1 新規参入が相次ぐ陸上養殖
陸上養殖とは、
陸上に人工的につくった環境下で食用の水産物を養殖する事業のこと
です。ヒラメ、クルマエビ、トラフグ、アワビ、ウニ……こうした高級食材を、今よりもっと手軽に口にできる日がやって来るかもしれません。さまざまな水産物の陸上養殖が実用化されているからです。
海に囲まれ、さまざまな水産物に恵まれている日本ですが、近年は気候変動に伴う海水温の上昇、海流の変化などにより、種類によっては不漁が長期化し、各方面に影響が及んでいます。こうした状況の中、陸上養殖は
水質や水温を管理できるため「安定供給が可能」になると期待
されています。
また、漁業権の取得が不要であり、漁業法による制約を受けないため、
外資系企業や大手企業を含む水産以外の異業種による新規参入も増加
しています。水産庁によると、2025年1月1日時点の陸上養殖業の届出件数は740件、前年から78件増加しました。
さて、一口に陸上養殖といってもさまざまですが、特に期待されているのは「閉鎖循環式」です。
閉鎖循環式とは、施設内に整備された水槽の水を循環させながら、水中に排せつされた当廃物や餌を取り除き、水質を保つことで河川や海洋と接触することなく養殖するもの
です。
閉鎖循環式の陸上養殖の現状は、簡潔に言うと、
- 初期投資とランニングコスト(餌代、水質や水温を保つためのエネルギー代など)が高いため、中小企業にとっては参入のハードルが高い
- 一方、そうした中でも、これまで廃棄してきた食品残渣(ざんさ)を餌として有効活用したり、養殖した水産物を地域の新たな特産品として売り出したりする中小企業も増え始めている
という具合です。
この記事では、主に「閉鎖循環式」の陸上養殖に焦点を当て、外部環境や、参入事例を紹介します。食の未来を考えるきっかけとして、新規事業を構想する際のヒントとしてお役立てください。
2 陸上養殖を取り巻く市場環境
1)外部環境と成長要因
陸上養殖を取り巻く外部環境を整理してみましょう。

1.政治(Political)
政府は、2020年に魚類養殖を対象とした「養殖業成長産業化総合戦略」を策定、2021年には貝類・藻類養殖に対する記述を追加し改訂を行いました。また、「マーケットイン型養殖業等実証事業」など国や自治体が支援制度を充実させています。こういった点は追い風と考えられます。
2.経済(Economical)
資材価格や人件費の上昇により、規模にもよりますが、初期投資は数千万円から数億円にも上ります。また、円安や原材料高を背景に、餌代やエネルギー代が高騰しています。消費地と生産地が近接することで販売時の輸送コストは抑えられますが、逆風のほうが強いといえるでしょう。
3.社会(Social)
陸上養殖は「食の安全」「エシカル消費」「SDGs」といったキーワードにつながる点で高く評価されており、こういった点は追い風です。
4.技術(Technological)
後述する「好適環境水®」の実用化、サンマやウナギなどの完全養殖(人工ふ化から育った親魚が産んだ卵を再びふ化~稚魚~成魚まで育てること)の成功例が現れていることなどは、今後の事業化に向けた追い風と考えられます。
2)陸上養殖の参入分析
「閉鎖循環式」の陸上養殖については、以前は体系的な情報がありませんでしたが、「内水面漁業振興法施行令」の改正により、2023年4月から届出制となりました。
2025年1月1日時点での陸上養殖業の届出件数(都道府県別)は次の通りです。

クビレズタ(海ぶどう)の養殖が盛んな沖縄県の届出件数が最も多く、大分県、鹿児島県、熊本県など九州地方に多い傾向が見られます。ただし、岐阜県をはじめ、いわゆる「海なし県」でも陸上養殖業の届出があります。
また、水産庁によると、2023年度、陸上養殖業により生産された水産物の合計出荷数量は6392トンで、ヒラメ1786トン、トラフグ1324トン、ニジマス791トン、アユ773トン、クビレズタ(海ぶどう)536トンと主に魚類が上位を占めています。
閉鎖循環式の陸上養殖の競争環境は次のように考えられます。

