この記事では、現役社労士が直面した小さな製造業の労災の事例として、「社員が業務により負傷したのに、労災保険でなく健康保険を使うよう指示してしまった会社」の話を紹介します(実際の会社が特定できないように省略したり、表現を変えたりしているところがあります)。

1 業務中に膝を打撲した社員に、労災保険でなく健康保険を使うよう指示した……

社員数10人の金属加工工場に勤めるAさん。ある日、プレス機のオペレーション中、足元の部品につまずいて転倒し、膝を打撲してしまいました。膝が赤く腫れていましたが、忙しいこともあり、Aさんは周囲に「このぐらい、大したけがじゃない」と言い、社長も「病院へ行きなさい」とは言わず、そのまま業務に復帰させました。

しかし、その後も膝の痛みが引かなかったので、翌日、Aさんは病院に行きました。診断結果は靭帯損傷、医師からは「念のため1日休業した上で、数週間通院するように」と言われました。

ところが社長に報告すると、社長は「1日の休業で済むレベルなら軽傷だし、労災にしなくてもいいでしょ? 労働基準監督署から監督官が来るかもしれないし、労災保険料が上がるのも困るから、健康保険を使ってくれ」と、Aさんに頼み込みます。Aさんは「社長がそう言うなら……」と、指示に従ってしまいました。

2 業務中のけがで健康保険を使うのは違法!

業務中にけがをした場合、診察や治療を受ける際は、原則として労災保険を使わなければなりません。安易に健康保険を使うと、後に労働基準監督署が実態を確認した際、労災かくしとみなされる恐れがあります。また、社員にとっても、

診察や治療にかかる費用が、労災保険を使えば「自己負担0円」で済むところ、健康保険を使うことで「3割が自己負担」になってしまう

という問題があります。

3 まずは労働者死傷病報告のルールを正しく押さえよう

まずは、「労災が発生したら労災保険で対応する」「労災により休業・死亡が発生した場合、労働者死傷病報告を提出する」という法律のルールを守りましょう。ちなみに、労働者死傷病報告の提出時期は、

  • 4日以上の休業(または死亡)の場合:労災発生から遅滞なく
  • 4日未満の休業の場合:3カ月ごと(4月末、7月末、10月末、1月末)

となっていて、2025年1月からは「電子政府の総合窓口(e-Gov)」での提出(電子申請)が義務化されています。

なお、会社が労災保険で対応しようとしても、社員のほうが「会社に迷惑をかけたくない」と健康保険を使おうとするケースが時折見受けられますが、社員の意思に関係なく、

事故の内容が労災であれば、会社は労働者死傷病報告を提出しなければならない

ので、労災かくしを疑われないためにも、「業務中のけがの場合は労災保険を使うこと」を社員にも徹底させましょう。万が一健康保険で診察や治療を受けてしまった場合でも、所定の手続きを踏めば労災保険に切り替えられる制度があるので、併せて社員に周知するとよいでしょう。

■厚生労働省「お仕事でのケガ等には、労災保険!」■
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000150202.pdf

後は基本的なことですが、「社員がけがをしたら、すぐに病院で診てもらう」「現場を整理整頓された状態に保つ」ようにしましょう。症状が悪化する前に病院を受診すればその分回復が早くなりますし、小さな製造業の場合、清掃や作業時の動線チェックを習慣化するだけでも労災の防止に大きな効果があります。

以上(2025年5月作成)

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画像:ChatGPT