書いてあること

  • 主な読者:旅館、ホテル、簡易宿所(カプセルホテル、民宿、山小屋など)の経営者
  • 課題:旅館業法が改正され、迷惑客の宿泊を拒否できるようになったが、実際、どういった場合に宿泊を拒否していいのか知りたい
  • 解決策:制度の主旨を理解した上で、従業員への研修機会の提供、宿泊客への制度改正の周知、宿泊約款の改定などの対応を行う

1 迷惑客の「宿泊拒否」が可能に

2023年12月13日より改正旅館業法が施行されました。大きな改正点は、

  • 宿泊施設の営業者が迷惑客の宿泊を拒否できるようになったこと
  • 改正前の宿泊拒否事由の1つ「伝染性の疾病にかかっていると明らかに認められるとき」が「特定感染症の患者等であるとき」と明確化されたこと

です(特定感染症については後述)。

宿泊施設の営業者は一定の場合を除いて「宿泊を拒んではならない」のが原則です(旅館業法第5条第1項)。この原則には変わりありませんが、今般の法改正で、宿泊を拒否してもよい事由が追加され、宿泊しようとする者がしつこくムリな要求をしてきた場合に、宿泊を拒否できるようになりました。

また、コロナ禍のとき、発熱があることだけでは宿泊を拒否できない、宿泊客に対して感染防止対策への実効的な協力の求めを行うことができない、という問題が露呈したことを受け、改正法では「特定感染症の患者等であるとき」と、宿泊拒否の事由が明確化されました。

今般の法改正後、いわゆる「カスハラ(カスタマーハラスメント)」に当たるような行為があった場合、宿泊施設側は正々堂々と宿泊を拒否してよいわけですが、そうはいっても、

実際、どういった場合に宿泊を拒否していいのか

判断が難しい場面が出てくるのは間違いありません。また、改正法令が施行されたばかりで、宿泊施設側も、宿泊しようとする客側も何がNGなのか、よく分からないのが実情でしょう。

そこで、この記事では、改正法令や厚生労働省の検討会資料などを基に、宿泊を拒否できる具体例、留意点、宿泊施設に求められる対応策を紹介します。

2 宿泊を拒否していいのは、どのような場合か

1)宿泊拒否の事由として新たに定められた「特定要求行為」を繰り返した場合

特定要求行為とは、「その実施に伴う負担が過重であって他の宿泊者に対する宿泊に関するサービスの提供を著しく阻害するおそれのある要求として厚生労働省令で定めるもの」をいいます。宿泊しようとする者が従業員に対して特定要求行為を繰り返した場合、宿泊施設は宿泊を拒否できます。具体的には次のような行為が挙げられます。

  • 不当な割引、契約にない送迎等、他の宿泊者に対するサービスと比較して過剰なサービスを行うよう繰り返し求める
  • 自身の泊まる部屋の上下左右の部屋に宿泊客を入れないことを繰り返し求める
  • 特定の者にのみ自身の応対をさせること、または特定の者を出勤させないことを繰り返し求める
  • 土下座等の社会的相当性を欠く方法による謝罪を繰り返し求める
  • 泥酔し、他の宿泊者に迷惑を及ぼすおそれがある状態になり、長時間にわたる介抱を繰り返し求める
  • 対面や電話、メール等により、長時間にわたって、または叱責しながら、不当な要求を繰り返し行う
  • 要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が不相当な言動を交えての要求を繰り返し行う

7番目の「要求の内容の妥当性」については、宿泊施設が提供するサービスに瑕疵(かし)・過失が認められない場合や、要求の内容が、宿泊施設が提供するサービスの内容とは関係がない場合は、妥当性を欠くものと考えられます。

また、「当該要求を実現するための手段・態様が不相当な言動」とは、身体的な攻撃(暴行、傷害)、精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)、土下座の要求等が挙げられます。これらは、たとえ要求の内容に妥当性があったとしても不相当とされる可能性が高い(場合によっては犯罪行為)です。また、商品交換、金銭補償、謝罪(土下座を除く)の要求などは、要求の内容の妥当性に照らして不相当とされる場合があります。

なお、ここでいう「宿泊しようとする者」は、これから1泊目の宿泊をしようとする者だけでなく、既に1泊以上していて2泊目以降の宿泊をしようとする者も含まれます。

2)改正法で明確化された「特定感染症の患者等であるとき」に当たる場合

特定感染症とは、感染症法における一類感染症、二類感染症、新型インフルエンザ等感染症、指定感染症(入院等の規定が準用されるものに限る)および新感染症のことをいいます。

宿泊施設の営業者は、

特定感染症が国内で発生している期間に限って、宿泊しようとする者に対し、症状の有無などに応じて、特定感染症の感染防止に必要な協力を求めることができる

こととされました。宿泊拒否を巡って訴訟となった「ハンセン病元患者」や「HIV/エイズ患者」については、法改正前から宿泊拒否の対象でないことが厚生労働省の通知で示されていましたが、今般の法改正によって、宿泊拒否の対象としてはならないことが、より明確になりました。

