書いてあること
- 主な読者:自社のパワハラ防止対策を推し進めたい経営者
- 課題:「言動がパワハラに当たるか」の基準が人によって異なり、防止対策を進めにくい
- 解決策:「パワハラ防止規程の作成」「管理者に対するパワハラ教育の実施」「『パワハラ110番(仮称)』などの相談窓口の設置」の3つを実施する
1 職場の「いじめ・嫌がらせ」の状況
パワーハラスメント(以下「パワハラ」)は、企業と労働者にとって看過できない問題になりました。職場の「いじめ・嫌がらせ」について、都道府県労働局などに寄せられた相談件数は毎年増加しています。
図表1の「いじめ・嫌がらせ」の全てがパワハラに該当するわけではないものの、パワハラを含むハラスメント問題がこれだけ取り上げられるようになった今、労働者の注目がかつてないほど集まっているのは事実です。
2 パワハラ防止対策の法制化に向けた動き
こうした状況の中、厚生労働省はパワハラ防止対策の法制化に踏み切ろうとしています。2019年2月14日、「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案要綱」(以下「法律案要綱」)が、労働政策審議会に諮問されました。
労働政策審議会からは「おおむね妥当と認める」との答申が得られ、厚生労働省はこの答申を踏まえ、2019年通常国会への法案提出の準備を進めるとしています。
法律案要綱の内容のうち、企業に求められる主なパワハラ防止対策は次の通りです。
- 事業主は、パワハラ防止に向けた雇用管理上の措置(労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備など)を講じなければならない
- 事業主は、労働者がパワハラに関する相談を行ったことや、事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、解雇など不利益な取り扱いをしてはならない
- 事業主は、パワハラ問題に対する労働者の関心と理解を深め、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう研修の実施などを行う他、国が実施するパワハラ防止のための広報活動、啓発活動などに協力するよう努めなければならない
- 事業主(法人の場合は役員)自らも、パワハラ問題に関する関心と理解を深め、労働者に対する言動に注意を払うよう努めなければならない
- 労働者は、パワハラ問題に関する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主が講じる1.の措置に協力するよう努めなければならない
特に1.と2.に違反している事業主に対して、厚生労働省が勧告をし、事業主がこの勧告に従わなかった場合、企業名などが公表されることがあるため注意が必要です。
パワハラ防止対策がいつ法制化されるかは未定ですが、法制化されたときに備え、次章以降で基本的な知識を復習しておきましょう。
3 パワハラの定義と類型
1)パワハラの定義
パワハラに対する感覚には個人差があります。企業がパワハラ防止対策を講じる上で、まずパワハラがどのようなものであるのかを把握する必要があります。ここでは、厚生労働省の定義を確認してみましょう。
- 【パワーハラスメントとは】
- 職場のパワハラとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。
上の定義にある「職場内の優位性」とは、上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対してまで、さまざまな優位性を背景に行われるものも含まれます。
同様に、「業務の適正な範囲」とは、上司が職位・職能に応じて、業務上必要な指揮監督や教育指導を行うことを指します。つまり、上司がその職責を果たすための行為はパワハラにはなりませんが、そのやり方(言動)には注意が必要です。
実際、パワハラ防止対策で難しいのは、パワハラの基準が人によって異なることです。裁判で争われるようなケースは明らかに、職務上の合理性を欠き、いじめや人格権を侵害するほどの状況にあるものが中心となっています。
しかし、社内で問題となるものの多くは、立場によって判断が分かれます。上司は指導だと主張しても、部下はパワハラだと主張するようなケースです。
2)パワハラの類型
厚生労働省では、パワハラの類型として次の6つを示しています。
- 精神的な攻撃:脅迫、名誉毀損、侮辱、暴言など精神的な攻撃を加える
- 過大な要求:業務上明らかに不要な業務や遂行不可能な業務を押し付ける
- 過小な要求:本来の仕事を取り上げる
- 人間関係からの切り離し:仲間外れや無視など個人を疎外する
- 個の侵害:個人のプライバシーを侵害する
- 身体的な攻撃:蹴ったり、殴ったり、体に危害を加える
パワハラでは、「精神的な攻撃」だけが行われるのではなく、「人間関係からの切り離し」や「過大(過小)な要求」も複合的に発生しているのが通常です。また、こうした問題はパワハラというカテゴリーにとどまりません。
現在、労務の分野では慢性的な長時間労働なども問題になっていますが、これとパワハラは関係していることが多くあります。例えば、「パワハラを受けながら、長時間労働を実質的に強制される」といったケースです。
問題が複合的に生じた場合、労働者が受ける心身の負担も大きくなります。2015年12月、大手広告会社の新入社員が過労などを苦に自殺する事件が発生しましたが、このケースでも、パワハラや長時間労働などが複合的に生じていたようです。
企業がパワハラ防止対策を進める際は、その問題が根深く、また広範囲にわたっていることを認識する必要があります。逆に言うと、1つきっかけをつかめば、そこを足掛かりとして、状況の改善が進むこともあります。
4 3人に1人がパワハラの被害者?
