1 10月から始まる「新しい働き方」に備えよう
2025年10月1日から、育児・介護休業法の改正により、全ての会社に「柔軟な働き方を実現するための措置等」が新たに義務付けられます。これは、
「3歳以上小学校就学前の子」を育てる社員に対し、「短時間勤務」「テレワーク」などの措置を講じる制度
です。現行法でも、会社は3歳未満の子を育てる社員に対し、短時間勤務などの措置(所定労働時間の短縮措置等)を講じる義務を負っていますが、今回の改正内容である
「柔軟な働き方を実現するための措置等」の場合、会社が2つ以上の措置を実施し、社員がそのうち1つを選択して利用できる仕組みになっている点
が異なります(図表1)。
さて、今回の法改正により、特に中小企業では「制度導入の手間」「代替要員の確保」「職場内の不公平感」など、現実的な課題がつきまといます。「ウチは人手不足だから無理」などと尻込みしてしまうかもしれませんが、少子高齢化と人手不足が加速する今、労働力を確保する上でも、働きやすい環境整備は必須。会社としての姿勢が問われる大事な局面といえます。
この記事では、制度の概要を整理した上で、実際に起こり得る現場の課題とその対応策をご紹介します。
2 会社に求められる「いずれか2つ以上の措置」
2025年10月1日から、会社は図表2の5つの措置のうち、2つ以上の措置を整備・実施する義務を負います。社員は会社が講じた措置の中から、1つを選択して利用することができます。なお、4.の特別休暇と5.のテレワークは、原則時間単位で利用できるようにする必要があります。
ちなみに、2025年4月1日からは、「3歳未満の子を育てる社員のためにテレワークを導入すること」が努力義務化されており、5.のテレワークと混同するかもしれませんが、
5.のテレワークは、「3歳以上小学校就学前の子」を育てる社員が対象で、取り組みは義務(措置の1つとして選択する場合)
となります。
なお、措置は2つ以上実施する必要がありますが、
必ずしも会社全体で内容を統一する必要はなく、業務の性質や実施体制に照らして、事業所単位や事業所内のライン単位、職種ごとに決めてもよい
とされています。
制度導入時の注意点は次の通りです。
1)意見聴取
柔軟な働き方を実現するための措置等を講じるに当たって、会社は、
改正法の施行(2025年10月1日)よりも前に、過半数労働組合(ない場合は過半数代表)の意見を聴く義務
を負います。既に社内で導入している制度(テレワークなど)を「柔軟な働き方を実現するための措置等」として選択することは可能ですが、その場合も、職場のニーズを把握するため、過半数労働組合等への意見聴取は必須となっています。
2)個別の周知・意向確認
会社は、選択した制度(以下「対象措置」)について、
社員の子が3歳になるまでの間に、面談等により対象措置の内容を個別に周知し、利用の意向を確認する義務
を負います。具体的には、図表3の内容に沿って行います。なお、対象措置の利用を控えさせるような個別周知と意向確認は認められません。
では、これらの制度を導入したときに、実際の職場ではどんな問題が起きるのでしょうか。次章では、現場で想定される課題を挙げ、それぞれの対応策を見ていきます。
3 中小企業における現場の課題とその対応策
1)代替要員がいない! 短時間勤務制度の落とし穴
1.課題
短時間勤務制度を導入した場合、当然ながらその分の労働時間が減ります。1日8時間働いていた社員が6時間勤務になれば、2時間分の仕事を誰かが補う必要があるわけです。しかし、小規模事業者では「代替要員がいない」「残業では補えない」という声も多く聞かれます。
2.対応策
まずは「業務の棚卸しと再分配」から始めましょう。短時間勤務制度を利用する本人が抱えている業務の棚卸しをして、チーム内での再分配を検討します。思い切って「やめる業務」を決めることも必要です。
最近では、短時間・短期間の業務を請け負う「スキマ人材サービス」も普及しています。育児期間中だけ、業務の一部を外部委託するという考え方も現実的です。
