書いてあること
- 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
- 課題:コミュニケーションに関わる知識やノウハウは、頭では理解できても、実際の場面で使いこなせるようになるまでには高いハードルがあるものです。
- 解決策:前回シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』での知識やノウハウを聞いただけではまだ一歩を踏み出せない、あるいはトライしてみたがうまくいかないという方のために、新シリーズでは【実践編】として社内の“あるある”場面を想定した質問に対して一緒に考えながら、実践イメージを膨らませていただきます。またリーダー側の視点とは別に、若手社員側の視点による上司世代との上手な付き合い方のヒントも紹介していきます。リーダー世代と若手社員とのコミュニケーションギャップを埋めることは、世界を舞台にスピーディな成長をめざす日本企業にとっても喫緊の課題だからです。
1 「新たなコミュニケ―ション習慣」基礎編・実践編を終えるに当たって
今シリーズもいよいよ最終回です。前回シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』がいわば基礎編だったのに対し、その実践編としてお送りしてきました。
実践編では、基礎編を通して知識やノウハウは分かったけれど、「現場で実践するにはまだハードルが高い」「うまく一歩を踏み出せない」という方を想定しました。毎回、実際にありそうなさまざまなシチュエーションを設定して、その際にどんなコミュニケーションを取るのが望ましいかを一緒に考えてきましたが、いかがだったでしょうか。
さて、ここで皆さんに質問です。「新たなコミュニケ―ション習慣」、すなわち「①傾聴」「②褒める」「③前向き発想」の3つを実際にどれくらい使ってみましたか。
皆さんは少なくとも、これらが『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』であるとご認識いただけたでしょう。だからこそ実際に使ってみよう、できれば使いこなせるようになりたいと思い描き、実践編へと進んでこられたのはないでしょうか。
「見るとやるとでは大違い」という言葉があるように、新たな取り組みは最初からうまくはいきません。とはいえやってみないかぎり、いつまでたっても身に付かないのです。それでは学んだ意味がありません。タイパが最悪です(笑)。
12回シリーズの最終回、基礎編も含めると全24回の最終回に、私が皆さんに送りたいメッセージ。それはタイトルにある通り、『後は「習うより慣れよ」』です。
新たな取り組みを“実際やってみる”ことは、簡単ではありません。人は誰しも失敗して恥をかきたくないもの。とりわけ経験を積んでベテランと呼ばれる立場や、それなりの地位にある人にとっては「今さら恥などかけない」という気持ちが邪魔をするでしょう。
昭和世代の人から「最近の若い人は失敗したがらない」という声を聞きますが、今の昭和世代も失敗したがらない点では同じです。はい、書いている私自身もその一人です。
「やったことのない新たな取り組みをしようとするから失敗するのだ。あえて新しいことに取り組まなければ失敗しないですむ。多くの人が取り組み始めたら、そのとき始めればいい。そうすれば失敗しても目立たないだろう」
そう考えて、後回し、後回しにしてきた人も多いのではないでしょうか。
2 「①傾聴」は一期一会を楽しむ
私自身の「習うより慣れよ」の体験談を2つ紹介しましょう。「新たなコミュニケ―ション習慣」の「①傾聴」と「②褒める」についてです。どちらもかつての自分にとっては苦手なコミュニケーションでした。
ちなみに「③前向き発想」は、生来前向きな性格ゆえ、さほど苦もなく実行できました。現在管理職の立場にいる皆さんの中にも「③前向き発想」なら得意だという方は多いかもしれませんね。
しかし一方で、
「③前向き発想」は行き過ぎると、時に“前向きの押し付け”になってしまうことがあります。みんながみんな、いつも「③前向き発想」の言葉で背中を押されて前向きになれるわけではありません。
そのことを理解してからは、私は先に相手の心の状態を把握し、「確かに大変ですよね」などと現状を受け止めた上で適切な言葉で鼓舞するように心がけています。
私の体験談。まず、