1)パワハラの被害者と加害者のアンバランス
厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」によると、2016年度実態調査におけるパワハラの被害者は32.5%で、3人に1人はパワハラを受けたことがあるということです。なお、2012年度実態調査におけるパワハラの被害者は25.3%であり、4年間でパワハラの被害者の割合が増加していることが分かります。
2012年度と2016年度いずれの実態調査においても、「パワハラを受けたことがある」割合と「パワハラをしたと感じたり、パワハラをしたと指摘されたことがある」割合が乖離(かいり)しています。行為をした側にはパワハラの実感がなくても、行為をされた側はパワハラと感じているケースが多いということでしょう。
2)パワハラの実態
厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」の2016年度実態調査より、パワハラの具体例を紹介します。前述した6つの類型で整理されています。
1.精神的な攻撃
- いること自体が会社に対して損害だと大声で言われた(男性、50歳以上)
- ミスをしたら現金に換算し支払わされる(女性、40歳代)
- 全員が観覧するノートに何度も個人名を出され、能力が低いと罵られた(男性、20歳代)
2.過大な要求
- 多大な業務量を強いられ、月80時間を超える残業が継続していた(男性、20歳代)
- 明らかに管理者の業務であるにもかかわらず、業務命令で仕事を振ってくる(女性、40歳代)
- 絶対にできない仕事を、管理職ならやるべきと強制された(女性、50歳以上)
3.過小な要求
- 故意に簡単な仕事をずっとするように言われた(男性、30歳代)
- 一日中掃除しかさせられない日々があった(男性、20歳代)
- 入社当時に期待・希望されていた事とかけ離れた事務処理ばかりさせられる(女性、50歳以上)
4.人間関係からの切り離し
- 今まで参加していた会議から外された(女性、50歳以上)
- 職場での会話での無視や飲み会などに一人だけ誘われないなど(男性、30歳代)
- 他の部下には雑談や軽口をしているが、自分とは業務の話以外一切ない(男性、50歳以上)
5.個の侵害
- 出身校や家庭の事情等をしつこく聞かれ、答えないと総務に聞くと言われた(女性、40歳代)
- 接客態度がかたいのは彼氏がいないからだと言われた(女性、20歳代)
- 引越したことを皆の前で言われ、おおまかな住所まで言われた(女性、20歳代)
6.身体的な攻撃
- カッターナイフで頭部を切りつけられた(男性、20歳代)
- 唾を吐かれたり、物を投げつけられたり蹴られたりした(男性、20歳代)
- 痛いと言ったところを冗談ぽくわざとたたく(女性、40歳代)
- (出所:厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」)
5 パワハラに関する基準
企業のパワハラ防止対策の基本は、当事者の主観が入ることで曖昧になりがちなパワハラの基準を、規程の作成などを通じてできるだけ明確にすることです。その際、企業はパワハラに関する基準が、次のように3つあることを認識しなければなりません。
何よりも優先されるのは「1.法令の基準」です。傷害、名誉毀損、脅迫などがあった場合、企業や個人の基準に関係なく、加害者は罰を受けることになります。一般的には不法行為に基づく慰謝料請求が行為者や企業に対して行われます。
次に「2.企業の基準」と「3.個人の基準」ですが、両者の関係は単純に図表3のような形になっていません。つまり、「2.企業の基準≧3.個人の基準」といった関係は成立しにくいということです。
「2.企業の基準」と「3.個人の基準」は、当事者の人間関係によっても変わります。よく言われるように、同じ言動であっても、相手によってパワハラと感じたり、感じなかったりすることがあります。
