書いてあること
- 主な読者:BCP(事業継続計画)の策定など、自社の災害対策を進めたい経営者
- 課題:労務管理についても対策したいが、具体的に何に注意すればいいか分からない
- 解決策:災害時も平常時も変わらず適用されるルールと、災害時のみ適用される特殊なルールがある。賃金の支払い、労働時間管理などに区分けして押さえる
1 災害時でも労務管理は万全に
2024年は元旦から「令和6年能登半島地震」が発生し、多くの人が改めて災害の脅威を目の当たりにしました。災害時は会社の事業継続が重要で、「労務管理」もその一環です。例えば、家族の治療や家屋の修理などでお金が必要なときに、賃金の支払いが滞ったら大変です。災害時こそ、労務管理はより重要になってきます。
この記事では、賃金支払い、労働時間管理などに区分けして「災害時の労務管理」の基本ルールを紹介します。労働基準法(以下「労基法」)などの定めが基準になりますが、
- 災害時も平常時も変わらず適用されるルール(例:賃金は毎月1回以上、一定の期日に支払わなければならない)
- 災害時のみ適用される特殊なルール(例:36協定によらずに社員に残業を命じられる)
があるので、その点に注意しながら確認してみてください。
2 賃金支払いのルール
1)口座振込ができなくなったらどうする?
労基法上、賃金は毎月1回以上、一定の期日に支払わなければなりません。これは災害時でも変わりません。また、社員が災害による治療などのために賃金の前払いを請求してきた場合、支払期日前でも、すでに働いた時間分については支払わなければなりません。
災害時は金融機関の機能停止などで、賃金を通常通りに支払えないこともありますが、
- 支払い方法を一時的に「口座振込」から「手渡し」に切り替える
- 手渡しも難しければ、金融機関の機能が回復したタイミングで、即座に賃金を支払う
などの対応をします。
また、社員本人と連絡が取れない間に、その家族が賃金の支払いを請求してくることもあります。本来、賃金は社員本人に支払わなければなりませんが、使者(本人に支払うのと同一の効果を生じさせる者)に対して賃金を支払うことは差し支えないとされています。ただ、緊急時に相手が使者かどうかを判別するのは困難な場合もあるので、まずは家族の身分や事情等を確認し、受領書を取得することを条件として支払うことなどを検討します。
ただし、支払額が高額になる退職金などの場合は、社員が「失踪宣告」(生死不明の者を、法律上死亡したものとみなす効果を生じさせる制度)を受けているのかを確認した上で支払うなど、慎重に対応します。
2)災害時も休業手当を支払う?
労基法上、「使用者の責に帰すべき事由」により休業する場合、会社は休業期間中、社員に平均賃金の60%以上の休業手当を支払わなければなりません。
使用者の責に帰すべき事由とは、簡単に言えば「会社都合」です。その範囲は広く、会社側に故意・過失があるケースだけでなく、不可抗力を主張し得ない全てのケースが含まれる
とされています。休業が不可抗力によるものと認められれば、休業手当の支払いは不要ですが、そのためには次の2つの要件を満たす必要があります。
- 休業の原因が外部により発生した事故であること
- 会社が最大の注意を尽くしても、避けられないといえる事故であること
例えば、建物が損壊して事業を行えない、警報が出ていて安全のために社員を自宅待機させる必要があるなどの理由で休業する場合、休業手当の支払いは不要になる可能性が高いです。
一方、オフィスに直接的な被害はないものの、道路が損壊し資材が届かないなどの理由で操業できずに休業する場合、判断が分かれます。日ごろの備蓄管理の状況、他の調達手段の可能性、災害発生からの期間などによって、休業手当の支払いが必要になる可能性があります。所轄の労働基準監督署に相談等して対応を検討するようにして下さい。
3)賃金や休業手当の支払いが難しい場合は?
災害によって資金繰りが悪化し、賃金や休業手当の支払いが負担となる場合、「雇用調整助成金」を利用するとよいでしょう。
復旧に長い時間がかかる、交通インフラの問題で資材が手に入らないなど「経済的な理由」により休業せざるを得ない場合、会社が雇用保険の適用事業所であれば、雇用調整助成金が支給される可能性があります。使用者の責に帰すべき事由による休業でも、助成金の扱いは変わりません(助成を受けるためには指定されている要件を満たす必要があります。)
中小企業の場合、原則として
- 支給額は、休業手当負担額の3分の2(上限額あり)
- 支給限度日数は、1年の間に最大100日、3年の間に最大150日
ですが、災害時は支給額や支給限度日数について特例措置が講じられることがあります。例えば、令和6年能登半島地震で事業活動の縮小を余儀なくされ、雇用調整が必要になった中小企業については、
- 支給額は、休業手当負担額の5分の4(上限額あり)
- 支給限度日数は、1年の間に最大300日(「3年の間に最大150日」のルールは適用しない)
という措置が講じられています。詳細については、厚生労働省ウェブサイトをご確認ください。
■厚生労働省「雇用調整助成金」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07_20200515.html
3 労働時間管理のルール
1)災害時は36協定に関係なく残業を命じられる?
