書いてあること
- 主な読者:2020年4月に改正された民法のポイントを知りたい経営者
- 課題:改正の断片的な情報しか把握していないので、全体像を知りたい
- 解決策:時効のポイントを紹介(シリーズの他のコンテンツもあります)
1 原則的な消滅時効期間と起算点の改正
1)消滅時効とは
消滅時効とは、一定期間行使されない権利を消滅させることです。改正民法第166条第1項では、次のいずれか早い時点で消滅時効が完成すると定められました。
- 旧民法と同じく、権利を行使することができる時(客観的起算点)から10年間の時効期間
- 権利を行使することができることを知った時(例えば、代金などを請求することができることを知った時。債権者の主観を基準とするので、主観的起算点という)から、「5年」が経過した場合
まず、確定期限の定めのある債権です。これは、合意内容として弁済期が○年○月○日と定まっている場合であり、債権者は具体的な弁済期を認識しています。弁済期に支払いがなければ、即座に債務者に対して支払いを命じることができます。つまり、「権利を行使することができることを知った時」が、弁済期(厳密には弁済期が経過した翌日)であり、この日から5年間で消滅時効が完成します。
次に、不確定期限の定めのある債権や条件の定めのある債権です。例えば、Aさん(債務者)が新しい車を買ったら、Bさん(債権者)に古い車をあげるという約束をしたとします。Bさん(債権者)は、Aさん(債務者)から車を買ったと聞いて初めて、条件の成就を知ります。この場合、「債務者が車を購入したときから10年間」「債務者が車を購入したことを知ったときから5年間」のいずれか早いタイミングで消滅時効が完成します。
最後に、期限の定めのない債権です。例えば、代金について、いつでも請求されたら支払うと合意した場合です。この場合、原則としていつでも権利を行使でき、債権者もそのことを合意時から知っているので、合意時から5年間で消滅時効が完成します。
2)実務上の留意点
時効期間と起算点の判断は複雑ですが、債権者は「これまでの消滅時効期間に加えて、『知った時から5年』という消滅時効期間が追加された。これによって消滅時効の完成が早くなることがある」ことを押さえておきましょう。また、条件が成就した場合や期間の定めがない場合、この事実を債権者に知らせることで、そこから5年で消滅時効が完成するという点も重要です。
補足ですが、改正民法では商行為によって生じた債権についての規定は削除され、同債権についても改正民法第166条第1項が適用されます。
3)経過措置
2020年4月1日より前に債権が生じた場合またはその発生原因である法律行為が既に行われている場合、その債権の消滅時効の期間については、旧民法が適用されます(附則第10条第4項、第1項)。
2 職業別の短期消滅時効の廃止
旧民法で定められていた、職業別の短期消滅時効については廃止され、前述した「1 原則的な消滅時効期間と起算点の改正」の内容に統一されました。職業別の短期消滅時効とは、「医師の診療報酬債権や工事に関する債権は3年間、生産者や卸売商人・小売商人が売却した代金債権などは2年間、旅館や飲食店の宿泊料や飲食料については1年間」とされていた消滅時効のことです。
3 生命・身体侵害による損害賠償請求の消滅時効の改正
改正民法では、人の生命または身体の侵害による(債務不履行を理由とする)損害賠償請求権の消滅時効は、「主観的起算点から5年間、権利を行使することができる時から20年間」とされました(改正民法第167条)。生命・身体という法益の重要性を考慮し、これらの侵害による損害賠償請求権の行使については長い消滅時効期間が定められました。
また、人の生命または身体を害する「不法行為を理由とする」損害賠償請求権についても、「1.被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知った時から5年間」「2.不法行為の時から20年間」の、いずれか早い時点という時効期間が設けられています(改正民法第724条の2および改正民法第724条)。旧民法より時効期間が長くなり、被害者救済の余地が広がりました。
なお、改正民法第724条の2の規定については、経過措置に注意しましょう。旧民法の3年の短期消滅時効が改正民法の施行日(2020年4月1日)時点で完成していない場合、時効期間は5年間になります(改正民法が適用されます)。
4 協議を行う旨の合意による時効の完成猶予の新設
改正民法では、協議が行われている場合に、時効が完成しないよう猶予する制度が新設されました(改正民法第151条)。この制度を利用する場合、「協議を行う旨の合意が存在すること」および「その合意が書面でされること」が必要です(合意は電磁的記録によるものも含みます(改正民法第151条第4項))。この合意があれば、次のいずれか早い時まで時効は完成しません。
- その合意があった時から1年を経過した時(改正民法第151条第1項第1号)
- 合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る)を定めたときは、その期間を経過した時(改正民法第151条第1項第2号)
- 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から6カ月を経過した時(改正民法第151条第1項第3号)
なお、この制度を利用して書面で合意したものの協議が整わず、さらに協議を続けたい場合は、猶予期間中に再度書面による合意をすることで、猶予期間をさらに延長することができます。延長は通算して5年間までです(改正民法第151条第2項)。
時効完成が迫っているが協議が継続している場合、これまでのように訴訟提起をするのではなく、協議の合意書面を作成します。合意書面の例は次の通りです。
【協議合意書(例)】
甲および乙は、甲が乙に対して主張する○○に係る○○請求権(以下「本件請求権」という。)につき協議が続いているところ、本件請求権の時効の完成猶予のため、本件請求権の存否、内容、履行条件などについて協議を行う旨を以下の通り合意する。
第1条
甲および乙は、本件請求権について協議を行う旨相互に確認する。
第2条
甲および乙は、本合意書締結日から10カ月が経過するまで(【○年○月○日まで】)または協議が成立するまでのいずれか短い期間、前条の協議を行う。
第3条
甲および乙は、乙が、本合意により、本請求権につき何らの承認をしたものでもなく、消滅時効の援用権を放棄したものでもないことを確認する。
本合意書の締結を証するため本書2通を作成し、甲乙記名捺印の上各自1通を保有する。
○年○月○日
甲・・・
乙・・・
なお、この規定は、改正民法の施行日前に権利についての協議を行う旨の合意が書面でなされた場合は適用されません(附則第10条第3項)。
5 天災などによる時効の完成猶予の改正
時効期間の満了前に、天災その他避けることができない事変のために時効中断手続きを行うことができないときは、その障害が消滅した時から一定期間が過ぎるまで、時効は完成しません。改正民法では、この時効完成猶予期間を、「その障害が消滅した時から3カ月を経過するまでの間」としました(改正民法第161条)。実務上も、その障害が消滅したときから3カ月以内に、時効中断のための対応を行う必要があります。
以上(2020年11月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)
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