書いてあること
- 主な読者:最近、よく聞く「オーラルケア」について知りたい経営者
- 課題:歯科健診は、会社に実施義務はないが、やったほうがいい? 費用はどのくらい?
- 解決策:口の中をケアすることでカラダ全体が健康になる。無料で受診できる場合がある
1 口の中が健康ならカラダも健康~オーラルケアのススメ
「オーラルケア」とは、
歯や歯茎だけではなく、口の中(口腔)全体をケアし、虫歯や歯周病などを予防・治療すること
です。オーラルケアによって脳や心臓の病気、糖尿病などのリスク低減につながるとされているので、歯科医師による「歯科健診」を実施することをお勧めします。
この記事では、東京都向島歯科医師会 おおくぼ歯科医院(東京都墨田区)の院長を務める、歯学博士の大久保勝久(おおくぼかつひさ)氏からお聞きした、オーラルケアや歯科健診のポイントを紹介します。お伝えしたいことは次の通りです。
- 口の中の健康は、カラダ全体の健康と密接に結びついている
- 自治体が定める特定の年齢に該当すると、無料または安価で歯科健診を受診できる
- 歯科健診の結果に応じて、歯科医師の他、理学療法士や管理栄養士など、さまざまな専門家のサポートが受けられる
- 日ごろから口の中や口臭をチェックする癖を付けておくと、異常を見つけやすくなる
2 オーラルケアをおろそかにするとどうなる?
1)口の中の健康は、カラダの健康と密接に結びついている
口の中の環境は、カラダのさまざまな疾患と関係しています。
虫歯や歯周病は歯や歯茎が痛むだけでなく、脳や心臓の病気につながる恐れがありますし、糖尿病とも関連性が深いとされています。
「歯の1本1本には血管が通っています。虫歯や歯周病になると、歯や歯茎から菌が入って血管から全身に運ばれます。例えば、菌が心臓の膜にこびりつくと、動脈硬化が進んで狭心症や心筋梗塞の原因になります。他の臓器でも同じような現象が起こり得ます。
また、歯や歯茎から入る菌の中には、血糖値をコントロールするインスリンの働きを妨げるものがあり、これが糖尿病の原因になります。ちなみに、これを逆手に取って患者の歯石(歯垢(しこう)が硬くなったもの)を除去し、血糖値を下げるという治療法もあります」(大久保氏)
舌や喉のケアも大切です。歯科医師が注目しているのは、
物をうまく食べられなくなったり、飲み込めなくなったりする「嚥下(えんげ)障害」
です。嚥下障害は、嚥下機能(噛(か)んだり、飲み込んだりする機能)が、加齢などで衰えることによって起こります。
「嚥下機能が衰えると、食べ物や飲み物でむせやすくなり、放置しておくと、それらが肺に入って誤嚥性(ごえんせい)肺炎を起こす恐れがあります。特に高齢者は、誤嚥性肺炎により亡くなるケースが少なくありません」(大久保氏)
2)歯科健診が、重大な疾患の予防や早期発見につながる可能性がある
図表2は、東京都歯科医師会が「口腔機能の向上」が必要な特定高齢者を選別するために使用しているリーフレットです。
高齢者向けの内容ですが、仮に「最近、固いものが食べにくくなった」「お茶や汁物等でむせることがある」など思い当たる節があったり、口の中がリーフレットの写真と似たような状態にあったりするなら、早めに歯科医師に相談したほうがいいでしょう。
「例えば、嚥下障害は加齢だけでなく、脳梗塞を患ったり口腔にがんができたりして起きることもあります。逆にいうと、口の中に違和感があると思ったタイミングで歯科医師に診てもらえば、そうした疾患を早期に発見し、重篤化を防げる可能性があります」(大久保氏)
逆に異常があるのに放置しておくと、症状は時間とともにさらに悪化します。
「30~40代の頃は、歯に物が挟まったり歯茎から血が出たりするぐらいだった人が、50~60代になって、歯がグラグラするようになり物が噛めなくなるケースなどがあります。オーラルケアは『症状が軽いうちから』が基本です。ですから、定期的に『歯科健診』を受け、口の中をこまめに歯科医師にチェックしてもらうことは、とても大切です」(大久保氏)
3 歯科健診は「口の中の健康診断」。その費用は?
