書いてあること

  • 主な読者:中小企業が賃上げの際に活用できる助成金等について知りたい経営者
  • 課題:具体的にどのようなものがあるか分からない
  • 解決策:主なものとして、「業務改善助成金」「キャリアアップ助成金」「働き方改革推進支援助成金」「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金」「中小企業向け賃上げ促進税制」の5つを押さえる

1 賃上げの不安は、助成金等を上手に活用して払拭する

物価高の影響等から、賃上げ(定期昇給やベースアップ)に向けた動きが活発になっています。2024年春闘でも、「みんなで賃上げ。ステージを変えよう!」(日本労働組合総連合会)をスローガンに、賃上げ目標を「5%以上(定期昇給相当分を含む)」とする方針が打ち出されています。

ただ、多くの経営者は、

「先行きが不透明で、簡単には賃上げができない……」

と思っているのではないでしょうか。賃上げは簡単でも、賃下げは「労働条件の不利益変更」等の問題があって難しいので、不安になるのも無理はありません。そこでご提案したいのが、

助成金や補助金、税制を上手に活用し、賃上げによるコストアップに対応すること

です。

この記事では、

賃上げに関する中小企業向けの助成金等を5つ紹介

します。支給額や要件等の情報に加え、専門家のワンポイントアドバイスも載せています。なお、助成金等の内容は、2024年2月9日時点のもので将来変更される可能性があります。また、申請書の書き方や添付書類等については、各章で紹介しているURLをご参照ください。

2 業務改善助成金

1)業務改善助成金とは?

会社(実際は支店等の事業場単位)が事業場内最低賃金(最も賃金が低い社員の時給)を30円以上引き上げ、生産性を向上させるための設備投資等を行った場合、その費用の一部(最大600万円)を助成金として受け取れるというものです。

■厚生労働省「業務改善助成金」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03.html

2)助成金を受け取るには?

まず、会社が次の要件を全て満たす必要があります。例えば、東京都の場合、地域別最低賃金が1113円(2023年10月1日~)なので、「事業場内最低賃金が1113円~1163円で、不交付事由に該当しない中小企業・小規模事業者」が対象になります。

  • 中小企業・小規模事業者であること
  • 事業場内最低賃金が、地域別最低賃金+50円以内であること
  • 解雇や賃金引き下げ等の不交付事由に該当しないこと

要件を満たしている場合、「賃上げの計画」「設備投資等の計画」を作成し、都道府県労働局に提出します。交付が決定されたら、計画に沿って賃上げと設備投資等を実施し、都道府県労働局に結果を報告すれば、助成金を受け取れます。

ちなみに、助成金の対象になる設備投資等の例としては、次のようなものがあります。

  • 設備投資(例:POSレジシステム導入による在庫管理の短縮、リフト付き特殊車両の導入による送迎時間の短縮)
  • コンサルティング(例:専門家による業務フロー見直しによる顧客回転率の向上)
  • その他(例:店舗改装による配膳時間の短縮)

3)受け取れる金額はいくら?

「助成上限額」までの範囲内で、「設備投資等の費用×助成率」で計算した額を受け取れます。

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4)専門家のワンポイントアドバイス

設備投資をする場合、都道府県労働局が交付を決定する前に業者と契約したり、都道府県労働局に提出した計画書や見積書と、内容や金額が異なる設備を導入したりすると、助成金が不支給になる恐れがあります。助成金が支給された後も、都道府県労働局から調査が入ったり、「状況報告書」の提出を求められたりすることがあるので注意が必要です。

3 キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)

1)キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)とは?

有期パート等(契約期間の定めがある非正規雇用の社員)の基本給を3%以上増額するよう賃金規定等を改定した場合、賃上げをした有期パート等の人数に応じ、助成金を定額(1人当たり最大6.5万円)で受け取れるというものです。職務評価(職務の大きさを相対的に把握すること)の実施による加算(1事業所当たり20万円)も別途受けられます。

■キャリアアップ助成金■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/jigyounushi/career.html

2)助成金を受け取るには?