3 陸上養殖の事例
大手企業、ベンチャー企業、異業種の中小企業など、陸上養殖を手掛ける企業は多種多様です。ここでは、その事例を5つ紹介します。
1)NTTグリーン&フード
通信大手NTTのグループ会社「NTTグリーン&フード」は、2024年12月、静岡県磐田市にシロアシエビ(バナメイエビ)の陸上養殖プラント(磐田プラント)を竣工しました。同社は、2024年8月、同じく磐田市でエビの陸上養殖事業を展開する「海幸ゆきのや」の全持ち分を関西電力から譲受し完全子会社としており、生産量で国内最大級のエビの陸上養殖施設を有する事業者となりました。
磐田プラントは、スズキ部品製造が保有する建屋を活用し、主にバイオフロック方式(水槽内に浮遊する微生物の集合体によって水を浄化する方式)を採用しています。外部パートナーによる検証エリアでは完全閉鎖循環方式も導入し、リサイクル可能な素材でかつ断熱性にも優れた環境配慮型の養殖用・ナーサリー(稚エビ用)水槽などを設置しています。
なお、磐田市では、磐田プラントの完成をきっかけに「エビ」を軸にした産業振興と地域活性化を進める取り組みが始まっています。教育機関を巻き込んだ食育活動や、地元飲食店によるメニュー化を通じて、地域住民が一体となって、陸上養殖エビの一大産地化を目指しています。

2)マルハニチロ養殖技術開発センター
水産大手マルハニチロは、2025年9月、養殖研究を行うグループ会社「マルハニチロ養殖技術開発センター」において、事業レベルに準じる飼育密度でのサンマの試験養殖を成功させました。

マルハニチロ養殖技術開発センターでは、世界で初めてサンマ水槽内繁殖を成功させた「ふくしま海洋科学館」から支援を受け、サンマ養殖の研究に着手。その後、クロマグロやブリ、カンパチ、マダイの人工種苗生産などで長年培ってきた養殖技術や研究開発の知見を生かし、サンマ養殖に適した餌や飼育設備の検討を重ね、2024年6月に出荷目安である100グラムを超えるサイズへ成長させることに成功しました。また、同年8月には人工授精にも成功し、事業化に向けた技術の蓄積を継続しています。
なお、マルハニチロは2026年3月にUmios(ウミオス)に社名変更を予定しています。
3)海藻ラボ
海藻ラボ(徳島県海部郡海陽町)は、徳島大、徳島文理大などと協働して海藻の陸上養殖に取り組んでいます。通常、海藻の海面養殖では、海水温の影響を受けるため、年間の3、4カ月に限られますが、同社は異なる生育水温を必要とする、あおさ(ヒトエグサ)とミリンソウ(「あかねそう®」)の2種類の海藻を組み合わせた「陸上二毛作養殖システム」を採用し、同一施設による通年養殖を実現しました。これらの海藻は、陸上養殖海藻としては日本初の有機藻類JAS認証を取得しています。

同社のプロジェクト「海藻が拓く、輝く未来の『ブループラネット』 海藻が 人と海を 豊かに、健康に。」は、2025年に開催された大阪・関西万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」を体現するプロジェクトとしてベストプラクティスの1つに選ばれました。
4)北三陸ファクトリー
北三陸ファクトリー(岩手県九戸郡洋野町)では、磯焼けによって痩せた実入りの悪いウニを廃棄するのではなく、商品に変える「再生養殖」に取り組んでいます。
磯焼けは、大型の海藻の大部分が沿岸の一部で枯れてしまう現象で、ウニによる食害が一因とされています。同社は、北海道大学をはじめとした研究機関や事業者との協力のもと、ウニがおいしくなるための「餌」、ウニをおいしく育てるための「カゴ」、そしてウニそのものを高品質にし、価値のある水産物として再生するための「再生養殖」の仕組みを確立し、特許を取得しました。「再生養殖」を適切に運用することで、痩せた実入りの悪いウニも2カ月という短期間で出荷レベルの実入りに改善することができるといいます。
同社は、再生養殖を通じて商品化したウニを「豊かな自然と地域を様々な人と一緒に育む」という願いを込めて「はぐくむうに®」と名づけ、統一ブランドで販売しています。

