書いてあること
- 主な読者:サービス力を強化したいサービス業以外の企業経営者
- 課題:競合が多数存在する市場の中で、サービス力を強化して競争力を高めたい
- 解決策:強化すべきサービスの種類を紹介し、サービス強化策を解説する
1 サービスの重要性
1)貴社の強みは何ですか?
製造業など、サービスの提供以外をコア事業としている中堅・中小企業(以下「サービス業以外の企業」)の経営者は、サービスは「自社にとって関係ない」あるいは「自社の事業に少し関連するが、それほど重要ではない」と考えているかもしれません。
しかし、サービス業以外の企業にとっても、サービスが重要な役割を担っているケースは少なくありません。例えば、「他社とは異なる貴社の強みは何ですか?」と尋ねられたとき、どのように答えますか。製造業であれば「自社の独自技術を活用した製品」など、製品自体の優位性やそれを可能にする独自技術について言及する企業が多いかもしれません。
一方で「製品を購入してくれた顧客に対するきめ細かなアフターサービス」や「顧客の問題を把握し、それを解決するために最適な製品を提案・製造する能力」というように、サービスに関連の深い分野を自社の強みとして挙げる企業も少なくありません。
こうした状況を考えると、サービス業以外の企業においても、サービスについて、もう一歩踏み込んで検討してみることが重要といえるでしょう。
2)サービスが重要になる理由
競合製品が多数存在する成熟した市場で厳しい競争に勝ち抜くためには、他社製品との差異化を図り、多くの製品の中から自社製品を選択(購入)してもらう必要があります。製造業であれば、製品の機能などで差異化を図るのが理想的でしょう。
しかし、実際には、他社製品とは明確に異なるような画期的な新製品を開発し、市場に投入し続けることは困難です。
こうした中で、製品の差異化策として重要なのが、製品に関するサービスです。仮に製品自体に顕著な優位性がなくとも、他社よりも優れたサービスを提供することができれば、他社製品との差異化を図れます。
例えば、機能や価格などが同等の製品が2つあり、一方には「故障時には無料で修理します」といった充実したサービスがあって、他方にはない場合、誰もが無料で修理を受けられる製品を選択するでしょう。
また、サービス業以外の企業において製品自体とサービスを分離して考えることが事実上困難であるケースもあります。例えば、パソコンメーカーの場合、パソコン本体の製造・販売のみを自社の事業とすることはありません。その他にも、顧客の質問や苦情などを受け付けるコールセンターや、万一故障した場合の対応をするサポートセンターの設置など、さまざまなサービスを提供しています。
2 サービス強化策の検討前に確認する「サービスの特徴」
1)無形性
サービスの最大の特徴は、無形である点です。そのため、顧客はサービスについて、見たり、触れたりすることはできません。パンフレットなどからサービスの内容に関する情報は得られるものの、実際にサービスを利用するまで特徴を把握することが難しい場合もあります。
2)同時性
サービスは、企業側のサービス提供者である従業員などが、目の前にいる顧客に対して、その場で提供するのが基本です。サービスの場合は、「生産」と「消費」が同時に発生することになります。
3)変動性
サービスは、サービスを提供する個々の従業員の持つ能力などによって、その質が大きく異なります。また、同じ従業員であっても「気分が乗る・乗らない」といった心理的な要因などによって、提供するサービスの質が異なる場合があります。従って、同じサービスであっても、その質や内容は常に変動することとなります。
4)サービスを検討する際の基本方針とは
顧客が製品・サービスを消費して満足を感じる条件は、一般的に「消費前の期待感<消費による体験」という状況になった場合といわれています。
例えば、入れてから3時間経過したコーヒーを「1本120円の『缶コーヒー』として飲んだ場合」と、「レンガ造りのおしゃれな喫茶店で飲んだ場合」で考えてみてください。同じ品質のコーヒーであっても、前者の味には満足でき、後者の味には不満を感じるという場合が多いのではないでしょうか。