なお、今般の法改正で、宿泊者名簿の記載事項として「職業」が削除され、代わって「連絡先」が追加されたのも、宿泊客に対し、特定感染症の感染防止に必要な協力を求めるためです。

3)その他の場合

その他、法改正前と同じく、

  • 宿泊しようとする者が賭博その他の違法行為または風紀を乱す行為をするおそれがあると認められるとき
  • 宿泊施設に余裕がないときその他都道府県が条例で定める事由があるとき

にも宿泊を拒否できます。

都道府県によって条例で定める事由は異なりますが、例えば、「宿泊しようとする者が身体または衣服が著しく不潔であるため他の宿泊者に迷惑を及ぼすおそれがある」「宿泊しようとする者が明らかに支払能力がないと認められる」などが挙げられます。

また、宿泊しようとする者が暴力団など反社会的勢力の構成員であることが判明した場合も宿泊を拒否できると考えられます。

3 障害のある人への合理的配慮に留意

繰り返しになりますが、宿泊施設の営業者は一定の場合を除いて「宿泊を拒んではならない」のが原則です。宿泊しようとする者の状況等に配慮して、みだりに宿泊を拒むことがないようにするとともに、宿泊拒否の事由に当たる場合でも、客観的な事実に基づいて判断し、宿泊しようとする者からの求めに応じてその理由を丁寧に説明できるようにする必要があります。

特に留意しなければならないのは、

2024年4月から障害者差別解消法に基づく「合理的配慮」の提供が努力義務ではなくなり、義務化される

ことです。

障害者差別解消法では、障害がある人への不当な差別的取り扱いを禁じており、障害があることを理由に宿泊を拒むことはできません(障害があることは、旅館業法の宿泊拒否の事由にも当たりません)。

また、宿泊しようとする障害のある人が「合理的配慮」を求めてさまざまな要求を繰り返したとしても、それをもって宿泊を拒否してよいのかは一概には言えません。宿泊拒否の事由とされる「負担が過重」や「余裕がないとき」の解釈が宿泊施設側に委ねられている部分が大きいため判断が難しいところです。

無制限に対応を強いられたり、業務の遂行に支障を来すおそれがあったりする要求に応じる必要はありませんが、そうした要求に対しても、まずは「要求には応じられないが、宿泊自体は受け入れる」ことを説明し、それでもなお要求を繰り返す場合は、宿泊を拒むことができます。

なお、旅館業法第5条第1項各号に規定されていない宿泊拒否事由を宿泊約款に規定したとしても、無効であり、同項にない事由による宿泊拒否は、旅館業法違反となります。

4 宿泊施設に求められる対応策

1)従業員への研修(努力義務)

旅館業法の改正によって、宿泊施設に対して、従業員への研修を行うことが努力義務化されました。障害のある人をはじめ、ハンセン病元患者やHIV/エイズ患者などに対する不当な差別的取り扱いにつながることのないようにし、宿泊者に対してその特性に応じた適切なサービスを提供できるようにすることが大切です。

厚生労働省は、旅館業法の研修ツール等を順次ウェブサイトに掲載していく予定です。ぜひ確認してみましょう。

■厚生労働省「旅館業法の研修ツールについて」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188046_00006.html

また、生成AIを活用した教育研修ツールも登場しています。例えば、インタラクティブソリューションズの「iRolePlay」では、AIと対話形式でのロールプレイが可能で、迷惑客として理不尽な要求を繰り返すAIに対して接客するなど、さまざまな設定でトレーニングできます。

■インタラクティブソリューションズ「iRolePlay」■
https://www.interactive-solutions.co.jp/service/iroleplay.html

2)宿泊客への周知

宿泊者は、旅館業法の改正で、迷惑客の宿泊を拒否できるようになったことや、宿泊者名簿に「連絡先」を記載するようになったことを認識していないかもしれません。厚生労働省は周知用ポスターを作成し、ウェブサイトで公開しているのでぜひ活用しましょう。

■厚生労働省「宿泊者の皆様へ 令和5年12月13日から旅館業法が変わります!」■
https://www.mhlw.go.jp/kaiseiryokangyohou/download/poster_dl.pdf

また、宿泊約款を改定し、特定要求行為を繰り返した場合には宿泊を拒むことがある旨などを明記しておくとよいでしょう。観光庁が「モデル宿泊約款」をウェブサイトで公開しているので参考にしましょう。

■観光庁「モデル宿泊約款」(最終改正令和5年12月13日)■
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001747987.pdf

5 参考

■厚生労働省「改正旅館業法の円滑な施行に向けた検討会 とりまとめ」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_35694.html
■厚生労働省「旅館業法改正 | TOP」■
https://www.mhlw.go.jp/kaiseiryokangyohou/
■旅館業法■
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323AC0000000138
■旅館業法施行規則■
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323M40000100028
■障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律■
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=425AC0000000065

以上(2024年2月作成)

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画像:Elnur-shutterstock

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