書いてあること

  • 主な読者:価格決定をしなければならない経営者や担当者
  • 課題:価格設定を担当者の勘に任せてしまっている
  • 解決策:従来の価格設定法に加え、顧客が価格を決めるPWYW方式を紹介。また、価格戦略のポイントを解説する

1 なぜ同じ“食べ物”でも、価格改定の影響度合いが違うのか

2019年10月から消費税率が10%に引き上げられる一方、酒と外食などを除く食品全般は税率を8%に据え置く対象になっています。税率を8%に据え置く際に、特に注目を集めたのが「どこまでを外食として認めるのか」という点です。外食の場合、価格弾力性が大きいため、増税が需要を大きく減少させる可能性が高いからです。

価格弾力性とは、価格が1%上昇したときに、需要が何%減るかを表したものです。価格弾力性が1を下回る場合、価格の増減の変化の影響を受けにくく、1を上回ると、価格の増減の変化の影響を受けやすいとされます。

基本的には、価格弾力性の大きい商品は、他の商品で代替が可能であり、所得と比べて支出割合が大きい傾向にあります。そのため、値上げが難しく、値下げが効果的だとされています。

一方、価格弾力性の小さい商品は、他の商品で代替することが難しく、所得に対する支出と比べて支出割合が小さい傾向にあります。そのため、比較的値上げが受け入れられやすく、値下げしてもそれほど大きな効果が無いとされます。

総務省「家計調査(2018年)」を見ると、「外食」は1.908と1を上回っています(注)。なお、同じ食べ物でも、生活必需品である「食料」は0.625であり、値上げをしても外食ほど大きな影響は受けない可能性があります。

価格設定は、単に「安ければよい」というわけではなく、商品の特性を踏まえ、自社の利益が確保できる、適正な価格を検討することが重要です。

なお、いずれの価格設定法も一長一短があるため、企業では商品特性や顧客のニーズ、自社の販売戦略などを勘案しつつ、複数の方法を用いながら、価格を検討するのが一般的です。

(注)総務省「家計調査(2018年)」より「支出弾力性」を紹介しています。「食料」には「外食」を含めて「穀類」「肉類」などが含まれます。

2 基本的な価格設定法

1)コスト志向の価格設定法

コストを基本に置き、企業が安定した利益を得ることを目的として価格を設定する方法です。

1.コストプラス法(原価加算法)

商品のコストに、一定の利益率または利益額を加えて価格を設定します。

2.マークアップ法

卸売業者・小売業者が売価を決めるために使う方法です。仕入れ原価にある一定の利益率または利益額を加えて価格を設定します。

3.目標収益法

損益分岐点分析を利用した方法です。企業の目標とする投資収益率(ROI:Return On Investment)を実現できるように価格を設定します。

2)競争志向的な価格設定法

市場に既に出回っている商品や競合企業の価格を基準とし、それを模倣したり、基準よりも少し下げたりして自社の価格を設定します。

3)需要志向的な価格設定法

顧客側の事情を勘案して、自社の価格を設定する方法です。

1.知覚価値型価格設定法

マーケティング調査などによって、「いくらなら購入するか」などを顧客に聞いて自社の価格を設定する方法です。原価が顧客の希望する価格よりも高い場合は、コストカットや仕様の見直しなどを行い、その価格帯に原価を近づけます。

2.需要価格設定法

市場セグメントごとに、価格を変化させる方法です。顧客層(学割など)、時間帯(早朝割引など)、場所(グリーン車など)によって、異なった価格を設定します。

3.心理的価格設定法

「498円」などの端数を用いたり、「ジュースは1本130円」といったよくある価格や、ある商品に対して持つ顧客の心理的反応・知覚に基づいて設定する方法です。

4)戦略的な価格設定法

商品単体の価格設定を考える際の基本的な方法は前述の通りですが、この他にも、戦略的な視点から価格を検討する方法もあります。代表的なものは、新商品の価格設定法である、スキミングプライスとペネトレーションプライスです。スキミングプライスは、高価格を設定し、早期に開発コストなどを回収する方法です。一方、ペネトレーションプライスは低価格を設定し、市場シェアの獲得を目指す方法です。

この他にも、「複数商品のセット価格を単品価格の合計よりも安くする」といったように、複数商品を考慮した価格設定法などがあります。

3 顧客に価格を決めてもらうPWYW方式

前述のような価格設定法は、以前から見られるものですが、売り上げや収益を最大化するために、多くの企業では最適な価格を求めてさまざまな工夫を行っています。

例えば、比較的新しい価格設定法の1つに「ペイ・ワット・ユー・ウォント(ペイ・アズ・ユー・ウィッシュともいわれます。以下「PWYW」)方式」があります。この方法は、「顧客が価格を決める=価値に見合うだけの価格を支払う」というものです。世界的に人気のあるロックバンドが、この方式を使って新作アルバムをiTunes上で発売したことから話題になりました。日本では愛知県のはづ別館が導入しています(前日までの予約客のみが対象です。あらかじめ料金が設定されている日があるなど例外もあります)。 最近では、衣料品通販サイト「ゾゾタウン」を運営するZOZOが、商品の配送時に掛かる送料を顧客が自由に設定できる「送料自由」を試験導入しました。その結果、送料として設定された金額の平均は、税込みで96円で、送料が0円で設定された割合は43%に達しました。この結果を受けて、同社は通常配送の送料を税込みで一律200円に改訂しました。