1)歯科健診でチェックする項目は主に7つ
歯科健診は、正しくは「歯科健康診査」といい、主に虫歯・歯周病の予防と早期発見・治療のために、歯の健康状態を確認するプログラムのことを指します。要は「口の中の健康診断」で、
定期健康診断などと同じように、定期的(年1回など)に実施するのが望ましい
とされています。
日本では、乳幼児(1歳半・3歳)から高校生までは、自治体や学校による歯科健診の実施が義務付けられていますが、成人については義務付けられていません(例外として、一部の有害な業務に従事する社員については、会社による歯科健康診断の実施が義務付けられています)。
ただ、オーラルケアがカラダ全体の健康に影響することから、政府は歯科健診の重要性に注目していて、2023年の骨太の方針でも「生涯を通じた歯科健診(国民皆歯科健診)」に向けた取り組みなどを推進していくと表明しています。
日本歯科医師会では、歯科健診の主な内容として、次の7つを挙げています。基本的には歯や歯茎のケアが主体になりますが、「7.歯科相談」では嚥下機能などにも焦点を当て、口の中全体のケアを行います。
2)定期健康診断の実施先に相談すれば、歯科医師を紹介してもらえる
歯科健診を実施するのは歯科医師です。どこの歯科医師に頼めばいいか分からない場合、ひとまず定期健康診断の実施先の医療機関に相談するのがよいそうです。
「定期健康診断の実施先で、法定項目以外のオプション検査を設けている医療機関はたくさんありますが、歯科健診をオプションにしているという話はあまり聞きません。ですが、こうした医療機関の多くは、同じ地域の歯科医師会とつながりがあるので、『歯科医師を紹介してほしい』と頼めば、応じてくれる可能性が高いです」(大久保氏)
社員に歯科健診を受けさせたい場合、定期健康診断と時期を合わせて、年1回など定期に実施するとよいでしょう。ただし、歯科健診を受けさせるためには、事前に「就業規則等に、歯科健診の受診を義務付ける規定を設ける」か「本人の同意を得る」必要があります。
3)歯科健診の費用は1人当たり8000円ぐらいだが、自治体によっては無料
前述した通り、成人に対する歯科健診の実施義務はありませんが、各自治体(市区町村)では
特定の年齢に該当する成人が、無料または安価で歯科健診を受けられる「成人歯科健診」
を実施しています。例えば、東京都墨田区の成人歯科健診の内容は次の通りです。
- 対象:20歳、25歳、30歳、35歳、40歳、45歳、50歳、55歳、60歳、65歳、70歳の区民
- 内容:問診、口腔内診査(歯や歯茎の状況、清掃状況など)、健診結果に基づく指導
- 健診費用:無料
- 受診方法:誕生月の下旬に、自治体が成人歯科健診の実施先の一覧と診査票を送付するので、電話予約して受診する(通知を受け取った日から、翌年の誕生日の前日まで)
特定の年齢に該当しなくても歯科健診は受けられますが、その場合は費用が発生します。
「医療機関によって異なるので一概にはいえませんが、費用負担が発生する場合、1人当たり8000円ぐらいになると思います」(大久保氏)
4)歯科健診後は、必要に応じて理学療法士などのサポートも受けられる
歯科健診後は、歯科医師から本人に対し、保健指導が行われます。保健指導の内容は、
- 本人の口の中の健康状態や、食生活の注意点などに関する情報提供
- 口の中の悩みに関する相談・カウンセリング
- 治療のための受診などの推奨、医療機関などの紹介
- 歯の正しい磨き方などの実技指導
など、さまざまです。なお、オーラルケアに関わるのは歯科医師だけでなく、口の中の健康状態に応じて、理学療法士や管理栄養士がサポートに入ることもあるそうです。
「例えば、嚥下障害の場合、嚥下機能の回復訓練が必要なら理学療法士に、専門的な栄養指導が必要なら管理栄養士に相談するケースがあります。かつてのオーラルケアは、歯科医師だけしか関与しない、ある意味閉鎖的な側面があったのですが、今はさまざまな職種の人を巻き込んで、地域全体でオーラルケアに取り組もうという流れに変わってきています」(大久保氏)
4 個人で行うオーラルケアのポイントは?