あとは、「短時間正社員制度の導入」という方法もあります。代替要員を現行の正社員以外からも募るという考え方です。パート等の処遇を改善し、一定時間の労働で、責任ある業務を担ってもらう仕組みを検討してみましょう。
2)ハラスメントの温床に? 「ズルい」「甘えてる」の空気
1.課題
社員が対象措置を利用することで、そのフォローに回る他の社員などから「また早退か……」「こっちは残業なのに……」など心ない発言がされたり、本人を無視するなどの行為に出たりすることがあります。対象措置を利用した社員が会社に居づらくなるような言動は、
「妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント」に該当する恐れ
があります。会社はこのようなハラスメントについて防止措置を講じる義務を負っていますから、上のような空気が生まれる前に、社員を教育する必要があります。
2.対応策
まずは「社員研修」を実施し、「対象措置の利用は権利であり、サポートし合うのが企業文化である」ということを社内に周知しましょう。弁護士やコンサルティング会社などが、ハラスメント防止研修を随時実施しています。短時間のeラーニングでも構わないので、制度導入前に行いましょう。
また、「管理職の意識改革」も大切です。管理職が対象措置の利用に否定的・消極的だと、それが職場全体の空気に影響します。対象措置の利用について、「嫌みを言わない」「制度を利用しやすくする」ことが管理職の責任であると、社長が明確に伝えましょう。
加えて、「相談窓口の整備」についても見直しましょう。会社はハラスメントに関する相談窓口を設置する義務を負っていますが、社内の窓口だけでは対応できる自信がなければ、外部の専門家(弁護士や社労士)への相談窓口も用意しておくと、社員は安心できます。
3)「その制度、私も使えますか?」などの声への対応
1.課題
対象措置の内容を社内に周知した場合、「自分もテレワークを使いたい」「小学生の子どもでも対象ですか?」といった声が、社員から寄せられる可能性があります。ただ、
「柔軟な働き方を実現するための措置等」の対象は、「3歳以上小学校就学前の子」を育てる社員
であり、対象外の社員の声まで聞いていくと、対応しきれない、説明がつかないといった混乱に陥る恐れがあります。また、「〇〇さんは使えて、自分は使えないのはなぜか?」という不公平感にもつながりかねません。
2.対応策
まずは、「対象者や利用要件を明記した社内ルールを整備」するようにしましょう。制度の内容や申請の流れだけでなく、「対象は3歳以上小学校就学前の子を育てる社員」といったように、誰が使えるのかを明確にします。
次に準備したいのは「社員向けQ&A」です。事前に社員から寄せられそうな質問(例:「テレワークって週何回まで?」「事務職でも使える?」「副業中でも使える?」など)を想定し、あらかじめ答えを用意しておくと、混乱を未然に防げます。
こうした一連の取り組みの中で大切なのは、
会社が対応可能な範囲をはっきりさせること
です。例えば、「当社ではテレワーク制度は現在対象外」「短時間勤務制度のみ導入予定」といったように、できること・できないことを明確にします。曖昧な表現を避け、「検討中」よりも「〇年〇月に再検討予定」と記載するほうが誠実です。
4 法改正は「労働力確保のチャンス」
今回の法改正は会社の規模を問わないため、一見「中小企業泣かせ」と思える内容かもしれません。しかし、考え方によっては「柔軟な働き方ができる職場です」とアピールする絶好のチャンスでもあります。子育てや介護を抱える優秀な人材にとって、「働き続けられる会社かどうか」は、採用時の大きな判断基準になっています。
大切なのは、完璧な制度整備ではなく、「まずできることからやってみる」こと。1つの制度を導入すれば、確実に職場の雰囲気や社員の安心感は変わります。中小企業ならではの小回りを利かせて、人に優しい働き方を実現していきましょう。
以上(2025年9月作成)
pj00781
画像:Bfinity-Adobe Stock