1 中小企業こそ要注意! 組織をむしばむ「静かな退職」
「静かな退職」とは、
すぐに仕事を辞めるつもりはないけれど、仕事への情熱や会社への貢献意欲が薄れてしまい、与えられた最低限の業務だけを淡々とこなすような働き方
のことをいいます。「静かな退職」は、中小企業にとって注意が必要な課題の一つとなってきています。それは少人数の職場では、一人ひとりの役割が大きいからです。
もし、誰かが「静かな退職」状態になってしまうと、これまでの業務の改善提案や、部下や後輩の指導、顧客との良好な関係づくりなどが次第に行われなくなります。その分、意欲的に働いている社員の負担が重くなり、職場全体の活気や効率が下がり、チームワークやコミュニケーションもうまくいかなくなります。場合によっては、やる気のある社員のほうが先に退職してしまうことも考えられます。
一方で、遅刻や欠勤があるわけでもなく、任された仕事はそれなりにこなしているため、会社側はなかなか気付きにくい、気付いたとしても指摘しにくいというのが、「静かな退職」のやっかいなところです。
この記事では、「静かな退職」の兆候を見逃さず、早めに対応していくための方法について、特に、厚生労働省が取り組んでいる「セルフ・キャリアドック」という制度に注目してご紹介していきます。
2 「静かな退職」の兆候は、合理的な塩対応?
「静かな退職」状態の社員には、次のような言動が見られる傾向があります。
- 定時出社、定時退社を徹底する(残業を拒む)
- 昇進や責任あるポジションに関心を示さない
- 業務時間外の社内イベントへの参加を避ける
- 仕事関連のメッセージに最低限しか返信しない
- 会議での積極的な発言やアイデア出しをしない
- 指示された以上の業務は行わない
- 新しいスキルや知識の習得を避ける
「静かな退職」は、社員が自らの意思で過度な労働や貢献を避けるという選択をした結果であり、「ただ何となくやる気がない」といった受け身の姿勢とは異なります。社員なりにそうする理屈があり、ある種、合理性をもって塩対応をしているわけです。
なぜこうした行動や態度を取るのかというと、実は様々な要因が複雑に絡み合っています。例えば、次のようなものがそうです。
- かつての日本的雇用慣行であった終身雇用制度が事実上崩壊し、社員は将来的なキャリアパスを描きにくくなっている
- ワーク・ライフ・バランスへの関心の高まりなどの影響もあって、仕事を生活の手段と捉え、プライベートを重視する社員が増えている
- 少子高齢化と人手不足の深刻化で、新卒社員の初任給を大幅に引き上げる一方、既存社員の待遇改善まで手が回らない会社があり、「頑張っても報われない」というやるせなさを感じている社員も少なくない
- 会社によっては、心配事や意見を安心して話せない雰囲気があったり、上司と部下の信頼関係が薄く、コミュニケーションが一方的になっていたりする
3 「セルフ・キャリアドック」で仕事への愛を取り戻せ!!
1)「セルフ・キャリアドック」とは
「セルフ・キャリアドック」とは、
年齢や昇進などのキャリアの節目に、キャリアコンサルティング面談やキャリア研修などを行い、社員のリスキリングの支援を含めた、主体的なキャリア形成を支援する取り組み
のことをいいます。あまり聞き慣れない用語かもしれませんが、
厚生労働省の「キャリア形成・リスキリング推進事業」で、企業・団体向けに無料で導入支援が受けられる
ことをうたっています(同事業はパソナが受託・運営)。これは、セルフ・キャリアドックを実施したい会社に対して、専門家(国家資格のキャリアコンサルタント)が伴走しながら支援するもので、キャリアコンサルタントが社員と会社の間に入り、社員個人が「なりたい姿」と、会社側が社員に求める「こうなってほしい姿」の、両方を考慮したアプローチを取るのが特徴です。
■キャリア形成・リスキリング推進事業■
https://carigaku.mhlw.go.jp/
■全国各地のキャリア形成・リスキリング支援センター及び相談コーナー■
https://carigaku.mhlw.go.jp/otw/
2)「セルフ・キャリアドック」の実施で期待される効果
「セルフ・キャリアドック」では、キャリアコンサルタントとの対話を通じて、社員が自分の仕事の価値や会社での存在価値を再認識することで、自らのキャリアを深く考え、やる気を取り戻す可能性があります。また、会社からキャリアサポートを受けることは、仕事に対する満足感や充実感を高め、組織への愛着を深めることにつながります。
例えば、ある宿泊業の会社は、社員が10年、20年後の自身のキャリアプランを考える機会として、セルフ・キャリアドックを導入。キャリアコンサルタントを呼び、「ジョブ・カード(注)」を用いて社員の強み・弱みを明らかにした後、責任者との面談でこれまでのキャリアを振り返り、今後の将来設計について話し合っているそうです。
(注)ジョブ・カードとは、職務経歴・学習歴・資格・仕事への意識や希望などを一元的にまとめられる、個人のキャリアポートフォリオのことです。
セルフ・キャリアドックと、特定のスキルを学べる社外研修なども実施したことで、「同じ仕事の反復にならないように、社外からのインプットを活かして成長をしたい」という社員の期待に応えることができるようになり、社員の主体性が育まれ、日々の業務のモチベーション向上につながっているそうです。
厚生労働省の「キャリア形成・リスキリング推進事業」で紹介されている導入事例を分析してみると、セルフ・キャリアドックにより、次のような効果が期待されるとしています。
- キャリア面談や研修、肯定的な自己理解支援により、社員のキャリア自律を促す効果
- 1on1やチームミーティングによる相談しやすい風土をつくり、コミュニケーションが活発になる効果
- 社員が仕事のやりがいを再発見し、主体性・モチベーションを向上させる効果
- 会社の人材育成方針と融合した制度にしていくことで、組織としての課題を「見える化」し、社員の処遇改善などにつなげる効果
■キャリア形成・リスキリング推進事業 活用事例■
https://carigaku.mhlw.go.jp/koujirei/
4 参考
■働きがいのある会社研究所(Great Place To Work® Institute Japan)「静かな退職に関する調査2025年」■
https://hatarakigai.info/news/2025/0304_3848.html
■マイナビキャリアリサーチLab「正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」■
https://career-research.mynavi.jp/reserch/20250422_95153/
■パーソル総合研究所「定点調査から見える『静かな退職』の動向~背景に潜む3つの就業変化~」■
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/column/202506120001.html
■エン・ジャパン「『静かな退職』実態調査(2025)」■
https://corp.en-japan.com/newsrelease/2025/42001.html
■リクルートワークス研究所「『辞めない理由』の研究からわかったこと」■
https://www.works-i.com/research/project/whytheystay/found/index.html
以上(2025年8月作成)
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