「全くの新製品を作るには、非常識の発想が必要なんです」

山内溥(やまうちひろし)氏は、任天堂の3代目社長であり、かるたや花札などを製造する小さな企業だった同社を、日本を代表するゲームの一大企業にまで育て上げた人物です。スーパーマリオシリーズやゼルダの伝説シリーズなど、山内氏の在任中に生まれたコンテンツはいつの時代も、世界中の幅広い年代の人々に愛されています。

冒頭の言葉は、山内氏が、新製品の開発について語ったものです。山内氏は、「非常識な発想」を好み、そこからビジネスを創造することにたけた経営者でした。また、その発想を見抜いてからの行動も人一倍速く、ある意味「非常識」でした。

例えば、山内氏が社長に就任して間もないころ、自社工場の見回りのときに社員が勝手に工具を使い、伸び縮みするハンドを作って遊んでいるのを見かけました。山内氏は叱るどころか「製品化しなさい」と声を掛けます。のちに「ウルトラハンド」として売り出されたこの玩具は、100万個以上を売り上げる大ヒット商品となりました。

また、経営者の会合に向かう車中で運転手を務めていた社員が「電卓サイズのゲーム機があったら、サラリーマンでも新幹線の中で遊べますよね」と冗談交じりに言った際は、当日の会合で即座に、当時電卓の液晶を製造していたシャープの社長に、携帯型ゲーム機の話を持ちかけました。これが携帯ゲーム機「ゲーム&ウォッチ」として発売され、現在の同社のメイン事業である家庭用ゲーム機やソフトの開発・製造の基礎となったのです。

山内氏のように、アイデアの内容を検討せず、直感を頼りに経営判断をするのにはリスクが伴いますが、山内氏はそれを承知の上でスピード重視の事業展開を行ってきました。それは、はやり廃りの激しい娯楽業界の中で、一番手として「全くの新製品」を生み出すため。検討に長い時間をかけていたら、流行はあっという間に変わってしまう。だったら、「これは面白い」と思ったものを、どこよりも早く製品化しようと考えたわけです。

こうした姿勢を貫けたのは、山内氏が娯楽について誰よりも研究熱心だったからでしょう。「全くの新製品」を世に送り出すには、自身がさまざまな娯楽に精通しなければなりません。山内氏は、若いころに異業種展開に失敗した経験から後年は娯楽一本にアンテナを張り、後継者にも「異業種には手を出すな」と厳命して、会社全体で娯楽事業を突き詰める環境をつくり出しました。

もちろん、ビジネスにおいて、さまざまなリスクを検討した上で、慎重な判断をしなければならないという局面は多々あります。ただ、今やどの業界も移り変わりが激しい時代、会社を存続させていく上で「先見性とスピード感」が求められるのは誰の目にも明らかです。

直感を信じ、素早く実行しながらも、「娯楽」という生業を貫き通した山内氏。その姿勢こそが、今なお世界中の人々を熱狂させる、「世界の任天堂」をつくり出したのだといえるでしょう。

「心に火をつける 名経営者の言葉」(竹内一正(著)、PHP研究所、2013年8月)

以上(2025年4月作成)

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