書いてあること
- 主な読者:対象会社(売り手)の財務上のリスクを把握したい買い手の経営者
- 課題:対象会社の財務上のリスクを把握したいが、どのようにすればよいのか分からない
- 解決策:財務デューディリジェンスで対象会社の財務・会計上のリスクを把握する
1 なぜ、財務デューディリジェンスが必要なのか
M&Aにおいて、対象会社(売り手)は何らかの目的や課題があって会社や事業を売却します。ですから、買い手は相手の実態を正確に把握しなければならず、その一環が「デューディリジェンス(以下「DD」)」です。DDの直訳は、「正当な・相当な(Due)、努力・注意(Diligence)」ですが、噛み砕くと、
買い手が、対象会社やその事業の実態を事前に把握し、価格や取引について適切な判断をするための調査
となります。
DDの分野はいくつかありますが、この記事では「財務DD」を取り上げます。財務数値は、
M&Aの可否に加えて、買収価格の決定などに大きく影響
します。ただし、一般的に財務DDは範囲が広い上に期間が短いです。また、対象会社から提出される財務数値は、企業の実態を正確に表していないケースが少なくなく、その判断に専門知識が多く必要とされるため、外部の専門家に依頼するのが通常です。
2 財務DDの進め方
財務DDでは主に次の3つのことが実施されます。
- 資料の閲覧
- 対象会社の経営者・実務担当者へのインタビュー
- 上記1.と2.の情報の分析など
通常、財務DDの期間は3~4週間です。この期間内に、買い手と対象会社との間でやり取りし、情報開示が行われます。
インタビューは、経営者の他、必要に応じて経理等の実務担当者にも行うことがあります。ただ、M&Aは公にせずに実行されることが少なくないので、通常、情報共有の範囲は限定されます。実務担当者にもインタビューする場合は、情報漏洩の可能性に十分留意しましょう。
3 財務DDで調査されること
財務DDには、一般的な調査対象事項と呼ばれる項目はありますが、厳密に決まっているわけではありません。そのため、
経営者が「こんな情報があればM&Aの可否を検討できる」という情報の調査・分析が必要
ということになります。そうした意味では、対象会社にある財務・会計上の潜在的なリスクを調査し、その結果に応じて次のように対応を検討します。
- 買収価格に反映する:正常収益力(事業そのものが生み出す実態の収益)などを基に企業価値を算定し、買収価格に反映する
- スキームを変更する:簿外債務を引き継いでしまうリスクがあるので、株式譲渡から事業譲渡にスキームを変更する
- 買収契約書または買収後の統合作業のプランニングなどに反映する:保有している不動産の収益性が低いので、売却する旨を契約書に反映する
では、具体的に財務DDの主な調査対象事項・分析手法を確認していきましょう。
各分析手法の詳細や、実施に当たってよく見られる問題点を以降で紹介します。
4 財務DDで注意すべきこと
1)対象会社に対する理解
対象会社に対する理解では、対象会社の人員、管理体制の状況などを確認します。
この分析を実施することで、限られた財務DDの期間中にどの項目にリスクがあるかを把握しやすくなります。
よく見られる問題点は次の通りです。
- 事業規模に比して、経理部門の人員が著しく不足している
- 仕訳の作成と承認を同一担当者が行うといったように職務権限の分掌が十分でない
- 対象会社が採用している会計方針が会計基準に則していない
2)純資産分析
純資産とは、
資産から負債を差し引いた正味の財産で、投資家からの出資金や利益の積み立て分など
です。純資産分析では、貸借対照表の各項目を精査し、含み損や簿外債務などがないかを調査します。そして、含み損などがあった場合、それを一定の基準日時点の対象会社の簿価純資産に加味し、調整します。
この分析を実施することで、買収後に買い手側の財務諸表に計上される、のれんの計上額および償却額の分析や、対象会社の貸借対照表において簿価と時価との差額が生じている項目を把握します。
よく見られる問題点は次の通りです。
- 回収困難な売上債権について、貸倒引当金の計上や貸倒処理などの必要な処理がされていない
- 長期間滞留している、または陳腐化している棚卸資産について、評価減などの必要な処理がされていない
- 減損が必要な固定資産について、必要な処理がされていない
- 支払義務のある仕入債務が計上されていない
- 貸借対照表に計上されていない簿外債務の存在や、係争中で判決の結果によっては負債を負う可能性のある偶発債務の存在が考慮されていない
3)純有利子負債(ネットデット)分析
純有利子負債(ネットデット)とは、
有利子負債残高から現金および現金同等物を差し引いた正味(ネット)の有利子負債
です。純有利子負債分析では、有利子負債や余剰現預金に加え、
- 将来のキャッシュフローに影響を及ぼす恐れがある非経常的な残高(デットライクアイテム)
