書いてあること
- 主な読者:事業承継の具体的な効果や手続きを知りたい経営者
- 課題:事業承継対策として、民事信託を活用することのメリットを知りたい
- 解決策:民事信託を利用し、経営者の健康状態や後継者の成長度合いに応じて対策を講じる
1 事業承継に民事信託を活用する3つのメリット
民事信託を設定すると、事業承継対策として次の3つのメリットがあります。
- 経営者自身に認知症など不測の事態が起きても、滞りなく経営権の移行ができる
- 自社株式の譲渡または贈与時に、買い取り費用や贈与税がかからない
- 後継者を育成しながら、自社株式を譲り渡す下地ができる
1)経営者自身に認知症など不測の事態が起きても、滞りなく経営権の移行ができる
多くの中小企業では、経営者が自社株式の過半数を保有しています。もし、
認知症などで判断能力が低下し、株主総会で必要な議決権が行使できなかったら、会社の重要な意思決定が難しく
なります。
このような事態を回避するための仕組みが、親族などの後継者に経営者が保有する自社株式を託す「信託」です。信託とは、
自分の財産を信頼できる人に託し、自身が決めた目的に沿って、その財産の管理・運用などをしてもらう仕組み
です。信託は、
- 自身の財産を託す「委託者」
- 託された財産を管理・処分を行う「受託者」
- 財産から生じる利益を受ける「受益者」
の3者で成り立ちます。
信託には、商事信託と民事信託とがあります。商事信託は、営利目的(信託報酬を得るなど)、かつ反復継続して行われる信託で、国の許認可を受けた信託銀行や信託会社などが受託者となります。
一方、民事信託は、非営利目的、かつ反復継続して行われない信託で、原則、個人・法人を問わず受託者となることができます。民事信託は、
後継者を受託者として設定できたり、経営者自身が受託者にも受益者にもなれたりする
など柔軟なスキームが可能なため、経営者に認知症など不測な事態が起きたときでも、経営権の移行を滞りなく進めることができます。
2)自社株式の譲渡または贈与時に、買い取り費用や贈与税がかからない
自社株式の譲渡または贈与時に、買い取り費用や贈与税がかからないようにするには、経営者を委託者・受益者とし、後継者を受託者とする信託を設定します。
経営者が元気なうちに、後継者に自社株式を譲渡または贈与したいとしても、買い取り費用や贈与税の負担があるので、すぐに実行できないかもしれません。しかし、
このスキームなら自社株式の買い取り費用は不要で、「委託者」である経営者を「受益者」にもすることで、財産の移転に伴う贈与税も課されない
ことになります。また、議決権の行使についても、
経営者が元気なうちは自身の指図で受託者に議決権を行使させ、認知症などで判断能力が低下したら議決権を後継者に移すように設定する
ことができます。
一方、法令上は受託者には「善管注意義務」という職務執行上の義務に加え、信託財産に関する帳簿などを作成する義務があります。また、もし受託業務から債務が発生した場合、受託者は信託財産の範囲内で責任を負うという限定責任信託にしていなければ、原則として無限責任を負うことになるので注意が必要です。
3)後継者を育成しながら、自社株式を譲り渡す下地ができる
後継者を育成しながら、自社株式を譲り渡す下地を作るためには、経営者が委託者・受託者、後継者が受益者とする民事信託を設定します。なお、委託者と受託者が同じケースを「自己信託」といいます。
後継者は決まっているものの、まだ実力が伴っていない、または、まだ自身が実質的な経営者でいなければならない状況にあるケースは多くあります。しかし、
このスキームなら信託設定後も経営者が自社株式の名義人なので、引き続き議決権を行使でき、実質的な経営権を維持する
ことになります。また、
後継者に実力が備わったと判断したときや、経営者自身が死亡したときに信託を終了するように設定する
こともできます。
一方、実質、財産は同一人物間(経営者)でやりとりされているだけなのですが、税務面では、委託者(経営者)から受益者(後継者)に贈与があったものとみなされます。そのため、受益者に対して贈与税が課されます。
3 民事信託を設定するための3種類の手続きと留意点
1)民事信託契約を締結する
委託者と受託者間の民事信託契約を締結します。その際、
- 受益者
- 信託目的
- 信託財産の管理・処分方法
を決めます。なお、契約に受益者自身は関与する必要はありません。
2)遺言をする
委託者が自身の死亡後に後継者を受託者とすることを遺言で定めます。決めるべきことは、前述した民事信託契約の場合と同じです。なお、信託の開始は委託者の死亡時となることに注意が必要です。
3)公正証書を作成する等(自己信託の場合)
自己信託では委託者と受託者が同じ人物なので、公証役場で公正証書を作成するなどをしなければなりません。決めるべきことは、前述した民事信託契約の場合と同じです。
また、公正証書を作成しない場合は、信託の効力の発生のためには、確定日付のある書面により、信託内容を受益者に通知する必要があります。
以上(2023年6月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)
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画像:Mariko Mitsuda