1 忘年会の帰り道は「通勤」といえるのか?

12月に入り、いよいよ忘年会という会社も多いでしょう。1年の締めくくりということで、ハメを外す社員は少なくないかもしれませんが、もしも社員が

「忘年会の帰りに転んで骨折しました……。これって労災(労働災害)ですよね?」

と言ってきたら、経営者や労務担当者の皆さんはどう返しますか? 

通勤に伴う労災のことを「通勤災害」といいますが、

「そもそも忘年会の帰り道って『通勤』なの? 仕事をしているわけでもないのに。でも、会社のイベントではあるな……。じゃあ、通勤か?」

と、いろいろ疑問が湧いてきて、答えに困ってしまうのではないでしょうか。

労災になるかどうかの判断は、慣れないとなかなか難しいものです。とはいえ、安易に「労災じゃないから、健康保険で治療してよ」などと発言すると、「労災かくし」として違法になってしまうこともあります。やはり、基本的なルールは押さえておきたいところです。

この記事では、通勤災害の基本ルールを5つのポイントから整理し、判断に迷いやすいケースをクイズ形式で解説します。

2 「通勤」と認められるための5つのポイント

通勤災害は、社員が「通勤」に伴い被災した場合に認められます。通勤に当たるかどうかの判断のポイントは5つあります。

1)「就業に関して」行われる移動であること

「就業に関して」とは、その移動が仕事と密接に関係しているということです。被災当日に就業することとなっていたこと、または現実に就業していたことが必要です。通勤ラッシュを避けるための多少の早出や遅刻など、合理的な範囲の変動は問題ありません。

2)「住居」と「就業の場所」の間の往復であること

「住居」とは、社員が実際に生活し、就業の拠点としている場所です。自宅の他、単身赴任先のアパートや、天災や交通事情でやむを得ず宿泊したホテルなども含まれる場合があります。「就業の場所」とは、業務を開始・終了する場所を指します。営業担当者が直行・直帰する場合などは、「最初・最後の訪問先」が就業の場所になります。

3)「合理的な経路・方法」での移動であること

「合理的な経路・方法」とは、一般的に利用される通勤ルート(電車・バス・自転車・自家用車など)で移動し、著しい遠回りや危険な経路をとっていないということです。天候や交通事情により一時的に迂回する場合など、やむを得ない範囲であれば合理的と認められます。

4)「逸脱・中断」がないこと(または例外に該当すること)

「逸脱」とは通勤経路を外れること、「中断」とは通勤途中で通勤に関係のない行為をすることです。逸脱・中断をしている間と、その後の移動は原則「通勤」と認められません。

ただし、通勤途中の公園でたばこを吸う、缶ジュースを購入して飲むなどの「ささいな行為」は逸脱・中断には当たりません。また、次の日常生活上必要な行為は、逸脱・中断には当たるものの、通勤経路に戻った後の移動が例外的に「通勤」と認められます。

食事・日用品の購入、職業訓練や学校教育への参加、選挙の投票、病院・診療所での受診、家族など要介護者の介護 など

5)「業務の性質をもつ行為」は通勤災害ではなく業務災害に

1)~4)のいずれかに当てはまっている場合でも、会社の指示で移動している場合(例:休日呼び出し、会社の車で出勤中など)は、通勤ではなく業務そのものの一環と判断され、「業務災害」として扱われます。どちらに該当するかは、指揮命令の有無で区別されます。

ここからは、実際によくあるケースを通して、クイズ形式で理解を深めていきましょう。

3 ケース1:忘年会の帰り道、酔って転倒したら?

1)クイズ

鈴木さんは、オフィスでの業務を終え、会社の忘年会に参加しました。参加は自由、費用は会費制(参加者の自己負担)です。忘年会が終わった後、鈴木さんは家に帰ろうとしましたが、帰り道の途中、駅の階段で酔って転倒し、足を骨折してしまいました。さて、これは通勤災害になるでしょうか?

A:会社のイベントの帰り道だから、通勤災害になる

B:業務とは関係ないから、通勤災害にならない

2)答え:B

通勤災害は、「住居」と「就業の場所(業務を開始・終了する場所)」の間の往復をしていないと成立しません。忘年会が業務であれば、その会場も「就業の場所」になり得ますが、実際は「参加が強制」「参加しない場合、社員に不利益がある(人事評価など)」といったケースでなければ、業務として認められる可能性は低いです。鈴木さんが参加した忘年会は、自由参加で、費用も自己負担ですからなおさらです。

【社労士からのアドバイス】

  • 飲み会の参加が任意か、実質的に強制だったかを確認しましょう
  • 忘年会や懇親会などの社内イベントでは、「参加の自由度」「業務との関連性」を明確にしておきましょう

4 ケース2:出勤前にコンビニに寄って転倒したら?

1)クイズ

佐藤さんは出勤前に、駅前のコンビニに立ち寄り、5分ほど滞在して肉まんと温かいお茶を購入しました。しかし、店を出たところで通行人とぶつかり、転んで手をついた瞬間に手首を骨折してしまいました。これは通勤災害になるでしょうか?

