
税務上の取り扱いで注意すべきなのは、会社負担分を損金に算入するタイミングです。社会・労働保険料は、発生時期と納付時期が一致しなかったり、概算額を計上したりするため、会計上、未払費用勘定や前払費用勘定などを用いて処理しました。税務上、損金に算入するためには、原則、債務が法律的に確定していなければなりません。つまり、いつの時点で社会・労働保険料が税法上確定していると見なされるのかが重要なポイントとなります。
2)社会保険料の損金算入時期
社会保険料は、その算定の対象となった月の末日が属する事業年度に損金に算入することができます。つまり、10月の社会保険料であれば、10月31日が事業年度内にあるかどうかがポイントとなります。
注意が必要なのは、決算月の取り扱いです。例えば、3月末決算法人であった場合、3月の社会保険料の算定の対象となった月末は3月31日であるため、その事業年度の損金に算入することができます。ただし、決算日が月末ではなく、月の中途である場合(例えば3月20日など)には、3月の社会保険料はその事業年度の損金に算入することはできません。
3)労働保険料の損金算入時期
労働保険料は、概算保険料、概算保険料と確定保険料の差額について、それぞれ損金算入時期が決められています。
概算保険料については、申告書を提出した日または納付日の属する事業年度に損金に算入することができます。原則的には、6月1日から7月10日までの間のいずれかの日(申告または納付した日)となります。なお、一定の要件を満たし、分割納付の適用を受けている会社はそれぞれ納付した日となります。
概算保険料と確定保険料の差額については、申告書を提出した日、または不足額を納付した日の属する事業年度の損金に算入することができます。原則的には、6月1日から7月10日までの間のいずれかの日(申告または納付した日)となります。
以上(2019年10月)
(監修 税理士法人コレド会計 税理士 石田和也)
(監修 社会保険労務士コレド事務所 社会保険労務士 古田美奈子)
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