賃金は従業員の銀行口座へ振り込むのが一般的ですが、「○○Pay」など、一部の「資金移動業者」の口座へ支払うこともできます。まだあまり普及していませんが、今後、従業員のニーズが高まることも予想されます。本稿では、賃金のデジタル払いのしくみや注意点について説明します。

1 労使協定と個別同意

労働基準法では、賃金は現金払いが原則とされています。例外として、労働者が同意すれば、銀行口座や証券総合口座への振り込みが認められ、現在はこちらのほうが一般的です。

政府は、キャッシュレス決済が広がっている状況を踏まえ、令和5年4月、労働基準法の施行規則を改正し、労働者の同意があれば、厚生労働大臣指定の資金移動業者口座への支払いも認めました。

企業が賃金のデジタル払いを導入するには、次の手順をふまなくてはなりません。

  • ①厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者(指定資金移動業者)の確認
  • ②導入する指定資金移動業者のサービスの検討
  • ③労使協定の締結等
  • ④労働者への説明
  • ⑤労働者の個別の同意取得
  • ⑥賃金支払いの事務処理の確認・実施

※厚生労働省リーフレット「賃金のデジタル払いを導入するにあたって必要な手続き 雇用主向け」より

労使協定は、事業場に労働者の過半数でつくる労働組合がある場合はその労働組合と、ない場合は労働者の過半数を代表する者と締結します。協定により、デジタル払いの対象となる労働者の範囲、対象となる賃金の範囲と金額、賃金移動業者の範囲、実施開始時期を定めます。続いて、労働者へ説明し、個別の同意を得ます。説明する事項は次の通りです。

  • 受け取り額は適切に設定を
    指定資金移動業者口座は、「預金」をするためではなく、支払や送金に用いるためのものであることを理解の上、支払などに使う見込みの額を受け取るようにしてください。また、受け取り額は、1日当たりの払出上限額以下の額とする必要があります。
  • 口座の上限額は100万円以下です
    口座の上限額は100万円以下に設定されています。上限額を超えた場合は、あらかじめ労働者が指定した銀行口座などに自動的に出金されます。この際の手数料は労働者の負担となる可能性がありますので、指定資金移動業者にご確認ください。
  • 口座残高の現金化も可能です(月1回は口座からの払い出し手数料なし)
    ATMや銀行口座などへの出金により、口座残高を現金化(払い出し)することもできます。少なくとも毎月1回は労働者の手数料負担なく指定資金移動業者口座から払い出しができます。払出方法や手数料は指定資金移動業者により異なります。
  • 口座残高の払い戻し期限は少なくとも10年間
    口座残高については、最後の入出金日から少なくとも10年間は、申し出などにより払い戻してもらうことができます。

※厚生労働省リーフレット「賃金のデジタル払いが可能になります!」より

企業は、賃金のデジタル払いを労働者に強制することはできません。希望しない労働者には、これまで通り銀行口座などへ振り込むことになります。また、労働者が希望すれば、賃金の一部を資金移動業者の口座へ、残りを銀行口座などへ支給する必要があります。

2 普及はこれから

ただ、厚生労働大臣の指定を受けた業者は、PayPay株式会社(令和6年8月9日指定)、株式会社リクルートMUFGビジネス(令和6年12月13日指定)の2社だけです(令和6年12月13日現在)。全国の財務局等に登録されている資金移動業者は80社(令和6年11月30日現在)あるので、まだごく一部です。

実質的にスタートして間もないこともあり、エン・ジャパン株式会社が行った調査(令和6年9月26日~10月28日、有効回答数:4,830名)では、勤務先での賃金デジタル払い導入は1%にとどまりました。

■現在お勤めの会社では、“給与のデジタル払い”は導入されていますか?(離職中の方は、直近お勤めの会社についてお答えください)

“給与のデジタル払い”は導入されていますか?

※エン・ジャパン株式会社「『給与のデジタル払い』に関する意識調査」の結果より

また、「給与のデジタル払いを利用したいですか?」という問いでは、「とても利用したい」3%、「利用したい」12%、「あまり利用したくない」42%、「利用したくない」28%などとなっています。

3 さいごに

賃金のデジタル払いを労働者の同意なく行ったり、強制したりすると、雇用主は労働基準法違反となり、罰則が科される可能性もあります。従業員へのニーズ調査を行い、丁寧に手順を踏んで導入することが欠かせません。また、厚生労働省のウェブサイトに、労使協定や同意書の様式例があるので活用するとよいでしょう。

※本内容は2025年1月10日時点での内容です。

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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