1 M&Aの成否を左右するスキーム(手法)の策定
M&Aをする際は、その目的、取得する対象、税負担などを考えながら最も有利なスキームを策定します。また、M&Aのスキームは1つだけを利用するとは限らず、複数を組み合わせることも珍しくありません。M&Aのスキームはさまざまですが、次のように整理できます。
- 1.ハコ(会社)を譲り受ける:株式譲渡、株式交換、株式移転
- 2.モノ(事業)を譲り受ける:事業譲渡、会社分割
- 3.ハコやモノを買う取引:株式譲渡、事業譲渡
- 4.ハコやモノを包括的に承継する企業再編:合併、会社分割、株式交換、株式移転
この記事では、上記の「3.ハコやモノを買う取引」「4.ハコやモノを包括的に承継する企業再編」の視点から各スキームの概要を説明します。
2 ハコやモノを買う取引
ハコやモノを買う取引によってM&Aをするスキームには、株式譲渡と事業譲渡とがあります。中小企業のM&Aでは、このいずれかのスキームを策定するケースがほとんどです。
1)株式譲渡
株式譲渡とは、
会社の株式の全部または一部を他の会社や個人に売り渡すこと
です。対象会社の法人格や取引先との契約関係、財務状況には一切変更はなく、会社を支配するオーナーが変わります。
株式譲渡についてさらに知りたい場合は、次のコンテンツをご確認ください。
2)事業譲渡
事業譲渡とは、
事業用財産、無形財産、人的財産など、会社の事業の全部または一部を譲渡すること
です。ウェブサイトの売買のように、特定の資産の売買か事業譲渡かの区別が難しい場合は専門家に相談する必要があります。ただ、明確な動産売買のような場合を除き、事業の譲渡と評価される可能性があれば、事業譲渡の手続きをしたほうが無難といえます。
事業譲渡についてさらに知りたい場合は、次のコンテンツをご確認ください。
3 ハコやモノを包括的に承継する企業再編
ハコやモノを包括的に承継する企業再編によってM&Aをするスキームには、会社分割、合併、株式交換、株式移転があります。中小企業のM&Aでは、たまに会社分割が利用される程度ですが、M&Aに関する基本的な知識として合併、株式交換、株式移転についても説明します。また、他の会社を子会社化する方法として、株式交付という方法があります。株式交換、株式移転とは異なり、100%親子会社化するわけではありませんので、厳密には包括的な承継をしているわけではありませんが、子会社化する方法として、株式交付についても説明をします。
1)会社分割
会社分割とは、
ある会社の事業に関する権利義務の全部または一部を分割して、他の会社に包括的に承継させること
です。会社分割には、
- 吸収分割:事業を承継させる会社が既存の会社
- 新設分割:事業を承継させる会社が新設した会社
の種類があります。いずれの場合も、分割する事業に関する権利義務を取引先の個別承諾を得ることなく包括的に移転できるので、取引先が多く、それらと契約書を締結し直すことが煩雑な場合などに利用されます。
会社分割についてさらに知りたい場合は、次のコンテンツをご確認ください。
2)合併
合併とは、
ある会社を解散して清算手続きを経ることなく、包括的に他の会社に権利義務を全て承継させること
です。合併には、
- 吸収合併:事業を承継させる会社が既存の会社
- 新設合併:事業を承継させる会社が新設した会社
の種類があります。いずれの場合も、対象会社の権利義務を包括的に承継します。そのため、対象会社に不採算事業や不良資産がある、簿外債務がありそうななどの場合、合併は望ましくなく、会社分割や事業譲渡を選択するのが通常です。
合併についてさらに知りたい場合は、次のコンテンツをご確認ください。
3)株式交換、株式移転、株式交付
1.株式交換
株式交換とは、
ある会社の発行済株式の全部を他の会社に取得させること
です。これにより、完全親子会社関係になります。株式交換は、グループ会社において持株会社を創設するなど、ホールディングス化する場合や他社と経営統合する場合に利用されます。
2.株式移転
株式移転とは、
株式交換と同様に、完全親子会社関係を創設するための方法
です。株式交換との違いは、
発行済み株式の全部を取得させる会社が、新たに設立する株式会社であること
です。この方法を用いて、事業を行わずに子会社の管理を行う純粋持株会社を設立するホールディングス化(純粋持株会社体制)を実施するケースがあります。
3.株式交付
株式交付とは、
自社の株式を対価として対象会社を買収し、親子会社関係を創設する方法
です。株式交換とよく似ていますが、
- 株式交換:すべてのB社株主がB社株式を交換する
- 株式交付:すべてのB社株主が株式交付に応じる必要はない。応じない株主は引き続き、B社の株主であり続ける
という点で異なります。そのため、「部分的な株式交換」といわれる場合があります。
株式交換、株式移転、株式交付についてさらに知りたい場合は、次のコンテンツをご確認ください。
4 自社におけるM&Aを進める目的・メリットを考える
スキームの策定はM&Aの成否を左右する重要事項なので、M&Aの目的・メリットに基づいた検討しましょう。ここが疎かになると、M&Aの実行が目的となり、どうにかクロージングしてみたものの統合実務で失敗し、シナジー効果もなかったという事態に陥ります。
以降で、検討していただきたい事項をまとめてみましたので、参考にしてください。
1)買い手側の検討事項
- M&Aによってどのような利益やメリット、シナジーを期待しているのか(買収目的)
- M&Aの対象はどういった特徴のある企業か、どのような点に魅力を感じたのか(対象選定とアプローチ)
- M&Aの対象の価値はどの程度か、経済的価値に現れない価値はあるか(買収対象の価値評価)
- どのような方法でM&Aを実行するか(買収方法)
- 資金をどのように調達するか(資金調達)
- 仲介者や専門家として誰をいつ起用するか(仲介者や専門家の選定起用)
- 「法的規制」や「税法上の問題」はあるか、それを克服する方法はあるか
- クロージング後における統合実務として、どのように事業運営をしていけば、当初の買収目的を実現できるか(買収後の事業計画)
2)売り手側の検討事項
- M&Aによって得られるメリット、あるいはデメリットは何か(売却目的)
- 誰に売却するか、売却先によるメリット、デメリットはあるか(買い手選定)
- 売却によって得るものは何か、また失うものは何か(販売価格見込設定)
- 特に「税制」などの問題で、現在享受しているメリットが害されないか(利益確保)
- 仲介者や専門家として誰をいつ起用するか(仲介者や専門家の選定起用)
- クロージング後に経営に関与するのか、関与する場合どの程度か(クロージング後の関与)
以上(2025年9月作成)
(執筆 弁護士 松下翔)
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画像:Mariko Mitsuda