この記事では、現役社労士が直面した小さな製造業の労災の事例として、「社員と口裏を合わせて労災かくしをしようとした結果、それが労働基準監督署にバレてしまった会社」の話を紹介します(実際の会社が特定できないように省略したり、表現を変えたりしているところがあります)。
1 社員と口裏を合わせたつもりが、本人が医師に真相を打ち明けて大問題に……
社員数10人の金属製造工場に勤めるBさん。機械に部品をセットする際に誤って指を挟み、大量に出血してしまいました。医師からは「少なくとも1週間程度は安静が必要。指の機能回復に時間がかかる」と診断され、10日以上仕事を休むことになりました。
この会社では、過去に似た状況で社員が負傷し、労働基準監督署の調査が入ったことがあります。苦い経験のある社長は、Bさんに「指のけがぐらいなら健康保険で治療してくれる。業務中のけがだってことは黙っていてね」と持ちかけます。Bさんは「社長がそう言うなら……」と、指示に従いました。
しかし、悪いことはできないもので、数カ月後に事態は急変します。Bさんはけがの回復が芳しくなく、医師から手術が必要と宣告されます。会社への不満が募っていたBさんは、とうとう医師に「実は業務中のけがだった」と打ち明けました。この話が病院から労働基準監督署に伝わり、監督官による会社への立ち入り調査が実施されました。
調査の結果、明らかに業務中のけがなのに、労働者死傷病報告が提出されていなかったことが判明。会社側が故意に報告をせず、社員にも口止めしていた点が重く見られ、社長は労働安全衛生法違反で、刑事責任を問われることになりました。
2 口裏を合わせても、いずれはバレる
労災かくしに協力させられた社員の中には、会社への不満だったりつい口を滑らせたりして
医師や労働基準監督署に「実は業務中のけがだった」と報告する人も少なくありません。その結果、労働基準監督署の監督官による立ち入り調査が実施され、経営者が処罰されるケース
もあります。業務中にけがをした場合、診察や治療を受ける際は、原則として労災保険を使わなければなりません。
このケーススタディーは、長期休業が必要なレベルのけがにもかかわらず、健康保険を使わせるという極めて悪質な労災かくしです。「労災であっても、社員と口裏を合わせて報告しなければバレない」という甘い考えが通用するはずもなく、結果として社長が刑事責任を問われることになりました。
3 意図的な労災かくしは言語道断、正しい手続きを!
まずは、「労災が発生したら労災保険で対応する」「労災により休業・死亡が発生した場合、労働者死傷病報告を提出する」という法律のルールを守りましょう。ちなみに、労働者死傷病報告の提出時期は、
- 4日以上の休業(または死亡)の場合:労災発生から遅滞なく
- 4日未満の休業の場合:3カ月ごと(4月末、7月末、10月末、1月末)
となっていて、2025年1月からは「電子政府の総合窓口(e-Gov)」での提出(電子申請)が義務化されています。
なお、会社が労災保険で対応しようとしても、社員のほうが「会社に迷惑をかけたくない」と健康保険を使おうとするケースが時折見受けられますが、社員の意思に関係なく、
事故の内容が労災であれば、会社は労働者死傷病報告を提出しなければならない
ので、労災かくしを疑われないためにも、「業務中のけがの場合は労災保険を使うこと」を社員にも徹底させましょう。万が一健康保険で診察や治療を受けてしまった場合でも、所定の手続きを踏めば労災保険に切り替えられる制度があるので、併せて社員に周知するとよいでしょう。
■厚生労働省「お仕事でのケガ等には、労災保険!」■
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000150202.pdf
以上(2025年5月作成)
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画像:ChatGPT