「①傾聴」について。多くの人は元来、他人の話を聞くよりも自分の話を聞いてもらうほうが気持ちのいいものです。
私も以前は、自分の話を聞いてもらいたがるくせに、他人の話は話半分で聞いているタイプの人間でした。
「自分の話を聞いてもらうのも楽しいが、他人の話を聞くのも楽しい」ことに気付けたのは、社会人になってからです。人事部門での面接や、制作部門での取材(インタビュー)の仕事がきっかけでした。面接もインタビューも、相手に「聞く・質問する」のが仕事です。
人事部で面接担当者をしていた当時、私は新卒や中途採用に加えて毎日何十人と応募のあるアルバイトの一次面接を一手に任されていました。
「今日も明日もたくさんの人と面接をして、同じような質問を繰り返すだけの毎日なのか」と想像すると、ちっとも楽しくありません。そこで面接を「自身の面接スキルを磨くための時間にしよう」と思い直しました。最初はあくまで自分軸でした。
人事の面接では時に自社のアピールもしますが、質問によって「いかに相手の良さを引き出せるか」が求められます。一次面接で私が最初にお会いするわけですから、毎回毎回が一期一会の本番です。「相手は一人ひとり異なるわけだから、その人その人で質問を変えてみるべきではないか」と考えました。
とはいえ、本番でいきなり書類を広げても、緊張して何から質問すればいいか分かりません。
そこで、あらかじめ可能な限り書類を読み込み、事前にいくつか質問を用意することにしました。どんな質問をどんな言葉でしてみようか。すると、この人はきっとこういう答えを返してくるに違いない。だったら、さらにこんな質問をしてみよう。少し楽しくなってきました。
「この人はこういう人だろう」と仮説を立てるのですが、実際に質問してみると、意外な答えが返ってくることが少なくありません。思い込みは禁物です。同じような経歴に見えても、そこに至った理由や背景は一人ひとり違うのだと知りました。
制作部門でのインタビューの仕事も同じでした。初めてお会いする相手の話を十分に引き出そうと、できるだけ準備はしておくものの、いざ質問を始めると、返ってくる答えが想像と異なることが多々ありました。
そこで聞く側が面食らっていては、話を掘り下げることはできません。私は想定外の答えが帰ってきた場合、それを素直に受け止めることを覚えました。「へえ、そうなんですね」と目を輝かせます。すると相手は、もっと知ってもらいたくて詳しく話してくれるのです。
人間は一人ひとり違うのだと改めて思い知らされました。と同時に、いろいろな人の話をじっくりと聞く=「①傾聴」することは、共感できたり、新たな発見になったりと、実に楽しく面白いことなのだと気付けたのです。
おまけに、相手は自分の話をじっくり聞いてくれたと心から喜んでくれるのです。「①傾聴」って素晴らしいと確信できました。
3 親しい人との会話も、日々毎回が一期一会
初めて会う人との会話はもちろんですが、日常の仕事での上司や部下、仲間との会話も日々毎回が“一期一会”です。
相手が血を分けた親子や兄弟姉妹でさえ、私たちは相手のことを全て知っているといえるでしょうか。他人ならなおさらです。
普段からコミュニケーションが取れていない相手はもとより、親しくしている人同士であっても、今日、そして今の相手の心情や考えていることは、じっくりと聞く=「①傾聴」しない限り深く知ることはできません。
シリーズの事例を通し、注意するべきポイントとして何度も取り上げてきたように、部下がこちらの思いもよらない反応や言葉を発してきても、感情的に反応するのはやめましょう。ひと呼吸おいて気持ちを落ち着かせ、先入観を排して「まずは傾聴してみよう」と発想してみてください。
こちらが先入観を捨てて「①傾聴」することで、相手は本当の気持ちや悩みを打ち明けやすくなるでしょう。相手の話をしっかりと受け止め(=承認)、気持ちを理解する(=共感)ことで、ようやく相手の反応や言葉の真意が見えてくるはずです。
相手はあなたが「話を聞いてくれる人か否か」を、あなたの反応を見て瞬時に判断しています。
「話を聞いてくれない人」には話してもムダなので話しません。心を開いて相談しようなどと思わないでしょう。
逆に「この人はどんな話をしても、否定しないで最後まで聞いてくれる」と判断すれば、相手はきっと心を開いてくれるはずです。
4 まず「褒める」で、人は育つ
次は
「②褒める」について。以前にもお話ししましたが(前回シリーズ第6回)、私もかつては極端な“褒め下手”でした。