この違いは「消費前の期待感」の違いによるものです。多くの消費者はこうした缶コーヒーの価格や味などの特徴を認識しているため、缶コーヒーに対する「消費前の期待感」はそれほど高くならず、入れてから3時間経過したコーヒーでも満足できるのかもしれません。
一方、喫茶店でコーヒーを飲む場合は、入れたてならではの風味の良いコーヒーを期待する人が多くなります。すなわち、缶コーヒーと比べると、喫茶店の場合は「消費前の期待感」が高くなっているのです。そうした心理状態のときに、入れてから3時間も経過して、風味があまり良くないコーヒーが出てくると、「消費前の期待感>消費による体験」となり、不満を感じることになります。
このように、同じコーヒーを飲んで「消費による体験」が同じでも、「消費前の期待感」の違いによって、製品・サービスに対する顧客の満足度は変わるのです。
この視点から考えると、サービスについて検討する際に特に注意が必要なのは、顧客の「消費前の期待感」がどのように形成されており、どのような期待感を抱いているかを知ることにあります。
5)製品とアフターサービスの関係
製造業における製品とアフターサービスの関係を例に考えてみましょう。製品と異なり、サービスは事前にその質などを評価することが困難な点は「無形性」のところで紹介しました。従って、実際にアフターサービスを経験していない顧客は、アフターサービスだけに注目して「消費前の期待感」を形成することはできません。そのため、そうした顧客はアフターサービスに対する「消費前の期待感」を、製品のイメージなどを基に形成することになります。
例えば、グレードの高い素材を使用し、高い機能性を備えた高級な製品を購入した顧客は、アフターサービスも充実していると考えます。
こうした点を企業側がしっかりと認識せず、「アフターサービスは、あくまで付加的なサービスだから、取りあえず受付窓口だけでも設けておこう」といった中途半端な取り組みを行ってしまうと、問題が発生することになるでしょう。
故障発生時に顧客が修理を依頼してみると、「随分時間がかかった」「窓口担当者が製品についてよく知らなかった」などの不手際があれば、「消費前の期待感」が高いだけに顧客は大きな不満を感じてしまうでしょう。すなわち、製品自体は素晴らしくても、アフターサービスへの取り組みが不十分だという理由で、顧客に不満感を与えてしまうことになります。
従って、顧客満足の向上に寄与するサービスを提供するための第一歩は、製品・価格・店舗など自社のコア事業に対して顧客が抱いているイメージを把握し、そのイメージよりも良いサービスを提供する(少なくとも、イメージを阻害するような質の低いサービスを提供しない)ことにあります。これが、サービスの強化策を検討する際の基本方針となります。
3 コトラーから学ぶサービス差別化の7つの要素
経営学者のフィリップ・コトラーは、サービスの差別化を図る上で重要な要素として、次の7つを挙げています。
1)注文の容易さ
注文の容易さとは、顧客が注文しやすい方法を提供することです。家電小売店では、店頭で販売するのに加えて、インターネット通販用のウェブサイトを開設し、顧客が自宅などに居ながら製品を購入できるようにしています。
2)配達
配達とは、顧客が希望する場所・時間などに正確に製品やサービスを届けることです。家電小売店では、大型家電製品などを中心に、顧客が購入した製品を、顧客が希望する日時に配達するサービスを行っています。
3)取り付け
取り付けとは、顧客が製品やサービスを利用したいと考えている場所で、その製品を正常に機能させることです。家電小売店では、希望する顧客に対して、顧客の自宅などに赴き、パソコンやエアコンなどの取り付けを行っています。
4)顧客トレーニング
顧客トレーニングとは、顧客が購入した製品などを、正しく、かつ効率的・効果的に使用できるように顧客を訓練したり、必要となる情報などを提供することです。
最近は少なくなりましたが、パソコンの普及期には、家電小売店がパソコンを購入した顧客の希望者を対象に、初心者向けのパソコン教室を開催して電子メールの使い方などを教えているケースがありました。
5)顧客コンサルティング
顧客コンサルティングとは、顧客に対して提供するデータ、情報を手軽に収集できるシステム、各種のアドバイスなどを提供することです。
