高く飛ぶためには思いっきり低くかがむ必要があるのです

山中伸弥(やまなかしんや)氏は、iPS細胞の研究により、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した研究者です。

冒頭の言葉は、山中氏がノーベル賞受賞後に発表した書籍の中で語ったもの。「挫折や停滞は次の飛躍のための準備段階である」という意味が込められています。この言葉は、山中氏の研究人生における経験から生まれたものでもあります。

山中氏は大学を卒業後、整形外科の研修医として医療の現場に立っていました。しかし山中氏は、通常20分で終わる手術に2時間もかかるほど手先が不器用であることから、医師の先輩たちからは「ジャマナカ」と呼ばれていたそうです。また、自分より優れた医師でも救えない患者に何度も出会い、医療そのものの限界に打ちのめされます。ですが、山中氏は、今は治せないけがや病気でもいつか治せるようになりたいと、挫折を原動力に、研究者の道へ進む決意を固めます。

しかし、その後も苦難続き。山中氏は米国に留学し、最先端の研究技術などを学んで帰国しますが、日本の研究環境に直面すると米国との違いに失望感が募り、精神を病んでしまいます。そんな山中氏は、どん底にあって活路を見いだそうと手にした2冊の書籍によって、研究に向き合う姿勢を根本から変えることになります。1冊はがん研究に心血を注いだ黒木登志夫氏の書籍「がん遺伝子の発見」、もう1冊は名だたる大企業の成功に関するデイル・ドーテン氏の書籍「仕事は楽しいかね?」でした。黒木氏の本によって研究に対する情熱を思い出し、ドーテン氏の本から失敗の中にチャンスがあるという考えを学んだ山中氏は、「思い通りにならなくても結果を楽しみ、チャンスだと捉えよう」と決意。そこから心機一転、粘り強く研究を重ね、2006年に世界でも例のないiPS細胞を発見し、2012年にはノーベル賞を受賞するという偉業を成し遂げたのです。

山中氏の成功の陰には、医師としての挫折や研究環境への失望といった、「かがむ」経験がありました。多くの経営者にとっても、計画が思うように進まなかったり、事業でつまずいたり、人材育成で悩んだりすることは、誰しも経験し得るものですが、大切なのはその失敗や挫折の受け止め方です。失敗や挫折に悲観的になるのではなく、「自分は今、高く飛ぶためにかがんでいるのかもしれない」と意識することで、それらが次の挑戦の糧になります。行き詰まりや後退に感じる瞬間も、視点を変えれば未来の可能性を育む貴重な時間です。かがむ時間を恐れず、むしろ次の飛躍に向けて力をためる意識こそ、組織や事業の成長を後押しします。

山中氏は、学生へ向けた講演の中で、自分の「かがむ」経験を包み隠さず伝えています。高く飛んだ彼自身がそれを示すことで、挑戦する勇気や諦めない心の大切さを伝えているのです。

「山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた」(山中伸弥・緑慎也著、講談社、2012年)

以上(2025年10月作成)

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