同社は、同じように磯焼けで困っている事業者に向けて、養殖事業開始から出荷販路確保に至るまでのコンサルティングも行っています。
5)エムテック
精密切削加工・複合加工、医療機器製造を手掛けるエムテック(茨城県ひたちなか市)は、2023年9月に新たにアクア事業部を発足し、シロアシエビ(バナメイエビ)の閉鎖循環型陸上養殖を始めました。
同社は、地域特産のサツマイモ「紅はるか」を干し芋に加工する際に発生する皮などの残渣を餌の一部として利用しています。また、養殖に使う濾過槽(ろかそう)などの設計開発・製造から販売を、同社も参画する共同受注体「GLIT(Guild for Leading Innovative Technology)」で担っています。生産されたエビは「はるか海老®」として、地元の日本料理店などに出荷され、好評を得ています。

4 参考
1)まさに魔法の水「好適環境水®」
「好適環境水®」は、海水の中から魚類に必要な成分をナトリウム、カリウム、カルシウムなどに絞り込み、淡水魚も海水魚も同じ水槽で飼育できる人工飼育水です。岡山理科大学の山本俊政准教授(生命科学部生物科学科)が中心になって研究を進めています。
開発のきっかけは、2005年ごろ、学生が海水に住むプランクトンを淡水で育ててみようとしたことでした。淡水の中に少量残存していた海水によってプランクトンが大量に繁殖することをつかみ、本格的な研究が始まりました。試行錯誤の結果、魚にとって最低限必要な成分と、各組成間の黄金比を見つけ出すことに成功。2010年には、35トン水槽4基と140トン水槽を備えた実験場「生命動物教育センター」(現・生物生産教育研究センター)が完成しました。
岡山市の条例で魚類廃液を下水道に流せないことが判明したものの、同センターは土壌細菌を活用し、濾過装置を併設して水を循環させる閉鎖循環式を採用することでピンチを切り抜けたといいます。
「好適環境水®」で飼育すると成長速度が早まるというデータもあります。「好適環境水®」は、塩分濃度が海水の約4分の1に調整されており、体内の塩分濃度との浸透圧調整に関わるストレスが軽減されるのが理由ではないか、とみられています。また、全て人為的にコントロールされた環境で養殖するため、気象や赤潮などの影響を受けない上、病気が発生しにくいというメリットもあります。
岡山理科大学では「好適環境水®」による海水魚養殖の研究により、トラフグ、ヒラメ、クエ、クロマグロ、シマアジ、ウナギ、ウマヅラハギ、オニテナガエビ、クルマエビ、バナメイエビ、ブラックタイガーなどの陸上養殖に成功し、それらは随時出荷されています。
岡山理科大学「生物生産教育研究センター」
https://renkei.office.ous.ac.jp/ercop/
2)水産庁「養殖業事業性評価ガイドライン」
水産庁は、金融機関が養殖業の経営実態の評価を容易にする養殖業(魚類、貝類、藻類、陸上養殖およびその他養殖)に対する「養殖業事業性評価ガイドライン」を策定しました。
養殖業は、
- 事業期間が複数年にまたがり事業内容の評価が困難
- 代金回収までに餌代などに多額の運転資金が必要
- 販売価格の暴落や自然災害の経営リスクが大きい
といった特徴のため、金融機関からすると従来の評価手法では養殖経営体の経営実態を適切に評価することが難しく、資金需要に応えにくい状況があります。
ガイドラインでは、養殖業における経営の特徴、金融事情、食の安全・環境配慮等の事業性評価を行うための基本的留意点を述べ、6つの事業性評価の項目(市場動向、経営事業継続力、販売力、動産価値、品質生産管理、リスク管理・対策)と評価手法を提示し、この評価項目と評価手法に基づき作成する「養殖業ビジネス評価書」の作り方を示し、養殖経営体の事業性が見える化されやすくなるようにしています。
この他に養殖水産物の動産登記上の留意点、第三者の評価機関を活用した事業性評価の実施の流れ、事業性評価に必要となる資料やデータの出典を含め、金融機関が養殖業の事業性評価に必要な融資の判断材料を提供しています。
水産庁「養殖業事業性評価の推進」
https://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/yousyoku/jigyoseihyoka.html
以上(2025年12月作成)
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画像:水産庁、岡山理科大学、NTTグリーン&フードほか