まず、会社が次の要件を全て満たす必要があります。「キャリアアップ計画」は、有期パート等のキャリアアップを図る上での目標や措置に関する計画、「賃金規定等」は、就業規則の賃金規定、賃金テーブル、賃金一覧表等のことをいいます。

  • 賃金規定等の改定の前日までにキャリアアップ計画を作成し、都道府県労働局に提出すること
  • 有期パート等の基本給を3%以上増額するよう賃金規定等を改定すること
  • 改定後の規定に基づき、増額した賃金を6カ月間支給していること

なお、助成金は賃上げをした有期パート等の人数(1年度1社当たり100人が上限)に応じて支給されますが、対象となるのは

雇用保険の被保険者で、賃金規定等の改定の3カ月以上前から勤務している有期パート等だけ(助成金の申請時点で離職している者等を除く)

なので注意が必要です。ちなみに、原則として週の所定労働時間が20時間以上で、雇用期間の見込みが31日以上ある人が、雇用保険の被保険者になります。

会社も有期パート等も要件を満たしている場合、6カ月分の賃金を支給した日の翌日から2カ月以内に都道府県労働局に申請をすれば、助成金を受け取れます。

3)受け取れる金額はいくら?

「賃上げ率に応じた支給額」を定額で受け取れます。また、職務評価を実施し、適正に有期パート等の賃金規定等に反映した場合、「職務評価の実施による加算額」が上乗せされます。

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4)専門家のワンポイントアドバイス

賃上げの実施前にキャリアアップ計画を作成・提出しないと、キャリアアップ助成金は受け取れません。また、労働保険料の未納や労働関係法令の違反がある会社は、助成金の対象から外れる恐れがあるので注意が必要です。

なお、キャリアアップ助成金は、第2章の業務改善助成金と同時に受け取ると、併給調整がかかって支給額が減ることがあります。ただ、

キャリアアップ助成金は「雇用保険の被保険者しか賃上げの対象にできない」のに対し、業務改善助成金は「被保険者でない者も対象にできる」

ので、社員の雇用保険の加入状況によってはこの問題をクリアできる可能性があります。

4 働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)

1)働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)とは?

残業削減や年休(年次有給休暇)の取得促進に関する一定の取り組みを行った場合、その経費の一部(最大250万円)を受け取れるという助成金です。一定以上の賃上げに関する加算(最大480万円)も別途受けられます。

■働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120692.html

2)助成金を受け取るには?

まず、会社が次の要件を全て満たす必要があります。

  • 中小企業であること
  • 労災保険の適用事業所であること(雇用保険の被保険者はいなくてもよい)
  • 年5日の年休取得に向けて就業規則等を整備していること
  • 助成金の申請時点で、次の1)から3)の「成果目標」のいずれかを満たしていること(賃上げに関する加算を受けたい場合、さらに4)も満たすことが必要)
    1)36協定の見直し(時間外・休日労働の時間数を一定以上縮減させる)
    2)年休の計画的付与制度の導入
    3)時間単位年休と1つ以上の特別休暇(政府が指定するもの)の導入
    4)3%以上または5%以上の賃上げ

要件を満たしている場合、残業削減や年休の取得促進に関する9つの取り組み(図表3)のいずれかを実施した上で、都道府県労働局に申請すれば、助成金を受け取れます。

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3)受け取れる金額はいくら?

助成上限額の範囲内で「取り組みの費用×助成率」で計算した額を受け取れます。なお、3%以上または5%以上の賃上げをすると加算額が上乗せされます。その場合、「助成上限額+賃上げに関する加算額」が、受け取れる金額の上限になります。

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4)専門家からのワンポイントアドバイス

働き方改革推進支援助成金は、第2章の業務改善助成金と性質が似ています。ただ、業務改善助成金には「事業場内最低賃金が、地域別最低賃金+50円以内であること」という要件があるのに対し、働き方改革推進支援助成金にはこの要件がないのが大きな違いです。事業場内最低賃金が高くて業務改善助成金の対象から外れてしまっても、働き方改革推進助成金を受け取れる可能性があるので、諦めずに活用を検討してみてください。

5 ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金

1)ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金とは?

会社が制度変更などへの対応として、革新的な製品・サービスの開発、生産プロセス等の省力化を行い、生産性を向上させるための設備投資等をした場合、その費用の一部(枠に応じ、最大1250万円~8000万円)を補助金として受け取れるというものです。なお、大幅な賃上げを行うと、補助上限額が引き上げられる(枠に応じ、補助上限額が最大2250万円~1億円に引き上げ)という特例措置を受けられます。

■ものづくり補助金総合サイト「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金 公募要領」■
https://portal.monodukuri-hojo.jp/about.html

2)補助金を受け取るには?

