書いてあること
- 主な読者:いざというときに備えて「株式実務」を確認しておきたい経営者
- 課題:株式を取り扱う機会が少なく、どのような手続きが必要なのか分からない
- 解決策:株券発行会社と株券不発行会社、譲渡制限の有無に応じて整理する
1 機会は少ないが重要な株式実務
オーナー企業が多い中小企業が株式を取り扱うケースは少ないですが、株式に関するトラブルは解決が難しいので慎重に行いたいものです。重要なポイントは、
株式実務は、株券発行会社と株券不発行会社、譲渡制限の有無によって異なる
ことです。
まず、株券の発行については、2006年5月1日の会社法施行の前後で次のように異なります。
- 会社法施行前:原則、株券を発行。発行しない場合はその旨を定款に定める
- 会社法施行後:原則、株券を不発行。発行する場合はその旨を定款で定める
また、株式の譲渡制限は定款で定められているので、定款を確認すれば譲渡制限の有無が分かります。多くの中小企業は、全ての株式に譲渡制限がある「非公開会社」ですので、この記事も非公開会社を前提とします。最後に株式実務で使える次の書式のひな型も紹介しているので参考にしてください。
- 株主名簿(株券不発行会社の場合)
- 株主印鑑届
- 株式譲渡承認請求書(株主による請求の場合)
- 株式譲渡承認通知書(取締役会による承認の場合)
- 株主名簿書換請求書の例(譲渡人・譲受人共同請求の場合)
2 単なる名簿ではない株主名簿
1)株主名簿がないとトラブルになる?
株主名簿は、株主の氏名や所有株式数などを記載した名簿です。記載する事項は会社法で次のように決められています。
- 株主の氏名または名称、住所
- 株主の有する株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類と種類ごとの数)
- 株主が株式を取得した日
- 株券発行会社である場合は、株券の番号
株主名簿の様式は任意ですが、作成は会社の義務です。株主名簿を単なる名簿と見くびってはいけません。株主名簿は株主の権利に影響します。例えば、
株式を譲渡した際、その株式を取得した者の氏名などを株主名簿に記載しておかないと、株券発行会社の場合は株式会社に、株券不発行会社の場合は株式会社その他の第三者に対抗することができない
ことになります。また、会社は、株主総会などで権利を行使できる株主について、一定の日(基準日)において株主名簿に記載のある者に限ることができます。要は、
株主名簿に記載されていない株主は、会社が株主として認めない限り、株主総会で議決権を行使できない
ことになってしまうのです。
2)株主から株券を持ちたくないと言われた場合
株券発行会社でも、
株主は会社に株券の所持を希望しないことを申し出る
ことができます(株券不所持の申し出)。この申し出を受けたら、会社はその旨を株主名簿に記載しなければなりません。
なお、非公開会社の場合、株券発行会社でも株主から請求があるまで株券を発行しなくて大丈夫です。そのため、株券を発行している株主と、そうでない株主が混在する可能性があります。会社法上、株券が発行されている株式については株主名簿で株券の番号の記載が求められていますので、当該番号が記載されているか否かで株券を発行している株主かを区別できます。
3 印鑑の届出
株主総会における委任状や株主の名義書換など、株主の権利の行使や各種手続きの際は、株主本人からの申し出であることを確認する必要があります。そのため、
株主に印鑑を届け出てもらい、手続きなどで押印を求める場合は届出の印鑑を使用
する会社もあります。
4 株式譲渡の承認
1)株式譲渡を承認するのは取締役会か株主総会
非公開会社の場合、株式譲渡を承認するのは、原則として、
取締役会設置会社の場合は取締役会、それ以外の会社は株主総会
です。ただし、定款で別の定めをすることができます。
2)株券不発行会社の場合
株券不発行会社における株式譲渡の基本的な手続きは次の通りです。ここで説明するのは、株主が株式譲渡承認請求をする場合の手続きです。なお、株主による譲渡承認請求は、譲渡前は譲渡人、譲渡後は譲受人が行います。
- 株主による譲渡承認請求
- 取締役会等における譲渡承認決議
- 譲渡承認(不承認)決議の通知
- 譲渡人と譲受人の共同での株主名簿の書換請求
- 株主名簿の書換
- (譲受人から請求があった場合)株主名簿記載事項証明書の交付
譲渡承認請求書に記載する事項は会社法で次のように決められています。
- 株主が譲り渡そうとする譲渡制限株式の数(種類株式発行会社にあっては、譲渡制限株式の種類および種類ごとの数)
- 株式を譲り受ける者の氏名または名称、住所
- 会社が譲渡承認をしない場合、会社または会社が指定する者(指定買取人)が株式を買い取ることを請求するときはその旨
また、会社が譲渡承認または不承認の決議をしたときは、その旨を請求者に通知します。原則として、
譲渡承認請求の日から2週間以内に通知しなかった場合は、譲渡承認したものとみなす
ことになります。
譲渡が行われた後、株主は会社に株主名簿の書換請求をしてきます。この手続きは、原則として譲渡人と譲受人が共同で行います。
3)株券発行会社の場合
株券発行会社の場合、株式譲渡の基本的な手続きは次の通りです(譲渡人が株券交付の前に譲渡承認請求を行う場合を想定しています)。
- 会社への株券発行の請求と発行(株券が発行されていない場合)
- 株主による譲渡承認請求
- 取締役会等における譲渡承認決議
- 譲渡承認(不承認)の通知
- 譲渡人から譲受人に対する株券の交付
- 譲受人による株主名簿の書換請求
- 株主名簿の書換
株券発行会社の場合、有効に株式を譲渡するには株券の交付が必要です。そのため、株券不所持の申し出等により、株券が発行されていない場合は、株主は、まず株券の発行を請求してきます。そして譲渡が行われた後、株主は会社に株主名簿の書換請求をしてきます。この名義書換手続きは、譲受人が単独で行います。
中小企業の場合、株券を発行していない、もしくは、株券を喪失していることが珍しくありません。このような場合に、株式関係を整理した上で譲渡する目的で、株式譲渡前に株券不発行会社に変更してしまうこともあります。
4)株式が相続された場合
株主が死亡して相続人が株式を取得する場合、譲渡制限が付された株式も、譲渡制限の対象とはならないため、会社には譲渡承認請求ではなく、株主名簿の書換請求をしてきます。株式取得者は、その際、戸籍謄本や遺産分割協議書等、名簿上の株主の死亡・相続による株式取得の事実を確認できる書類を添付しなければなりません。
なお、株式会社は、相続その他の一般承継で譲渡制限株式を取得した者に対し、株式を会社に売り渡すことを請求できる旨を定款で定めることができます。そのため、会社は、定款を確認し、その旨の定めがあるのであれば、売渡請求をするか否かを検討します。
5 主要書類のひな型
株式実務で使用する書類は、会社法で記載事項が定められているもの(法定記載事項)はありますが、様式までは定められていません。ここでは、この記事で紹介してきた以下の書類のひな型を紹介します。法定記載事項だけではなく、記載しておくことが望ましい事項も記載しているので、自社の実情などに合わせて、適宜様式を変更して使用してください。
以上(2024年4月更新)
(監修 のぞみ総合法律事務所 弁護士 鈴木章太郎)
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