主な読者:内部通報制度の導入やガバナンス態勢の構築に取り組む経営者様
ポイント:
- 日本企業では不正やハラスメント内部通報体制が遅れている(未対応企業7割弱)
- 消費者庁もついに1万社を対象に内部通報制度の実態調査に乗り出す
- リスク管理、企業価値向上への内部通報制度の寄与
- 機能する内部通報制度の5要件(リスクマネジメントの観点から)
1 日本における内部通報制度の課題について
2000年代前半の企業不祥事をきっかけにガバナンス態勢の構築の必要性が高まり、様々な法改正や仕組が導入され、昨年は公益通報者保護法や個人情報保護法の改正、パワハラ防止法の施行等によって法的には厳格化されましたが、昨今の有名企業による企業不祥事で、ガバナンス態勢が機能していないことが露呈することになりました。中古車販売のビッグモーターや日大アメリカンフットボール部の事件でも内部通報等への対応に不備があり、ジャニーズ事務所の性加害問題や宝塚歌劇の長時間労働やハラスメント等では人権問題に関連した不祥事が隠蔽されてきました。今後、求められるガバナンス態勢を確保し、企業価値の向上や不祥事の防止に繋げるには、やはり経営者や役員等がリスクに真正面から向き合い、適切にリスクを管理し、危機に対応する覚悟を持つことが求められます。
実際に、デロイトトーマツグループの調査では、不正やハラスメントの内部通報に対し、日本企業は他のアジア太平洋地域の企業に比べ反応が鈍い傾向があることが示され、パーソル総合研究所の就業者4000人に聞いた調査では、社内相談・通報窓口が「ある」もしくは「あった」と答えた人は40.3%にとどまり、帝国データバンクの全国約2万7000社の調査では、公益通報者保護法に「対応している」のは19.7%にとどまり、「対応していない」企業は66.4%にのぼっており、実効性に課題がある実態が浮かび上がっています。
こうした状況を受けて、消費者庁は上場企業約4000社を含む国内1万社を対象に、アンケートを送付して内部通報体制の実態を調査し、通報に対応する担当者の有無や内部規定の策定等の状況を尋ねる予定です。また、消費者庁への内部通報に関する問い合わせも多く、専用ダイヤルへの相談は22年度に3174件、23年度も4~9月の6カ月で1602件となり、事業者が取り組むべき内容や制度の意義をわかりやすく伝える動画教材、法律で策定が義務付けられている内部規定のサンプルなどをホームページで公開する予定となっています。
(出所:帝国データバンク「公益通報者保護制度に関する企業の意識調査(2023年11月30日)」)
https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p231113.html
2 内部通報制度と公益通報者保護法
内部通報制度とは、企業内部の問題を知る従業員から、経営上のリスクに係る情報を可及的早期に入手し、情報提供者の保護を徹底しつつ、未然・早期に問題把握と是正を図る仕組みです。目的は、自浄作用の発揮とコンプライアンス経営を推進し、安全・安心な製品・役務の提供と企業価値の維持・向上を図ることであり、公益通報者保護法においても設置が求められています。尚、公益通報者保護法は、自動車のリコール隠しや食品偽装など、消費者の安全・安心を損なう企業不祥事が、組織内部からの通報を契機として相次いで明らかになる中で、事業者の法令遵守を推進し、国民の安全・安心を確保するために2006年に施行されました。
しかし、その後も企業の不祥事が後を絶たず、内部通報制度が機能していない実態から、2022年6月に3つの目的を実現するために改正されました。目的の一つ目は、事業者自ら不正を是正しやすくすると共に、安心して通報を行いやすくすること、2つ目は行政機関等への通報を行いやすくすること、3つ目は、通報者がより保護されやすくすることです。
また、この法改正では大きく6つの改正点がありましたが、1つ目が組織への義務化であり、従業員300名超の規模の組織に内部通報制度の導入と内部通報対応業務従事者を定める事が義務付けられました。2つ目は、罰則規定の追加であり、組織に対しては企業名の公表等の行政罰、内部通報担当者の守秘義務違反には刑事罰が科されることになりました。3つ目は保護要件の拡大であり、氏名等を申告すれば行政通報も保護対象となり、報道機関等への外部通報の制約も緩和されました。4つ目は、通報主体が拡大して退職者や役員が保護対象に加わった事であり、5つ目は通報対象事案が拡大して対象通報に行政罰の対象事案が追加されたことです。最後の6つ目は保護内容の拡大であり、解任された役員の会社への損害賠償請求が可能となり、逆に公益通報をしたことを理由とした会社からの損害賠償請求が禁止となり、通報者の保護が更に強化されました。