まず、会社が次の基本要件を全て満たす事業計画書を策定し、実行する必要があります。なお、対象となるのは中小企業や小規模事業者等です。

  • 付加価値額を、年平均成長率+3%以上増加させること
  • 賃金の支給総額を、年平均成長率+1.5%以上増加させること
  • 事業場内最低賃金を、地域別最低賃金+30円以上とすること

また、ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金には、

  • 生産プロセス改善等に関する設備投資等を対象とする「省力化(オーダーメイド)枠」
  • 製品・サービス開発に関する設備投資等を対象とする「製品・サービス高付加価値化枠」
  • 海外需要開拓に関する設備投資等を対象とする「グローバル枠」

があり、上記の基本要件に加え、それぞれの枠が設定する要件も満たす必要があります(枠ごとの要件の詳細は、ここでは割愛します)。

要件を満たしている場合、GビズID(1つのIDで複数の行政サービスにアクセスできるサービス)のプライムアカウントを取得、電子申請の後、「審査→交付決定→補助事業の実施→確定検査(交付額の決定)」という流れを経て実績報告と請求を提出すれば、補助金を受け取れます。

■GビズID(gBizID)■
https://gbiz-id.go.jp/top/

3)受け取れる金額はいくら?

「補助上限額」までの範囲内で、「設備投資等の費用×補助率」で計算した額を受け取れます。なお、大幅な賃上げ(賃金の支給総額を、年平均成長率+6%以上増加させる等)をした場合、補助上限額が引き上げられる特例措置を受けられます。

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4)専門家からのワンポイントアドバイス

前述した通り、補助金の申請後は「審査→交付決定→補助事業の実施→確定検査」といった具合にタスクが多いので、申請や補助事業の実施等は計画的に進めましょう。ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金は、年に複数回に分けて募集が行われるので、その都度公募要領を確認し、スケジュールの誤認等がないよう注意が必要です。

6 中小企業向け賃上げ促進税制

1)中小企業向け賃上げ促進税制とは?

全社員の賃金(給与等支給額)を前年度比で一定率以上引き上げると、法人税の税額控除(控除率30%)を受けられるというものです。また、教育訓練費の引き上げや女性活躍・子育て支援の取り組みによって控除率の上乗せ加算(10~15%)が別途あり、最大で45%の税額控除が受けられるようになる予定です(令和6年度税制改正による改正)。

■中小企業庁「中小企業向け『賃上げ促進税制』」■
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/zeisei/syotokukakudai.html

2)税額控除を受けるには?

まず、会社が次の要件を満たす必要があります。

  • 青色申告書を提出する、資本金の額または出資金の額が1億円以下の法人であること
  • 普通法人のうち事業年度終了日における資本金の額または出資金の額が5億円以上の大法人による完全支配関係がある子法人等でないこと

税制の利用に当たって、税務申告より前に特段の手続きを行う必要はありません。ただ、法人税の申告の際に、確定申告書等に、適用額明細書、税額控除の対象となる控除対象雇用者給与等支給増加額、控除額、その金額の計算に関する明細を記載した書類を添付する必要があります。

3)控除率はどのぐらい?

給与等支給額の上昇率に応じて、15%または30%の控除を受けられます。さらに、教育訓練費の引き上げ、女性活躍・子育て支援に関わるくるみん・えるぼし認定の取得による上乗せ加算があります。なお、くるみん・えるぼし認定の取得による上乗せ加算は令和6年度税制改正により新たに設けられる予定です。

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4)専門家からのワンポイントアドバイス

令和6年度税制改正では、中小企業向け賃上げ促進税制について、前述した控除率の改正があった他、その年に控除できなかった控除額について、5年間繰り越して控除できる制度が新たに設けられる予定です。併せて押さえておきましょう。

以上、賃上げに関する中小企業向けの助成金等を5つ紹介しました。なお、厚生労働省ウェブサイトでは、ここまで紹介した内容の他に、最低賃金引き上げに向けた中小企業・小規模事業者への支援事業等が公表されているので、興味がある人はそちらもご確認ください。

■厚生労働省「最低賃金引上げに向けた中小企業・小規模事業者への支援事業」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/index.html

以上(2024年3月作成)
(監修 ひらの社会保険労務士事務所)

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画像:LanKogal-shutterstock

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