会社が社員に時間外労働等を命じるには、労基法第36条に基づく労使協定(通称「36協定」)の締結・届け出が必要です。
しかし、災害などの緊急事態で臨時に社員を働かせる必要がある場合、36協定とは関係なく残業(時間外労働や休日労働)を命じることができます。これを「災害時の時間外労働等」といいます。ただし、通常の残業と同様、休日・時間外・深夜の割増賃金の支払いは必要です。
災害時の時間外労働等の場合、会社は事前に所轄労働基準監督署に申請して、社員に残業を命じる許可をもらう必要があります。認められる基準は次の通りです。
- 単に仕事が忙しいなど、経営上の理由だけでは認められない
- 地震や津波、風水害、雪害、爆発、火災などの災害への対応、または急な病気への対応など、人の命や公共の利益を守るために必要な場合は認められる
- 機械や設備が突然壊れて、それが修理されないと事業が運営できなくなるような場合や、システムがダウンしてそれを直さないと事業の運営が不可能であるような場合は認められる。ただし、平常時でも発生し得る部分的な修理や、定期的な保守点検の場合は認められない
- 上の2.と3.の基準は、他の会社からの協力を求められた場合でも適用される。つまり、人の命や公共の利益を守るために協力が必要な場合や、協力しないと会社の運営ができなくなる場合は認められる
申請の際は、
- (事前申請の場合)非常災害等の理由による労働時間延長・休日労働許可申請書
- (事前申請ができない場合)非常災害等の理由による労働時間延長・休日労働届
に残業を命じる理由や社員数などを記入し、所轄労働基準監督署に提出します。原則は事前申請ですが、事態が逼迫している場合は事後に遅滞なく届け出ます。どちらの書類も厚生労働省ウェブサイト(下記URL中段)からダウンロードできます。
■厚生労働省「主要様式ダウンロードコーナー(労働基準法等関係主要様式)」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudoukijunkankei.html
2)災害時は年少者や派遣社員にも残業を命じられる?
災害時の時間外労働等の場合、通常の残業の対象とならない、18歳未満の年少者や派遣元で36協定を締結していない派遣社員にも残業を命じられます。ただし、妊産婦については、本人が請求した場合、残業命令は出せません。
なお、派遣社員を残業させる場合、前述した所轄労働基準監督署への申請手続きは派遣先の会社が行います。その場合、前述した「非常災害等の理由による労働時間延長・休日労働許可申請書」などには、派遣社員を含む社員数を記入して提出します。
3)災害時の時間外労働等の時間数に上限はある?
災害時の時間外労働等の場合、労基法の「時間外労働の上限規制(時間外労働は月45時間以内、年360時間以内を原則とするなど)」は適用されません。ただし、厚生労働省は、過重労働などを防止する上で、「時間外労働を月45時間以内にすること」などの計らいが重要としています。
そもそも災害時は、家族が負傷したり家屋が損壊したりして、社員が強いストレスを抱えた状態で働くことが予想されます。残業を社員に命じる場合、社員の疲労の状態、生活の現状などにも配慮する必要があるでしょう。
4)災害時に社員が年休を申請してきたらどうする?
年休(年次有給休暇)は原則として、社員が指定した時季に与えなければなりません。ただし、指定した時季に年休を与えて事業の運営に支障が出る場合については、会社はその時季を変更することができます。これを「時季変更権の行使」といいます。
災害時は、復旧作業などで人手が必要なときに年休を取得されると、事業の運営に支障が出る恐れがあります。ですから、時季変更権の行使は比較的認められやすいと考えられます。
ただし、「災害により負傷した家族の看護」など、やむを得ない理由による年休取得の場合は慎重に判断したほうがよいでしょう。また、例えば、退職が近い社員で退職日までに有休を別の時季に変更できない場合は、時季変更権は行使できません。
どうしても災害時の復旧作業などで出勤してもらいたい場合は社員とよく話し合い、年休を取れなくなる場合には、取得することができなかった「年休を買い上げる」などの代替措置を検討する必要があるでしょう。
4 労働災害や解雇のルール
1)災害による負傷は労働災害に当たる?
労働災害(以下「労災」)とは、業務上の事由による「業務災害」と、通勤による「通勤災害」のことです。震災や豪雨などの災害(自然災害)は、業務や通勤とは関係なく発生するので、これらによる負傷が労災に当たるのか、疑問に思うかもしれません。
結論から言うと、業務中や通勤途中の災害による負傷は、労災として認定されやすい傾向にあります。オフィスや通勤経路に被災しやすい事情(建物や道路の構造上の脆弱性など)があって、その危険が災害によって現実化したものと考えられるからです。
2)災害を理由に解雇は可能?
災害によって経営環境が著しく悪化した場合、人員削減のために社員を解雇せざるを得なくなることがあります。こうした解雇はいわゆる「整理解雇」に当たります。
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効とされています。なかでも整理解雇は、社員に明確な落ち度がなくても行うことがあるため、特に厳しい判断がなされます。
「客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当である」かどうかを判断するに当たっては、次の整理解雇の4要素が重要な考慮要素となります。
- 人員削減の必要性:人員削減措置が経営上の十分な必要性に基づいていること
- 解雇回避努力義務の履行:配置転換・出向、希望退職者の募集等の手段によって、整理解雇を回避する努力を尽くしていること
- 人選の合理性:被解雇者の選定にあたり、客観的で合理的な基準を設定し、公正に適用していること
- 手続きの妥当性:対象社員や労働組合に対して整理解雇の必要性と時期、規模、方法等について説明、協議を行ったこと
過去には、これらを「4要件」として「どれか1つでも欠ければ整理解雇は無効である」と判断した裁判例がありますが、最近は「4要素」としてそれぞれの要素を総合的に考慮して、整理解雇の有効性を判断する傾向にあります。
実務では、整理解雇は最後の選択肢として、まずは前述の雇用調整助成金などを活用して事業や雇用の継続を図る努力をするのが一般的と考えられています。
以上(2024年9月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)
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