書いてあること
- 主な読者:基本給の賃上げを考えている経営者、人事労務担当者
- 課題:安易に賃上げに踏み切って、後々経営に差し支えないかが不安
- 解決策:基本給を構成する属人給と仕事給のウエイトに注意する
1 「賃上げ率、何%にしようか?」と考える前に……
毎年、春闘の時期になると「賃上げ」の話題が世間をにぎわせます。直近では日本労働組合総連合会が、2023年春闘で「5%程度」としていた賃上げ目標を、2024年春闘では「5%以上」に改めたことなどが注目を集めています(どちらの賃上げ率も定期昇給相当分を含む)。
賃上げの対象となるのは、主に「基本給」です。一般的に、基本給とは「毎月きまって支給する賃金のうち、諸手当などを除いた基本となる賃金」のことをいい、その内容は
- 属人給:年齢や勤続年数など、社員の属人的な要素によって決定される賃金
- 仕事給:能力や職務のグレードなど、仕事に関係する要素によって決定される賃金
に大別されます。
多くの会社では、図表1のような複数の要素が組み合わさって基本給を構成しているので、
「各要素が基本給に占めるウエイト」を確認した上で、賃上げを検討する
ようにしないと、後々、人件費が経営を圧迫することになりかねません。以降でポイントを紹介します。
2 属人給と仕事給のウエイトで賃金カーブの傾きが変わる
賃上げを行う場合、一般的には
- 賃金テーブルや人事考課に応じ、毎年1回など定期に賃金を引き上げる「定期昇給」
- 賃金テーブルを書き換えて賃金水準を一斉に引き上げる「ベースアップ」
のいずれか(または両方)で実施する会社が多いです。
年齢や勤続年数に応じた賃金額の変化を線にしたものを「賃金カーブ」といいますが、基本給に「属人給」が含まれていれば、賃金カーブは図表2のように、定期昇給の度に右肩上がりになり、ベースアップをした場合はカーブ全体が底上げされます。
一方、基本給に占める「仕事給」のウエイトが大きくなり、「属人給」のウエイトが小さくなると、年齢や勤続年数に応じた変化は小さくなります。仮に基本給のウエイトを「属人給0%、仕事給100%」にしている会社があった場合、もしも社員の能力や職務のグレードが一向に変わらなければ、賃金カーブは図表3のようにベースアップ以外では変化しなくなります。
図表3はかなり極端な例ですが、要するに
属人給と仕事給のウエイトに応じて、賃金カーブの傾きが変わってくる
ということです。
仕事給のウエイトが大部分を占めると、いわゆる「ジョブ型」の人事制度になり、社員の会社への貢献度に応じて賃金が支払われるので、賃上げをしても人件費が経営を圧迫するリスクは低くなります。一方、年齢や勤続年数に応じて確実にもらえるはずの賃金が減り、社員の生活や安定した定期昇給を期待する社員のモチベーションに影響が出るリスクが高くなるので、ウエイトについては慎重に判断しなければなりません。
この記事の最後で、基本給の決定要素に関する統計データを紹介しているので、同業・同規模の会社の状況が気になる人は参考にしてください。
3 ウエイトを変えるときは「労働条件の不利益変更」に注意
属人給と仕事給のウエイトを変える場合、「労働条件の不利益変更」に注意が必要です。前述した、年齢や勤続年数に応じて確実にもらえるはずの賃金が減るケースなどがそうです。
労働条件の不利益変更を行うには、自社の状況に応じて、
「労働協約」「就業規則」「個別の労働契約」等を変更する必要
があります。中小企業の多くは労働組合を持たないので、「就業規則」や「個別の労働契約」を変更することになります。例えば、就業規則の作成義務のない会社(社員数が常時10人未満)では、労働契約を変更するために個別の社員の同意が必須となります。
就業規則については、個別の社員の同意を取らずに変更することも可能ですが(過半数代表者への意見聴取、所轄労働基準監督署への届け出は必須)、その場合、次のような内容に照らして「変更が合理的」といえるものでなければいけません。
- 社員の不利益が大き過ぎないか
- 労働条件を変える必要があるか(経営上の理由など)
- 内容は適切か(変更の方向性、不利益の緩和措置、一般的な同業他社の状況など)
- 社員との交渉を行っているか
- その他、変更に当たって考慮すべき事情を見落としていないか
例えば、「ジョブ型の人事制度にしたいので、仕事給のウエイトを上げ、属人給のウエイトを下げる」という場合、次のような対応をしていれば合理的といえるかもしれません(実際は、個別・具体的に判断される部分ですので、あくまで参考として捉えて下さい)。
なお、賃金形態の変更は社員の生活やモチベーションに直結する部分ですので、就業規則に関係なく、個別の社員の同意を得てトラブルを回避しようとする会社も多いです。
4 基本給の決定要素に関する統計データ
最後に、基本給の決定要素に関する統計データを紹介します。
図表5と図表6は、管理職と管理職以外の基本給の決定要素です。全体的に「職務・職種など仕事の内容」「職務遂行能力」の割合が高めですが、教育、学習支援業や複合サービス事業は、他の業種に比べ「学歴、年齢・勤続年数など」を重視する傾向が見られます。また、管理職と管理職以外では、管理職以外のほうが「学歴、年齢・勤続年数など」の割合が高くなっています。
図表7は、会社が基本給で最も重要としている決定要素です(原則として資本金5億円以上、社員数1000人以上の会社のデータ)。調査産業計では「総合判断」の割合が最も高いですが、業種別に見ると鉱業、建設、電力、商事、新聞・放送、情報・サービス、飲食・娯楽では、「職務内容・職務遂行能力等」を最も重要な決定要素に位置付けています。
以上(2024年3月作成)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)
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画像:ChatGPT