書いてあること
- 主な読者:将来の意思決定に役立つファイナンス思考を身に付けたい経営者
- 課題:会社の中で最も大きな割合を占める人にかかるコスト。人件費=給与と考えている人も多く、ファイナンスで必要な正確なコスト計算ができていない。
- 解決策:社員の人件費(福利厚生費なども含める)を時給換算し、外部サービスの単価と比較することが大切
1 外部サービスを使いますか? 社員に頼みますか?
例えば、本日中に取引先から資料をオフィスまで届けてもらわなければならないときに、あなたならバイク便を使いますか? 社員に直接届けるよう頼みますか?
実際に、取引先の社員の方が私のオフィスに直接資料を届けに来たことがありました。往復1時間半かかるわけですが、事情を聞くと「バイク便だと3000円もして高いから」と返事が。確かに、郵便や宅配便の料金と比べれば、バイク便の3000円は高いです。しかし、今回のような郵便などでは間に合わないケースでは、ファイナンス上どう考えたらいいのでしょうか。
2 社員が直接届けるほうがコスト高になる
結論からいうと、社員が直接届けるほうがコスト高になることが多いのです。
まず、社員に支払っている給料を時給換算して考えてみましょう。中小企業の社員の1時間の働きには、約2000円程度のコストがかかります。中小企業の社員の平均年収(賞与含む)は411万円(厚生労働省「令和2年賃金構造基本統計調査」、男女計を基に算定)ですので、これを基に、1日の労働時間が8時間、月の労働日数を20日として計算します。すると、
411万円÷(8時間×20日×12カ月)=2141円/時間
となります。しかも、会社がこの人を雇うために必要なコストはこれだけではありません。会社は給料だけではなく、社会保険料(会社負担分)や福利厚生費、制服の支給代など社員に対する支払いがいろいろあります。社会保険料の会社負担分だけ考えても、給料の15%程度かかりますので、この分を考慮しましょう。実質的な時給は、2141円×115%=2462円となります。
もし、届けるのに往復1時間半かかるのであれば、バイク便の3000円と比較すると、社員が届けるほうがコスト高なのが分かります。社内には社員にしかできない業務があることを考えれば、バイク便を頼んでしまったほうがいいともいえます。
3 それでも社員に届けさせる理由
しかし、このような場合に、実際にはバイク便を使う会社は少ないのです。社員自身が「自分でもできることをわざわざお金を払って外に頼むなんてもったいない」と考えているからです。このように考えてしまうのは、お金が出ていくことに目が行き過ぎているためです。社員に届けてもらえば支払いは発生しないのに、バイク便を頼んだら支払いが発生する。確かに、バイク便ではお金を支払うことにはなりますが、社員は他の業務に当たることができます。
近年は、働き方改革や新型コロナウイルス感染症関連の対応を経て、以前よりも従業員の労働時間が限られてきています。その貴重な労働時間でどのような業務に当たってもらったらいいかを考えるのが、ファイナンス的にも重要なのです。その証拠に、棚卸専門会社の利用が以前より増えているのを感じます。小売業であれば必須の在庫棚卸のカウント作業を、外部に頼みます。もちろん、自社で行うこともできますが、社員の貴重な時間を最も有効な業務に充てたいと考える会社が増えたことの表れだと感じます。
このように、時代の変化を受けて、「自社でできるからやる」のではなく、「自社でやるべきことだけをやる」経営に変わりつつあります。この発想の転換には、実は先ほど説明したファイナンス的な考え方が存在します。
自社の場合の平均時給を一度計算してみるといいでしょう。そうすれば、時給換算でいくら以下のコストなら外部に依頼するといったように、経営者や管理職が判断しやすくなると思います。
4 レターパックの普及も、自社でやるべき業務に注目したから
ペーパーレス化が進んでいるとはいうものの、まだまだ紙でのやり取りが多く存在しています。最近は郵便物の送付に、切手が必要な紙封筒ではなく、レターパックという大型封筒をよく見かけるようになりました。赤や青で印刷されたボール紙製の大型封筒です。
これを使うことで、総務担当者の郵便・宅配便などの発送の手数を減らすことができます。分厚い資料を送る場合には、通常は計測や計量をして切手を貼る必要があります。従来は総務担当者の業務の1つでしたが、レターパックを使えば、レターパックの購入代金に郵送費が含まれていますので作業が楽になります。
5 お金を払って、社員の業務時間の価値を上げる
バイク便もレターパックも、自社の手数をかけない、または最小限にするという点で共通しています。これらサービスが近年普及したことは、偶然ではありません。先ほど述べたように労働時間が限られてきた結果、社員一人ひとりの生産性を上げざるを得なくなったことと整合するのです。
日本では最低賃金が定められていることや、一度決めた給料を下げるのが難しいことを考えると、社員の労働価値を最大化させる判断は必須です。できる限り貴重な自社の人材の時間は、必要性が高いことに充てるべきなのです。
6 人件費を圧倒的に下げた新たなビジネスも多い
このことは、自社のコスト削減につながるだけではなく、新たな事業を考えるヒントにもなります。
例えば、オフィスグリコという置き菓子は、お菓子の購入時に、商品の近くにある貯金箱に利用者自身がお金を入れる形式です。いわば、無人販売のお菓子版といえます。もちろん、中には料金を支払わずに商品を持っていく心ない人もいるようで、盗難によるコストも生じます。しかし、このコストを考慮しても、わざわざ人を配置して、管理やお金の受け取りをしないほうがファイナンス的には得なのだといいます。これなら、商品の補充や貯金箱からの集金だけしか、人件費がかかりません。つまり、人件費を最小限に抑えることこそが、この事業の鍵なのです。
都心部などで普及しているシェアサイクルやカーシェアも同じです。従来のレンタカーやレンタサイクルの貸出・返却時には人が対応していました。しかし、それを省くことで、拠点を増やして利便性を上げ、かつ低単価を可能にしています。
つまり、高い人件費に注目し、なるべくこれを下げるような事業を設計することで、従来にない事業のアイデアにつながります。
以上(2021年5月)
(執筆 管理会計ラボ 代表取締役 公認会計士 梅澤真由美)
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