書いてあること
- 主な読者:改革を進めたい経営者
- 課題:従業員に危機感がなく、改革に対して協力的ではない
- ポイント:組織変革の基本プロセスと従業員を巻き込むためのポイントを解説する
1 内部の人にフォーカスする
企業が改革に失敗する原因はさまざまですが、「組織内の人々を変革する」という視点の欠如が問題であることが少なくありません。企業を動かしている内部の人々が、改革を受け入れ、真剣に取り組める環境をつくるにはどうしたらよいのかを探ります。
2 組織変革に対する心理的拒否感
人は先の見えない不安定な状況を嫌い、現状を好む傾向があります。この本能的ともいえる改革に対する心理的拒否感はとても強力です。改革に対する心理的拒否感は、次のような事項に起因しているといわれています。
- 改革により、自分たちが既得権益を失うと考えている
- 改革を行う際に新たに発生するコストの負担が重いと考えている
- 慣れ親しんだ習慣(仕事の進め方など)を変えなければならないと考えている
- 改革の必要性(現状の問題点、改革後のメリットなど)を認識していない
- 現状に不満を感じていないため、改革をしようという動機がない
- 改革の必要性を人ごととして考えている
厄介なのは、改革によって自らが悪影響を受けることが明らかなときや、どのような影響を被るのか不透明なときだけではなく、自らにとってメリットの大きい結果が予想される場合でさえ心理的拒否感が高まってしまうことです。
特に幹部従業員の心理的拒否感は強力です。「自分が積み上げてきたものが否定される」と考えれば、企業変革の抵抗勢力となります。経営者はそのような幹部従業員を「分からず屋」と思うでしょうが、フォローしないと前に進みません。
3 組織変革の基本プロセス
1)推進チームの形成
組織変革を推進するチームを形成します。チームの人選は次の要件を重視して行いますが、注意が必要なのは、幹部従業員が企業変革に反対の場合、“計画を潰してしまう”恐れがあることです。リーダー格の従業員は慎重に選びます。
- 社内に影響を与えることのできる人材
- 課題に取り組むための高い専門知識を持つ人材
- 既存のやり方にこだわらず、新しい発想ができる人材
推進チームのメンバーとしての適性は、通常の人事異動などの基準とは異なります。例えば、「仕事ができる」と社内で評価の高い従業員は、既存の業務プロセスになじんでいます。
一方、組織変革によってその業務プロセスを破壊することになるかもしれないとなると、前述の従業員には心理的拒否感が働きますし、新たな業務プロセスに適応できるかも分からないのです。
「既存のやり方にこだわらず、新しい発想ができる人材」を見つけ出す必要があります。表面上の変革者はたくさん出てくるでしょうが、本音でこう考える従業員は限られます。経営者が自ら面接をして選抜しましょう。
2)問題点などの分析
1.分析プロセスに社内人材を積極的に参加させる
問題点の分析には社内人材を積極的に参加させます。この過程で、従業員は自社の危機的状況を実感し、「このままでは、まずい!」と心理的拒否感が和らいでいく可能性があります。
とはいえ、社内人材だけに任せると、悪い要因を過小評価し、良い点を過大評価してしまうなど、自社に甘い評価を下してしまう危険性があります。また、こうしたプロジェクトに不慣れな人材だけで行うと、質の高い分析ができません。
そのため、客観的な立場から専門的な知識に基づく意見を言える人材として、コンサルタントなどの社外人材を活用することも一案です。ただし、社外人材はあくまで分析のサポート役とし、好き勝手な意見を言わせないようにします。
2.最悪のシナリオを明確にする
問題や課題を分析するときは、必ず、改革をしなかった場合の影響を明確にしなければなりません。この結果は、従業員の間に危機感を創出し、改革へのモチベーションを上げるために有効です。
また、最悪のシナリオは部門別、あるいは個人別のレベルまで細分化することで、従業員により身近な問題として認識させることができます。例えば、「全社売上高○%の減少」ではなく、「△部門の営業1課の取引先□社との取引停止」と示します。
3)ビジョンと戦略の検討
自社の将来あるべき姿を示すビジョン(全ての社内人材の行動をまとめ上げる際の指針)と、ビジョンを実現するための戦略を検討します。ビジョンを策定する際は、次の点に注意しましょう。
- 誰もが簡単に理解でき、将来の企業像がはっきりイメージできるものである
- 内外の人々にとって魅力的で、実現することが強く望まれるものである
- 企業を改革することによって実現可能なものである