- 対象会社の事業遂行にあたり不要な資産(非事業用資産)
- 一定の条件下で顕在化する可能性のある簿外債務(コミットメントや偶発債務)
を特定します。
この分析を実施することで、買収価格の決定に必要な情報が得られます。買収価格の決定には株式価値が最終的に大きな影響を与えますが、この株式価値は企業価値から純有利子負債(ネットデット)を差し引いたものになります。
よく見られる問題点は次の通りです。
- 有利子負債の大部分をグループ会社からの借入に依存している
- 確定給付型の退職給付制度を採用しており、退職給付会計上、貸借対照表に計上されていない退職給付債務が多額に存在する
- 簿外債務の存在や訴訟等結果によっては負債を負う可能性のある偶発債務の存在がある
4)運転資本分析
運転資本とは、
事業運営上、短期的に計上・決済されることにより回転している資産および負債
です。一般的には、営業取引関連の運転資本である売上債権、棚卸資産、仕入債務の他、 未払金、前払金、その他流動資産、その他流動負債が含まれます。運転資本分析では、過去の運転資本残高の季節的変動やトレンドを分析し、正常的な運転資本水準を算出します。
この分析を実施することで、事業上、最低限必要とされる運転資本の水準が把握できます。
よく見られる問題点は次の通りです。
- 回収可能性に疑義のある長期滞留売上債権や、販売可能性に疑義のある長期滞留在庫が存在する
- 仕入先への支払条件や得意先からの回収条件が悪化し、必要となる運転資本金額が増加している
- 運転資本水準の季節的変動が大きいため、買収のタイミングによっては、買収後に追加の出資が必要になる可能性がある
5)固定資産・設備投資分析
固定資産・設備投資分析では、過去に実施された設備投資や事業計画達成のために、将来的にどの程度の設備投資が必要かを明らかにします。具体的には、設備投資を新規投資と既存設備の維持・保守投資とに区分し、それぞれがどのような水準で推移しているか、また、対象会社の規模や業種に基づいて必要な投資サイクルを把握します。それを実績と比較し、必要な投資が先延ばしにされていないかを検証します。さらに、現行の生産能力や稼働率等を理解し、余剰の生産能力および投資予定の新規設備による生産能力の増強と事業計画上の前提が整合しているかの検証を行います。
この分析を実施することで、新たな設備投資や不要な固定資産の売却などを検討できます。
よく見られる問題点は次の通りです。
- 事業継続上、必要性が高い設備投資が、資金的な理由により先延ばしになっている
- 不採算店舗閉鎖後に、他の用途に転用できていない遊休状態の土地、建物や設備がある
- 減損会計における資産のグルーピングの方法次第では、減損が必要な可能性がある
6)収益性分析
収益性分析では、調査の対象期間において同じ会計方針で財務諸表が作成されていることを前提に、過去の損益構造を理解するために、収益力の把握において有効な指標の特定やその変動要因を分析します。その上で、過去実績(非経常的要因が含まれている場合には調整を実施)と、事業計画の財務情報における比較可能性や一貫性を検討して、対象会社の収益性を分析します。
この分析を実施することで、対象会社が持つ稼ぐ力の実力値が把握できます。
よく見られる問題点は次の通りです。
- 過去実績において一時的または非経常的な要因による収益が多額に計上されており、対象会社の「本来の実力値」である正常化損益に影響を与えている
- 調査対象期間にわたって、適用されている会計処理や会計方針に一貫性がない、もしくは誤りがある
- 多角化事業を営んでいる対象会社の場合、コア事業に関連しない事業や赤字が継続している事業がある
7)事業計画検証
事業計画検証では、対象会社が作成した事業計画の前提条件が過去の実績や現状と整合しているか、現状の余剰生産能力および新規の投資計画による生産能力増強分に比較して過度に乖離していないかなどを把握します。
この分析を実施することで、今後の事業運営を検討したり、企業価値を評価する際に使う情報が得られたりします。
よく見られる問題点は次の通りです。
- 事業計画上、リリースされたばかりの新製品の売上に大きく依拠している
- 計画期間における販売原価に原材料や人件費の増加分を見込んでいない
- 生産計画が、既存設備及び新設設備による生産能力を遥かに上回っている
上記は比較的よく検出される懸念事項の一例に過ぎません。財務DDにおいて、ディールに重要な影響を及ぼす種々のリスクが出てくることも少なくないため、M&Aにおける財務DDのプロセスは非常に重要であることを改めてご認識いただければと思います。
以上(2022年8月)
(執筆 公認会計士・米国公認会計士 碓田篤史)
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