【ポイント】
- 年月を経ると、「いるのが当たり前」だった人と別れなければならないことがある
- 一回一回の出会いを意味のあるものにする、「一期一会」の精神を大切にする
- 一期一会を意識すると、人との接し方や仕事への向き合い方が変わってくる
おはようございます。今日は、私の家族のことについて話します。少し前に父が誕生日を迎えたので、お祝いをするため、父と母を浅草に連れていきました。2人が人力車に乗ったことがないというので、人力車に乗せて浅草の町を観光し、そのまま和楽器の生演奏を楽しめる居酒屋へと連れていき、食事と音楽を堪能しました。父と母はたいそう喜んでくれました。
これまでもささやかな誕生日プレゼントなどは時折贈っていましたが、実は両親のためにこうしたイベントを企画するのは、恥ずかしながら生まれて初めてのこと。なぜ、今回急に企画を考えたのかというと、自分が30代、両親が60代を迎える中で、ふと「自分は両親にあと何回会えるのだろう?」という疑問が浮かんできたからです。
両親はまだまだ元気ですが、普段は離れて暮らしていて、直接顔を会わせるのは年に数回です。昔は「両親がいるのが当たり前」と考えていましたが、年月とともに亡くなる親戚も出てくる中で、かつては当たり前だと感じていたことが、次第にそうではなくなってきました。だからこそ、「両親が健在なうちに、少しずつ恩返しをしていきたい」と、今さらながら考えたわけです。
会社員としての日々も同じです。私は毎日皆さんと挨拶を交わし、顧客や取引先と接していますが、時折「この人にあと何回会えるかな?」と考えることがあります。また、毎日のようにデスクに向かい、仕事をしていますが、「この日々はいつまで続くのかな?」と考えることもあります。
茶道には、「一期一会(いちごいちえ)」という言葉があります。茶会で相手と接する際は、それが一生に一度の出会いであると心得て、互いに誠意を尽くすべきという考え方です。茶はいつでも飲めるけれど、「同じ茶」が飲める機会は一度きりしかないから、その一度きりを大切にしようというのです。
「日々、当たり前だと思っていることは、実は当たり前ではないんだ」と考えると、多少馬が合わない人がいたとしても、あるいは日々の仕事にマンネリを感じていても、向き合い方が変わってくるかもしれません。月並みではありますが、今日という日を大切にしていきましょう。
以上(2024年11月作成)
pj17198
画像:Mariko Mitsuda