書いてあること
- 主な読者:これから原価計算を勉強する中小企業の経営者や従業員
- 課題:製品と直接紐づけできない固定費の配賦は難しく、また製造数量が変化すると1個当たりの製造原価が変わってしまう
- 解決策:価格を決めるときは、製造原価のうちの変動費だけを集計して、製品の原価を計算する「直接原価計算」を活用する
1 変動費は製品に紐づけできるけど、固定費は紐づけできない
今回は、
固定費の配賦:製品との紐づきが明らかではない費用を、何らかの基準で割り当てること
における実務の難しさを見ていきます。なお、本シリーズでは「変動費と直接費」「固定費と間接費」を、それぞれ同じものとして扱います。
変動費/固定費、直接費/間接費の分け方については、次の記事をご確認ください。
このケースのPLを作成すると、前回紹介した財務会計PLと管理会計PLになります。
ここで、1箱当たりの製造原価を考えてみましょう。
1箱当たりの変動費は、製品に紐づけできます。直接材料費が1500円、外注費が500円となり、変動製造原価は2000円となります。
次に固定費を考えてみます。工場の従業員の給料、工場の地代家賃や機械の減価償却費などの固定製造原価が年間1200万円かかります。これらは、製品との関係が明らかではなく、紐づきが間接的にしか分からないような費用です。このため、利用度に応じた配賦基準が必要となります。ここでは、
製造数量を配賦基準
に考えてみましょう。5000箱を製造したので、
1200万円÷5000箱=2400円
となります。1箱当たりの製造原価は、変動製造原価+固定製造原価なので、
2000円+2400円=4400円
となります。
2 1箱当たりの製造固定費は製造数量で変わる
次に、8000箱を製造して販売した場合を考えてみましょう。損益計算書はこのようになります。
そして、1箱当たりの変動費は5000箱を製造して販売した場合と同じで、変動製造原価は2000円となります。
次に固定費です。先ほどと同様、製造数量を基準に配賦すると、
1200万円÷8000箱=1500円
となります。1箱当たりの製造原価は、変動製造原価+固定製造原価なので、
2000円+1500円=3500円
となります。
このように固定費を製造数量で割り当てると、製造数量が増えるほどに1箱に割り当てられる固定費が減って、原価が安くなります。これが、経済学の「規模の経済」につながります。図にすると、このようになります。数量が増えれば1箱に割り当てられる固定費の金額が下がるのをイメージしてください。
増産すれば「規模の経済」が働くというのは、感覚的に分かりやすいかなと思います。ただ、1箱当たりの製造原価が、製造数量によってころころ変わってしまうと困るのではないかと考えられた方もいるかもしれません。
その通りで、1箱当たりの製造原価から販売価格を決めようとする場合には、使い物にならない、また、使っても毎年変わってしまうのではないか心配になってしまいます。そんな状況では、価格なんか決められないですよね。
ここで、製品の販売価格の決め方について見ておきます。販売価格の決め方には、マーケット・アプローチとコスト・アプローチとがあります。マーケット・アプローチは、顧客が自社製品に対してどれだけの価値を認めて、どれだけの金銭を払ってくれるかという視点から価格を決める方法です。
一方、コスト・アプローチは、経費を積み上げて製造原価を計算して、そこに儲けたい利益を上乗せして価格を決める方法です。いずれの方法もどちらか一方というわけではなく、両方の視点から考えるのが経営者の見方ではないでしょうか。
具体的には、マーケット・アプローチによって価格を決めたとしても、そこで出てきた価格が自社の製造原価で適正な利益を出せるかどうか検討する必要があります。利益が出ないのであれば、製造・販売するわけにはいきません。このため、製造原価が製造数量によって変わってしまうことは、やはり問題となります。それではどうすればいいのでしょうか。経営では、
目標となる製造数量をイメージしておく
必要があります。そこで、会社としての通常の製造数量で固定費を配賦したケースを考えながら、価格を決めていくなどの工夫をしていくというのが実務といえます。
製造原価を正しく計算することの難しさを感じていただけたでしょうか。
そして、右肩上がりの時代であれば、増産により「規模の経済」が働き製造原価が下がるため、固定費はあまり意識する必要なく過ごせます。しかし、これからの低成長時代や、新型コロナウイルス感染症の拡大などのように、製造数量が減少する局面で利益を見誤ったり、価格設定を間違えたりしないためにも、固定費の配賦が大事ということを押さえておいてください。
3 固定費の配賦をしない原価計算「直接原価計算」
このように固定費を製品に配賦することには難しさがあります。そこで、固定費の配賦をやめてしまおうと考えたのが「直接原価計算」と呼ばれるものです。ここでは、直接原価計算の概念を見ていきましょう。
今まで見てきた
変動費だけでなく固定費も製品に配賦し、全ての製造原価を集計して、製品の原価を計算する方法を「全部原価計算」
と呼びます。一方、
製造原価のうちの変動費だけを集計して、製品の原価を計算する方法を直接原価計算
と呼びます。全部原価計算による損益計算書と直接原価計算による損益計算書を見てみましょう。
そうです。全部原価計算による損益計算書は財務会計の損益計算書、直接原価計算の損益計算書は管理会計の損益計算書と同じになります。
先ほどの例で考えると、5000箱製造しても、8000箱製造しても変動製造原価は、直接材料費が1500円、外注費が500円の2000円です。これを製品の原価とするということです。製品と紐づけができない固定費は計算に含めないため、とてもシンプルな計算になります。
ただ、税務申告や外部報告のために決算書を作成する場合には、全部原価計算が前提とされています。このため、直接原価計算で計算をした場合は、製品の原価が少なく計算され、その金額をそのまま使うわけにはいきません。
また、前回も説明したように、変動費と固定費の分け方に100点満点はあり得ません。このため、人によって変動費と固定費の区分が違ったり、準変動費と準固定費といったものが含まれたりすることによって、結局1箱当たりの製造原価には恣意的な部分が残ってしまいます。
このように原価計算には絶対的な正解がないということを理解しつつ、経営者の経営判断に役立つという大事な目的を第一に置いて、まずはやってみるという考えで取り組んでいただけたらと思います。
以上(2024年2月更新)
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画像:Shutter z-shutterstock