「PWYW方式では、利益が確保できないのでは?」と思いがちですが、一部の企業ではPWYW方式で成功を収め、同等の商品に比べて高い価格を支払う人も多数いるようです。PWYW方式で成功している企業は、顧客から商品の価値を認められているからこそ、適正な利益を確保することができます。

なお、「顧客が認めた価値に見合うだけの価格を支払う」というPWYW方式の価格設定は、基本的にBtoCが対象であり、「できるだけ安く」という経済合理性が特に強く働くBtoBには適していません。また、PWYW方式は、飲食や宿泊、音楽や書籍といった経験や満足度など、実体の無い価値を提供している商品が適していて、形のある商品の場合、他の商品と価格比較が容易なので、買いたたかれてしまう可能性が高く、導入には向いていません。

4 Pepperに学ぶ価格戦略

1)Pepperの価格

ここでは、ソフトバンクが手掛けるロボット「Pepper(ペッパー)」の事例を紹介します。

現在、Pepperは、個人・法人の双方が利用できる「Pepper(一般販売モデル)」と、法人のみの「Pepper for Biz(法人向けモデル)」がありますが、ここでは一般販売モデルを取り上げます。

【一般販売モデル(本体のみ購入可能・価格は全て税抜き)】

  • 本体:19万8000円
  • サービスなど(任意加入・クラウドサービスなど+保険・最低36カ月の契約が必要):2万4600円(月額)×36カ月=88万5600円
  • 合計:108万3600円

2)市場に浸透させるための戦略的な価格設定

発売当初のPepperは、ペネトレーションプライスを設定しています。孫正義社長がPepper発表の記者会見の際、19万8000円の販売価格は「製造台数が少ないこともあり、現状では製造コスト以下だ」と発言しているように、本体のみの販売では赤字になるような価格設定をしていました。

Pepperは2015年に発売され、クラウドサービスや保険などのプランの契約期間が3年で更新されます。Pepperを開発・販売するソフトバンク傘下のソフトバンクロボティックスによると、大半の利用者が契約の更新をしているそうです。

ソフトバンクは、コスト以下であっても価格を抑えて、まずは市場シェアを獲得することを最優先としたマーケティング目標にしているのでしょう。

5 BtoCとは異なるBtoBの価格戦略

1)BtoBの価格設定の特徴

本稿で紹介してきた内容は、BtoCの価格戦略を前提としています。一方、BtoBにおける価格設定は、BtoCとは異なり、価格を公表しないことが多くなります。これは取引金額が多額になること、取引関係が継続的になることなどから、次のような点を考慮しながら、購入先と個別に交渉して価格を決定するためです。

  • 商品の仕様
  • 販売数量
  • 取引条件(支払時期・方法、納期、納品方法、販売後の保証など)
  • 過去および現在の取引実績
  • 今後の取引数量・継続の可能性
  • 購入者との力関係や依存度
  • 販売先の予算
  • 競合する商品の価格

これらの点を考慮して価格を決定するため、同一の仕様・販売数量・取引条件であっても、実際の販売価格は販売先によって異なることがあります。また、今回、販売することによって、今後、多額の取引が見込める場合などは、商品を購入してもらうことを優先するために、大幅な赤字となる価格で販売することもあります。

交渉によって価格を決定する場合は、原価を把握しておく、BtoCと同様の方法で社内的な基準価格、取引数量と割引率などを明示した標準的な割引表、取引数量などを基にした最終決裁者を決めておくなど、実際の販売価格をスムーズに検討するための資料や規定を作成しておくとよいでしょう。

2)価格を公表するか否かの基準

BtoBの商品であっても、価格を公表したほうがよい商品もあります。具体的には、次のような商品は、個別交渉に掛かる手間やコストの削減などを勘案し、価格の公表を検討してもよいでしょう。

  • 取引金額が少額になる商品
  • 仕様や取引条件を標準化できる商品
  • 販売先が多数にわたる商品

ただし、価格を公表すると、前述したような柔軟な価格設定を行いにくくなるので、慎重に検討する必要があります。例えば、購入者の予算などを勘案し、標準的な価格よりも高い価格で販売できる場合もありますが、価格を公表していると、こうした価格設定は難しくなります。

なお、価格を公表する場合は、基本的にはBtoCと同様の方法で価格を決定することになります。

6 今こそ、価格戦略を見直そう!

価格決定は、企業の収益を左右する重要な事柄です。とはいえ、重要であることは理解していても、体系的な価格戦略を持っている企業は限られているようです。

裏を返せば、多くの企業が「競合企業が値上げした」「顧客から値下げ要請があった」といった場面で慌てふためき、場当たり的な対応に終始しているのではないでしょうか。

例えば、社内の基準となる価格は、先達がマーケティング調査や顧客の声を反映して決めたものでしょうが、その内容は現在のビジネス状況に合致しているでしょうか。何年も前から改定されていないものであれば、再度マーケティング調査や顧客アンケートなどを実施して、改めて価格戦略について見直してみましょう。

以上(2019年4月)

pj70015
画像:pixabay

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