まず「褒める」が大事ですといわれても、そもそも私自身、他人から褒められた記憶も、褒めた記憶もほとんどない。面と向かって褒めるなんて恥ずかしくてできない。自分はお世辞すら言えない性分なのだからしょうがない。そんな風に考えていました。
私がコミュニケーション習慣を、まず「褒める」に変えようとしたのは20年以上前でしょうか。はっきり覚えてはいないのですが、きっかけは当時の部下とのやりとりや子育ての経験だったように思います。
年齢を重ねてきて、会社では新人や若手社員との年齢や世代格差が広がっていました。私は昭和世代ですから、部下の育成は叱って注意するのが基本だと信じていましたが、どんどん相手の反応が鈍くなっていくのを感じていたのです。
片やその頃、子どもが生まれて子育てと向き合うことになりました。自分は親から褒められた記憶はあまりない、叱って注意された記憶しかないけれど、自分の子どもの教育もそれでいいのだろうかと逡巡(しゅんじゅん)しました。
人を育てるためのコミュニケーションについていろいろと調べていた頃に、タイミング良く社内異動があり、研修講師としての育成の機会をいただきました。半年間、他の仕事は一切せず、毎日研修施設に通ってトレーニングを受けるのです。座学を経てひたすら実技を繰り返す、精神的に割と過酷な時間でした。
そこで学んだ基本の一つに、講師は受講者の気付きをしっかりと受け止めるというのがありました。どんな気付きだろうと「なるほど、いいですね」と、気付いたことを褒めて受け止める。すると受講者は、自分の気付きや発言が認めてもらえたと感じ、もっと自ら学ぼうという意欲が湧いてくるのだと。
「それで、それで?」とその先を促してみたり、「今の〇〇さんの発言について、他の人はどう思いますか?」と周囲に投げかけてみたりすることで、気付きは増幅していきます。すると周囲の気付きや学びまでもがどんどんと高まっていくのが分かりました。
相手を「褒める」とは何も大袈裟なことではなく、「相手の良い所を認めてあげること」なのだと知りました。
わざわざお世辞を言う必要もないし、そんなものは相手にバレます。
相手の良い所を見つけて、まず「いいね」と「褒める」=相手を認めることで人は育つのだと実感しました。
褒めてばかりで人は育つのかという指摘をよくいただきます。私は必要に応じて「要望」や「改善点」を伝えます。ただそれは普段からの頑張りなど、相手をまず褒めて認めた後です。そのほうが人は「要望」や「改善点」を受け入れやすいからです。
その昔、若手は経験や知識のある先輩から教わることばかりでした。が、IT化の進んだ現在は上司が部下に教わる知識も増えています。またイノベーションが求められる中では、上司や先輩の経験がかえって邪魔をすることも増えてきました。
上司と部下は同じ大人同士であり、仕事の上では互いにプロ。マネジメントと実行役という役割が違うだけで、そこに人としての上下はありません。
となれば、上司が部下を一方的に「叱る」のはおかしいと私は考えています。
相手に対する「期待」を込めながら、必要に応じて「要望」や「改善点」を伝えるのがいいのではないでしょうか。上司から部下に対してはもちろん、部下から上司に対しても。
5 「②褒める」は自分のためと思ってもいい
まず「褒める」、その上で「期待」を込めながら必要に応じて「要望」や「改善点」を伝えることで人は育つ。そう学びながらも、なかなか人を褒められない私には、3つの誤解がありました。前回シリーズで説明しましたが再掲して、簡単に解説します。
【誤解1】「褒める」なんて自分には無理と思い込んでいる
【誤解2】他人を「褒める」と、その分自分が損をする
【誤解3】「褒める」と相手が慢心して天狗になってしまう
【誤解1】は今回のタイトルと冒頭で触れたように、『後は「習うより慣れよ」』です。
「褒める」の効果を十分に学んだのなら、自分には無理と言っている場合ではありません。部下とのコミュニケーションをよりスムーズに変えたい、人を育てられる上司になりたいのであれば、身近な人から褒めてみましょう。
私はやってみました。小さい声で「いいね」と言ってもなかなか相手には伝わりません。せっかくやるのに十分に伝わらなければもったいないですよね。勇気を振り絞って普段の2、3割増しくらいの声に表情、手ぶりなどをつけて褒めてみました。