(出所:ARICEホールディングスグループ作成)
3 内部通報制度を活用した企業価値の向上
公益通報者保護法に基づいた機能的な内部通報制度の導入は、継続的なリスクアセスメントという位置付けにおいて企業のリスクマネジメントに大きく貢献し、企業価値の向上をもたらします。具体的なリスク管理への効用としては、まず企業のリスク管理体制があり、リアルタイムでリスク情報が上がってくる仕組みを作ることで、自浄作用を働かせ、早期にリスクへの対応が可能となります。次に内部通報制度が機能することで、誰かに通報される可能性があるという認識が生まれ、不正行為や違反行為を抑制する機能が働くと考えられます。3つ目に経営陣の管理義務や注意義務、内部統制システム構築義務を果たすことになるため、株主代表訴訟等のトラブルの回避にも繋がることが想定されます。最後の4つ目は社外への通報の抑制であり、内部通報制度の構築によって社内に通報するという仕組みを作っておくことで、不要な外部への告発を抑制し、企業のブランドや信用を守ることが可能になります。また、企業価値への効用としては、まず内部通報制度を構築し、健全な経営を目指すことで、企業風土の改善につながり、従業員へのモチベーションアップが期待できますし、取引先やお客様、求職者等のステークホルダーからの信用力の増大がもたらされ、企業価値を高めることにもつながります。
(出所:ARICEホールディングスグループ作成)
4 リスクマネジメントとして機能する内部通報制度の5要件
しかし、リスクマネジメントとして機能する内部通報制度を構築し、企業価値の向上を実現するには、単に法律の要件を満たしているだけではなく、その運用において以下の5つのポイントを抑えることが重要だと考えられます。まず1つ目が、内部通報制度の意義や目的の共有であり、公益通報者保護法に基づき、内部通報制度の目的や重要性が周知されている事が求められます。具体的には、経営トップのコミットメントとして、内部通報制度の意義や重要性・役割のみならず、通報者に不利益を与えないことや通報に関する秘密保持の徹底、利益よりも企業倫理を優先すること等を共有する事が求められます。2つ目は、環境整備です。内部通報規程を策定し、通報窓口や責任者、通報対象者や通報対象事実、利益相反の排除等のルールを明確にすると共に、通報の利便性を向上させ、通報者の不安を排除し、運用実績を開示する等の工夫が必要です。3つ目は、適切な運用です。通報に対する安心感を醸成する為に、通報の受領や進捗の通知、通報対応の検証・点検を行い、適切な資源配分や予算に基づいて担当者の配置や教育・研修等を行うと共に、必要な権限を付与することも重要です。また、従業員にも協力義務を課し、人事考課の対象とすることで運用への意欲や士気を高めることが可能になります。4つ目は通報者の保護です。機密保持の重要性を通報者も含めて共有し、匿名通報の受付や違反者に対する措置を明確にし、通報者の探索の禁止や専用回線の設置、調査の工夫や情報管理の徹底を行うことも重要です。最後の5つ目は、その他の措置ということで、自主的に通報を行った場合の処分減免措置であるリニエンシー制度や報奨制度の導入、不利益の有無や是正措置の状況の確認と継続的な改善や教育、理解度を把握してフォローアップする仕組みやステークホルダーと内部通報の運用状況を共有する仕組み作り等が考えられます。
(出所:ARICEホールディングスグループ作成)
以上(2024年1月)
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画像:polkadot-Adobe Stock
提供:ARICEホールディングスグループ( HP:https://www.ariceservice.co.jp/ )
ARICEホールディングス株式会社(グループ会社の管理・マーケティング・戦略立案等)
株式会社A.I.P(損保13社、生保15社、少額短期3社を扱う全国展開型乗合代理店)
株式会社日本リスク総研(リスクマネジメントコンサルティング、教育・研修等)
トラスト社会保険労務士法人(社会保険労務士業、人事労務リスクマネジメント等)
株式会社アリスヘルプライン(内部通報制度構築支援・ガバナンス態勢の構築支援等)