家電小売店では、さまざまな製品の中で、どれが自身のニーズに適した製品であるかを判断しかねている顧客に対して、顧客のニーズを確認しつつ、さまざまな製品情報を提供したり、アドバイスを行うなどして顧客の意思決定を助けています。
6)メンテナンスと修理
メンテナンスと修理とは、顧客が購入した製品を良好な作動状態に保つためのサービスのことです。家電製品の高機能化に伴い、家電小売店が修理の受付窓口を設けて顧客との対応を担当し、修理などの作業自体をメーカーが行うケースが多いようです。
7)多様なサービス
企業が提供しているサービスには、ここまで紹介した6種類以外にもさまざまなものがあります。家電小売店の場合であれば、「購入後1年程度のメーカー保証期間とは別に、『5年保証』などの独自の長期保証制度を設ける」などがあります。
4 サービスを展開する際のポイント
1)「定型サービス」と「非定型サービス」
「定型サービス」と「非定型サービス」の違いは、チェーン展開しているファストフード店(ハンバーガーショップ)を例に考えてみると分かりやすいでしょう。
飲食店における接客サービスは、本来、個々の従業員の経験や個性などによってその質は異なるものですが、チェーン展開しているファストフード店では、「来店から注文を受け、商品を提供するまでの接客プロセス」をはじめとした基本的な接客方法については、その手順などを定型化し、マニュアルを作成しています。こうしたサービスは定型サービスに該当します。
ただし、ファストフード店において全ての接客サービスを定型化できるわけではありません。マニュアルという定型化されたサービスには提供できる内容に限界があるのです。
マニュアルにないシチュエーションが発生したときには、経験豊富な従業員が、自身の知識や経験などを基に、個々のケースに最適な方法を自身で判断して接客に当たらなければならないことも少なくありません。こうしたサービスは、非定型サービスに該当します。
ここでは、サービスを定型サービスと非定型サービスの2種類に大別しましたが、実際に企業が提供しているサービスを見ると、どちらか一方のみというケースはまれで、ファストフード店同様に2種類のサービスを同時に提供しているのが一般的です。
2)2つのサービスの特徴を理解する
サービスを2種類に分類する理由は、定型サービスと非定型サービスとでは強化する際の方向性が全く異なるためです。ここでは、それぞれのサービスの特徴について考えてみます。
定型サービスと非定型サービスの主な特徴は次の通りです。自社のサービスの強化を検討する際には、こうした点に留意が必要です。
1.サービスの質の維持・向上において重視すべきポイント
定型サービスの質は、マニュアルなどの形で定型化されているサービスの内容によって決まります。そのため、定型サービスの質を高めるためには、サービス内容を改善し、質の向上を図るということがポイントとなります。
一方、非定型サービスの質は、顧客とのコミュニケーションの中で顧客ごとに異なるニーズを把握し、それに応じたサービスを個々の従業員が判断して提供することが求められます。従って、質の高いサービスを提供するためには、サービスを提供する従業員の知識や経験といった能力の向上を図ることがポイントとなります。
2.教育・指導の方向性
サービスの大部分は、従業員によって提供されるため、サービスの質を維持・向上させるためには、従業員に対する教育・指導が重要です。
定型サービスの場合、質の高いサービスを実現するためには、従業員に定型化されたサービスの内容をしっかりと覚えさせ、それを実践させることが重要です。従って、教育・指導の方向性は、「教育」というよりも、むしろ「指導」が中心です。
一方、非定型サービスの場合は、顧客のニーズをしっかりと把握して、的確に応えることが重要となります。こうした能力を高めるために必要なのは「指導」ではなく、じっくりと時間をかけて育てるような「教育」が中心です。
3.人材育成
定型サービスは、定型化されたサービス内容を“覚えて”もらい、それを忠実に実践してもらうことが中心となるため、人材育成は比較的容易といえます。
一方、さまざまな状況を的確に判断して最適なサービスを顧客に提供するという非定型サービスの場合は、“覚えて”もらうというよりも、「考える力」や「的確な状況判断力」などを“身に付けて”もらうことが中心になるため、人材育成は難しくなります。