1)歯は「鏡を見つつ、奥歯から磨く」
歯磨きは、自分では磨けているつもりでも、実は一部の歯に歯ブラシがちゃんと届いていないケースが多いです。歯磨きのポイントはたくさんありますが、まずは「鏡を見つつ、奥歯から磨くこと」が大切です。
「前歯以外の歯は、基本的に自分がイメージするより、さらに奥にあります。ですから鏡を見つつ、奥歯から磨くようにすると、磨き残しが少なくなります。また、利き手の関係で歯ブラシが届きにくい箇所が出てきますから、奥歯から磨くのと併せて『一度右側から磨いたら、今度は左側から磨いてみる』など、歯磨きのルートを変えてみることも大切です」(大久保氏)
なお、自分に合った歯の磨き方は、「親知らずが生える途中か」「歯に詰め物があるか」「喫煙しているか」など、歯の状況や生活習慣によって変わります。日本歯科医師会ウェブサイトに、年齢や性別を選択した上でいくつかの質問に答えると、自分に合った正しい歯の磨き方を教えてくれるページがあるので、気になる人はのぞいてみてください。
■日本歯科医師会「あなたにピッタリな歯のみがき方を探してみよう!!」■
https://www.jda.or.jp/hamigaki/
2)水分はこまめに摂(と)る、ただし飲み方に気を付けて
水分が不足すると口の中に汚れが残りやすくなり、虫歯や歯周病の原因になります。ですから、日ごろから水分はこまめに摂ることが大切です。ただ、飲み物を飲む嚥下機能は加齢とともに落ちていいきます。そのため、高齢になったら、
- 一度に多くの量を飲もうとせず、コップ1杯分くらいの量を数回に分けて飲む
- 薬を飲む場合、「水→薬(粉薬)→水→薬(錠剤1、2錠)→水→薬(錠剤1、2錠)」といった順番で、少しずつ口に含むようにする
など、飲み方に気を付けましょう。
「夜も口の中に汚れがあると、寝ている間にそれが喉に入り、誤嚥性肺炎を起こす恐れがあります。夜、酒を飲んで帰宅するときなどは、歯磨きを忘れたまま寝てしまいがちですが、うがいをするだけでも最低限の効果はあるので、忘れないようにしましょう」(大久保氏)
3)嚥下機能の衰えに備えて、今から体操やマッサージを心掛ける
嚥下機能の衰えは、訓練次第である程度抑えることができます。例えば、
口を最大限に開き、10秒間その状態を保持する動きを、1日5回×2セット
やってみてください。「開口訓練」といいますが、これを繰り返すことで、食道の入り口部分の面積が広がるなどして、食べ物が喉に詰まりにくくなります。この他、有名なものとして、
- 「パ」「タ」「カ」「ラ」の発音を素早く行い、口や舌の動きを良くする「パタカラ体操」
- 耳下や顎下の特定の場所を指で押すことで、唾液が出やすくなる「唾液腺マッサージ」
などがあります。日本歯科医師会ウェブサイトで、「オーラルフレイル対策のための口腔体操」として紹介されているので、気になる人はのぞいてみてください。
■日本歯科医師会「オーラルフレイル対策のための口腔体操」■
https://www.jda.or.jp/oral_frail/gymnastics/
4)口の中の自覚症状に敏感になる
一番大切なのは「口の中の自覚症状に敏感になること」です。例えば、毎日歯磨きをする中で、「歯肉の色が赤い、腫れている」「歯の間に物が挟まりやすい」などの違和感を覚えたら、早めに歯科医師に相談してください。
また、目から入ってくる情報だけでなく、口臭にも注意が必要です。
「例えば、毎日ちゃんと歯を磨いているのに口臭がきつい場合、内臓疾患の恐れがあります。実際に口臭が気になって受診してみたら、初期のがんであることが分かり、早めに対処できたケースもあります。繰り返しになりますが、日ごろから口の中をこまめにケアすることが、カラダ全体の健康を守ることにつながるのです」(大久保氏)
大久保勝久(おおくぼ かつひさ)
公益社団法人 東京都向島歯科医師会 おおくぼ歯科医院院長。
1985年に東京都墨田区で同医院を開業後、1992年に移転。以来、30年にわたって地域住民の口腔内の健康管理に積極的に取り組み、高齢者の訪問診療や介護予防にも注力。豊富な診療経験と、行政や多職種と連携した地域のネットワークを活かし、現在は子どもから大人まで生涯を通じての食事指導や災害時の食支援ネットワークにも携わっている。
以上(2024年1月)
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