通常、労働者は自分の基準を組織の基準に合わせ、多少のことは我慢しています。また、組織の雰囲気が良いと「2.企業の基準」と「3.個人の基準」が一致しやすくなり、パワハラ問題が起こりにくくなります。
以上、パワハラに関する3つの基準を紹介してきました。「1.法令の基準」は別次元のものなので、「2.企業の基準」と「3.個人の基準」を一致させることが重要になります。そのためには、日ごろのコミュニケーションが大きな意味を持ちます。
6 パワハラ防止対策で大切な3つのこと
1)パワハラ防止規程の作成
企業のパワハラ防止対策の基本は、パワハラ防止規程の作成です。規程の中で、企業のパワハラに対する基準を明確にして、労働者に周知徹底します。こうしたパワハラ防止規程を作成することの効果は次の2つです。
1つ目は就業規則としての効力です。パワハラ防止規程を作成して、労働者に周知し、管轄の労働基準監督署に届け出た場合、労働者はパワハラ防止規程を順守する義務を負い、違反した場合は懲戒の対象とすることもできます。
2つ目はトラブル時の証拠です。パワハラに関するトラブルに企業が巻き込まれた場合、企業のパワハラ防止対策が適切であったか否かが問われます。この点、パワハラ防止規程に基づく管理をしていれば、企業がパワハラ防止に努めていたことを示す1つの証しになる可能性があります。
2)管理者に対するパワハラ教育の実施
パワハラ防止の要は管理者ですが、同時に管理者がパワハラの加害者になることもあります。企業は、「他社事例の研究」「ロールプレイングの実施」「外部セミナーへの派遣」など、管理者のパワハラ教育を実施する必要があります。
3)「パワハラ110番(仮称)」などの相談窓口の設置
いつでも気軽に相談できる「パワハラ110番(仮称)」などの相談窓口を設置しましょう。弁護士や社会保険労務士とヘルプラインを開設するのが理想ですが、難しい場合は、人事部の労働者を相談担当者として配置します。
「パワハラ110番(仮称)」の主な機能は次の通りですが、相談担当者は当事者の個人情報などプライバシー保護に細心の注意を払わなければなりません。また、判断が難しい事案については、すぐに事業主に相談するようにしましょう。
また、ここで紹介した「パワハラ110番(仮称)」の取り組みは、企業がセクシュアルハラスメント対策を進める際の方法と類似しているので、既にその対策を講じている企業はそれを参考にするとよいでしょう。
1.管理者からの定期報告の受け付け(事前防止措置)
パワハラが発生した後では、対策が後手に回りがちです。管理者は「部下の様子がいつもと違う」など、ちょっとした異変を見逃さず、すぐに「パワハラ110番(仮称)」に相談しましょう。
「パワハラ110番(仮称)」の相談担当者が客観的に内容を確認し、パワハラに該当する恐れがあると判断した事案については、事業主に報告・相談した上で、管理者と部下から事実確認を行います。また管理者に対して定期報告の機会を設けることも1つの策でしょう。
2.被害者からの相談の受け付け(早期解決措置)
パワハラを受けたという被害者から相談を受け付けた場合、相談担当者は速やかに事実確認をした上で対策を講じます。事実確認は、管理者と部下の双方から行います。
実際にパワハラに該当する場合、加害者は懲戒処分にし、被害者は配置換えなどのフォローをします。一方、パワハラに該当しないと判断された場合は、相談担当者が仲介して管理者と部下の関係修復に努めますが、難しいようであれば配置転換などを行います。
3.パワハラ防止対策の再点検(再発防止策)
パワハラの事案が生じた場合、再発防止に向けた対策を講じます。対策としては、パワハラ防止に関する方針や基準の周知、パワハラ教育の再実施、「パワハラ110番(仮称)」が適切に機能するための見直しなどが挙げられます。
以上(2019年4月)
(監修 弁護士 田島直明)
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