4.模倣性
他社との差異化を実現するサービスとするためには、優れたサービスを提供するだけではなく、「他社が簡単に模倣できないようなサービス」であることも大切です(他社に模倣されてしまえば「差異化」を実現することはできません)。
こうした模倣性の観点から見ると、マニュアルなどの形で明文化することのできる定型サービスは、そのマニュアルを入手すれば、比較的容易に模倣することが可能です。また、定型サービスは常に決まった方法で提供されるため、顧客としてそのサービスを見学・体験するだけでも、定型サービスの概要を把握することはそれほど困難ではありません。そのため、一般的に定型サービスは他社から模倣される可能性が高くなります。
一方、非定型サービスには、明文化することが困難な個々の従業員の能力やノウハウといった要因が多く含まれているため、簡単に模倣することはできません。
5.親和性の高い戦略
定型サービスの場合、高い技術や能力がない場合でも、マニュアルの徹底により一定の質のサービスを提供することができるため、相対的に人件費を低く抑えられます。また、サービスの提供方法の定型化を図ることができれば、製造業のように、そのプロセスの効率化を促進することも容易になります。定型サービスの場合、こうした特性を生かして、コスト削減を通じた価格競争力の強化に取り組みやすいため、コストリーダーシップ戦略と親和性が高くなります。
一方、非定型サービスの場合、従業員個人の能力によってサービスの質が変わってくるため、相対的に教育費用などを含めた人件費が高くなりやすく、低価格化になじみにくいという特徴があります。しかし、その分模倣性が低く、独自性の高いサービスを提供することができる可能性が高いことから、差異化戦略と親和性が高くなります。
5 競争力強化のポイント
1)定型サービス強化のポイント
定型サービスを強化する際の基本的な方向性は「定型化されたサービスの質を維持・向上させながら、効率的に提供する」ことにあります。その際のポイントは、定型化されたサービスについて改善を続けることです。顧客のニーズが時代とともに変化するのに対し、定型サービスの質は基本的に定型化された時点から変化しません。従って、顧客のニーズに的確に応え続けるためには、定型化されたサービスを定期的に見直すなど、常に質の維持・向上に努めていく必要があります。
また、効率化を目指すという点では、定型化したサービスの機械化も検討する必要があるでしょう。例えば、低価格を強みに全国展開を図っているビジネスホテルチェーンなどでは、チェックイン・チェックアウトサービスをシステムの導入により機械化しています。
一般的に、サービスの機械化は、システムなどの設備導入に関する初期投資に多額の費用が発生するというデメリットがありますが、システムなどの設備は、人件費などに比べると相対的にランニングコストが安くなるケースが多いため、中長期的に見ると企業にとっても大きなメリットがあります。従って、機械化も定型サービスの強化策の一つとして検討するとよいでしょう。
2)非定型サービス強化のポイント
非定型サービスを強化する際の基本的な方向性は、「顧客の個々のニーズに応える柔軟なサービス提供を行うことができるよう、従業員の能力を向上させる」ことにあります。その際のポイントは、従業員に「なぜこうしたサービスが必要か」を理解させ、それぞれの従業員が自分で必要なサービスについて考えるように意識改革を行うことです。その上で、優れた教育を行い、個々の従業員の能力向上を図ることが重要になります。
さらに、優れたサービスを提供するためには、組織内のノウハウの共有化が特に重要です。能力の高い人材を育てるためには、「教育」だけでは限界があります。個々の従業員がサービスの提供を通じて得たさまざまな経験を組織内で共有化することも、従業員の能力向上には不可欠です。
また、人材の能力がサービスの質に決定的な影響を与える以上、社内にサービスを提供できるだけの能力を持つ従業員がいない、また従業員を育てるだけの余裕がないといった場合には、新たな人材を雇用したり、外部人材を活用したりする必要があるでしょう。
以上(2018年10月)
pj70027
画像:unsplash