めったに褒めたことのない私に対して、部下は最初「どうしたんですか、急に」と怪訝(けげん)な顔をします。かといって嫌がっているようでもありません。ここでひるんではいけないのです。褒め続けましょう。
次第に部下には、こちらが本気で褒めようとしているのが伝わるようになってきます。照れ臭そうにしながらもうれしそうです。そして、その上で伝えた「要望」や「改善点」に対しては、前向きに反応してくれるようになりました。
「要望」や「改善点」があれば、まず褒めて相手を認めた上で、一人ひとりの能力や状況と相談しながらどんどん指摘していいのです。「ここが気になる、なぜなら……」と。納得のいく理由や事実があればパワハラには当たりません。
【誤解2】の他人を「褒める」と、その分自分が損をするというのは私の単なる思い込みでした。その分自分が損をするどころか、むしろずいぶんとお得なのだと分かりました。
工夫しながら褒め続けていると、第三者からは「武田さんは人を褒めるのが上手ですね」「褒めて人を育てるのが上手ですね」と“褒められる”ようになってきました。褒めるのは自分も気持ちがいいし、相手も笑顔になる。損することなどなくて、得することばかりです。
そう、
「②褒める」は自分のためと思ってもいいのです。それでいて周囲のみんなも幸せな気持ちになれる、実にハッピーなコミュニケーションなのです。
ちなみに私の「他人にお世辞すら言えない性分」は昔も今も変わっていません。
「褒める」は「お世辞」ではありません。自分が「いいね」と気付いたことを、相手にちゃんと伝えてあげるだけの実に単純な行為なのです。
最後に【誤解3】です。「褒める」ことで慢心する人も中にはいますが、多くの日本人は謙虚なので天狗にはなりません。とりわけ上を目指している人ほど「いえ、まだ大したことはありません。もっと頑張ります」と、褒められたことを意気に感じて頑張ってくれます。
ほんの一部の天狗になってしまう人には、「〇〇さんはもっとできるでしょう。信じていますよ」と、高い期待を伝えればいいのです。
6 あなたは、今の自分を本気で変えたいですか?
あなたが前回、今回のシリーズを読む中で、『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』としての3つの「新たなコミュニケ―ション習慣」を十分に学べたのなら、あとは実践してみるしかありません。
もしそれでも一歩が踏み出せない場合は、「自分は今の自分を本気で変えたいと思っているのだろうか」と自問してみてください。もしかしたら、本気で変えたいとは思っていないのかもしれません。
「もうすぐ定年だし、今のままでもなんとかなるだろう」
「自分が変わるのなんて面倒臭い、若い奴が変わればいいじゃないか」
定年までもう少しなら何とかなるかもしれません。でも、あなたはその後、若い世代とコミュニケーションを交わす機会はありませんか。再雇用で、新たなコミュニティで、お子さんやお孫さんたちと、将来介護してもらう施設の若いスタッフと。
若い世代はいずれ社会の主役となり、皆さんは彼らに世話になる立場です。しかも何度もお話ししているように、世の中の流れは、明らかに若い世代の考え方に近い方向に変わってきています。
今さら自分が変わるなんて無理だからと諦めるのか。あるいは小さな一歩を踏み出し、時代に合わせてアップデートしようと努力するのか。どちらを選ぶかはあなた次第です。
今回のシリーズも最後までお読みいただきありがとうございました。
自分を変えたいと決めた方は、3つの「新たなコミュニケ―ション習慣」、「①傾聴」「②褒める」「③前向き発想」を“習慣”になるまで実践してみてください。一旦“習慣”にできれば、まるで日常の生活の一部のように自然に行動できるようになれますよ。
<ご質問を承ります>
ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで
Mail to: brightinfo@brightside.co.jp
※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。
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以上(2025年6月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/
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