優れたビジョンはこれらの要件を満たしているといわれますが、実際にこれらの要件を満たした魅力的で優れたビジョンを生み出すことは容易ではありません。また、ビジョンを生み出すための簡単な方法はありません。
そのため、何度もミーティングして見直しを繰り返しながら、数カ月以上の時間を掛けることもあります。急ぐ場合は、あらかじめ期間を決定してビジョンを作成したり、目標値の設定などで代用したりする方法も検討しておく必要があります。
ビジョン作成後は、それを実現するための戦略を立案します。導入するマネジメント手法や新たな経営戦略などは戦略の一部を形成します。なお、戦略の立案は重要なステップですが、本稿は「人」を中心に取り上げているため説明を省略します。
4)危機意識とビジョン・戦略の周知
これまでのステップで検討した問題や課題、それらを放置した場合の最悪のシナリオ、それを回避するための改革に向けたシナリオ(ビジョンと戦略)を従業員に伝え、共有します。
最悪のシナリオによっては、「変わらなければならない」という危機意識が従業員に芽生えます。そして、改革に向けたシナリオを示すことによって最悪のシナリオを避けるために取り組むべき具体的な方策を示します。
このステップで重要なのは、改革を人ごとではなく自分の問題として認識させることです。また、経営者や改革推進チームのメンバーなどが中心となって、さまざまなコミュニケーション手段や機会を利用しながら、組織内部に広めていく努力も必要です。
5)計画の実行
1.改革の必要性やビジョンや戦略を繰り返し伝える
社内で共有化の進んだ危機意識や、ビジョンや戦略などの改革のシナリオを常に想起させるように、改革が成功するまで継続してそれらを伝え続ける必要があります。役員会、朝礼、ミーティングなどを利用します。
2.短期的な成果を実現する
従業員がビジョンや戦略を理解しても、思うような結果が出なければ改革に対するモチベーションが低下します。そうならないようにするためには、小さくても短期的な成果を実現していくことが大切です。
そうして短期的な成果を生み出し、「私たちの取り組みは正しい」ということを実感させることによって、改革に対するモチベーションを維持することができます。また、成功は、改革に反対している者や疑問を抱いている人に対する説得材料となります。
短期的な成果を生み出すためには、戦略立案の際に、短期的な成功が見込める段階的な目標を設定しておくことや、計画の一部を先行プロジェクトとして計画し、集中的に取り組み、短期的な成果を実現するなどの方法があります。
3.成果を適切に評価する
改革のプロセスは、短期的な成果の積み重ねです。必要に応じて人事評価制度を見直し、成功の都度適切に評価します。また、たとえ小さな成果であっても全社を挙げて喜び、成果を生み出す上で貢献した人材や部門を必ずたたえます。
4 組織変革で大切な要素
1)「慣性」を意識する
心理的拒否感は根深いため、改革が成功しているように見える状況においても、従業員の心の中には常に以前の状況に戻りたいという「慣性」が働いていることを忘れてはいけません。
この対処を怠ると、次第に従業員の間に慣性が広まっていき、改革が失敗に終わってしまう恐れがあります。慣性に流されないように、改革に対するモチベーションと勢いを維持しなければなりません。
2)反対者への対応
改革の必要性についてどれほど熱心かつ具体的な説明を行っても、改革に同意しない従業員が出てくることを経営者は覚悟しなければなりません。しかし、一口に反対者といっても、次のように「温度差」があります。
- 表立って明確な反対行動は取らないが、改革には協力しない
- 反対の立場を明確にした上で、改革に協力しない
- 他の従業員に悪影響を与えるなど、改革に対してマイナスの影響を与える
反対者の意見に真摯に耳を傾けて、改革の取り組みをより多くの従業員が納得できるものにしていくことは大切です。しかし、改革を成功に導くためには、時には毅然とした態度を示すことも必要です。
3)経営者の積極的関与
経営者が全ての改革プロセスに主体的に関わる必要はありませんが、社内に明確な支持の姿勢を示すことは欠かせません。また、経営者は社内外の人々から注目されるため、改革の「語り部」として、改革後の素晴らしい未来を示すことが求められます。
改革は経営者など一部の人間の強力なリーダーシップによってもたらされると思われがちです。しかし、経営者がどれほど強力なリーダーシップを発揮しても、従業員が改革を拒めば企業は何も変わりません。
意外と忘れられがちなことですが、改革の成否は従業員の改革に対するモチベーションを高め、改革のプロセスに巻き込んでいくことができるかどうかに懸かっています。この点に十分に注意しましょう。
以上(2018年7月)
pj80010
画像:photo-ac