A:最小限度の必要な寄り道だから、通勤災害になる

B:寄り道をしているから、通勤災害にならない

2)答え:A

通勤途中の日常生活上必要な行為(食事・トイレ・ATM等)を、最小限度の範囲で行う寄り道は、通勤の一部として扱われやすいです。今回のように、5分程度・経路上の店舗での購入は合理性が高いといえます。

【社労士からのアドバイス】

  • 所要時間が短時間か、立ち寄り先が経路上かをメモで残しましょう
  • 長居(カフェで30分等)や別駅までの移動は逸脱と判断されやすいです

5 ケース3:終電を逃してタクシーで帰宅中、事故に遭ったら?

1)クイズ

神谷さんは、残業が長引き終電を逃したため、タクシーを使うことにしました。しかし、タクシー乗車中に後ろから追突される事故に遭い、首を強く痛めてしまいました。これは通勤災害になるでしょうか?

A:残業でやむを得ずタクシーを使ったのだから、通勤災害になる

B:電車が本来の通勤手段なのだから、通勤災害にならない

2)答え:A

業務都合で終電を逃した場合のタクシー利用は、合理的な経路の変更として扱われやすいです。ちなみに、私的理由(飲酒等)による終電逃しは通勤から逸脱しているとみなされるので、その帰り道の事故は通勤災害の対象外です。

【社労士からのアドバイス】

  • 勤怠記録・残業命令の有無を確認しましょう
  • 帰宅目的で直帰しているか(寄り道なし)を社員にヒアリングしましょう

6 ケース4:休日、会社に忘れ物を取りに行って転倒したら?

1)クイズ

青木さんは、会社に自分のノートパソコンを忘れたことに金曜日の夜に気づきました。土曜日は休日ですが、青木さんは翌朝、いつもの通勤ルートで私物を取りに会社へ向かう途中に、自転車で転倒してけがをしてしまいました。これは通勤災害になるでしょうか?

A:会社への行き来だから、通勤災害になる

B:休日だから、通勤災害にならない

2)答え:B(原則)

私的目的の移動は通勤になりません。ただし、「月曜までに資料を仕上げてくるように」といった会社からの指示があるなど、業務上の必要性が明確なら、通勤災害になることがあります。

【社労士からのアドバイス】

  • 忘れ物が業務必需か、指示・承認の有無を確認しましょう
  • 会社から指示があった場合、日時・経路を記録しましょう(チャット・メールの保存)

7 ケース5:子どもを保育園に送っていて事故に遭ったら?

1)クイズ

南さんはある朝、いつも子どもの送迎をしている妻が体調を崩したため、いつもの通勤経路から外れ、自宅から少し離れた保育園に子どもを預けに行きました。そのまま会社へ向かう途中で、自らの不注意から事故に遭ってしまいました。さて、通勤災害になるでしょうか?

A:子どもの送迎のために通勤経路を変更するのは合理的であり、通勤災害になる

B:いつもの通勤経路から外れているので、通勤災害にならない

2)答え:A

子どもの送迎や親の介護など、家庭の事情により通常の経路を一時的に変えることは、その人にとってやむを得ない、現実的な行動といえます。共働き家庭で、他に子どもを預ける手段がない場合、保育園に立ち寄るルートは「就業のために必要な経路」と判断されるのが一般的です。

【社労士からのアドバイス】

  • 通勤経路の申請用紙に「保育園・託児所・介護施設への立ち寄り」の欄を設けておき、定期的に「通勤経路の確認・更新」を行いましょう
  • 事故が起きた際は、「合理的な理由の有無」「経路の実態」をヒアリングし、通勤災害として労災申請の検討を行いましょう
  • 事故が発生したときは、「どこで・何のために経路を変えたのか」を具体的に記録しておくと、判断がスムーズになります

8 ケース6:在宅勤務中、郵便物を出しに外出して転倒したら?

1)クイズ

木村さんは在宅勤務中、取引先へ書類を郵送するために郵便局へ向かいました。しかし、雨に濡れた地面で足を滑らせて、けがを負ってしまいました。これは業務災害、通勤災害どちらに該当するでしょうか。

A:業務災害になる

B:通勤災害になる

C:どちらも対象外

2)答え:A(原則)

在宅勤務の場合、「どこからが通勤か」が曖昧になりやすいです。このケースでは、業務の一環として就業時間中に外出しているので、通勤ではなく業務とみなされます。なお、終業後に投函して直帰するパターンは、通勤災害の余地があります。

【社労士からのアドバイス】

  • テレワーク規程に業務外出の連絡・承認・記録を明記しましょう
  • 目的(業務/私用)と時刻(就業中か就業後か)を区別しましょう
  • 在宅勤務のルールを明確化し、「外出時の連絡・記録方法」を定めておくことで、認定トラブルを防ぐことができます

以上(2025年12月作成)

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画像:Gemini