書いてあること

  • 主な読者:経理人材の育成や、経理部全体の効率化に悩む中小企業のマネジメント職
  • 課題:時間がない、具体的な改善策が思いつかないことを理由に、現状維持になってしまう。その結果、ミスの繰り返しや、現場のモチベーション低下が生じ、経理負債が蓄積される
  • 解決策:コト(経理業務自体)とヒト(一緒に働くメンバー)の両面から課題を捉える

1 経理負債の解消こそが、経理管理職の最優先課題

経理に課題を抱える会社には共通点があります。それは、「経理負債」を抱えていることです。「経理負債」とは、

経理部門が通常通り業務を行うことを妨害する蓄積された課題

のことです。例えば、月次決算で手間がかかると思いながらも、毎月、同じやり方で作業を続けていませんか。変えなければと頭では分かっていても、時間がない、または具体的な方法が思いつかないなどの理由から足踏みし続けてしまう。その結果、複雑な手順から生じるミスが減らず、経理負債が蓄積されていくのです。

経理負債は、以前話題になった「睡眠負債」によく似ています。毎日の不足分が少しずつたまった結果、健康を害するほどの影響が出てしまう。私たちの健康も、会社の経理業務も、ため込まないことが重要です。

では、いったんたまってしまった経理負債をどうしたらいいのでしょうか。解決に必要なのは、気合と根性ではありません。

時間と方法の具体的なアイデアこそが必要

です。日ごろ、会社の経理の人と接していると、「非効率なやり方をしているので、時間がない」とよく言われます。しかし、私は逆だと考えています。多くの場合、時間がないから非効率なままなのです。もちろん、大きく変えるための取り組みにはたくさんの時間が必要なため、始めは小さな改善しかできないものです。それでも、とにかく小さな改善を積み重ねて時間を捻出し続けることで、大きな改善に取り組めるようになるのです。

経理管理職にとっての最優先課題は経理負債の解消だと私は強く感じます。

2 コトとヒトの2面から課題を捉えよう

経理負債があると、ミスしたり時間がかかったりという経理にとってはよくない事態を招きます。これでは、「決算の早期化」や「正確性の向上」といった経理部門でよく挙げられる目標を達成することはできません。

さらに、長時間労働になりがちで、体調不良になったり、成長実感が得られない作業に追い立てられてモチベーションが下がったりするメンバーも出てきます。

経理業務自体に関する前者は「コト」のはなしであり、一緒に働くメンバーに関する後者は「ヒト」のはなしです。経理負債は、このように、「コト」と「ヒト」の両面に悪影響を及ぼす、諸悪の根源といえるでしょう。

従来、経理の課題は、「コト」に関する問題が注目されてきました。しかし、最近では、在宅勤務など新しい働き方の普及や、人的資本に関する情報開示の広がりから大手企業を中心に人材育成に熱心に取り組むようになっています。もちろん、この話は経理に限ることではありません。

ましてや人手不足が深刻化する中、従業員が会社を選べる時代に変わったことを心に留めておく必要があります。特に経理職は、他の職種に比べて、ポータブルスキル(会社を問わず活用できるスキルのこと)の色合いが濃いため、今いるメンバーが来年も一緒に働いてくれる保証はどこにもありません。

3 ヒトを重視した管理職の取り組み例

脅かすような話をしてしまいましたが、ヒトの側面での取り組みを少しだけ紹介しておきます。私の印象では、経理人材は「職人気質」の人が多く、これまであまり人材育成に注力する人が多くなかったように思います。まずは気負わず簡単なことから始めましょう。

例えば、経理管理職は、経営者や役員に呼ばれて、緊急の打ち合わせが入り、当初予定していたメンバーとの打ち合わせに出られなくなった場合どうしますか。

このようなときは、役員との打ち合わせが終わったらすぐにメンバーとの打ち合わせを再設定するようにしてください。近年流行りの1 on 1など、少人数で行う個人的な内容の場合には特にです。このようなメンバーとのやり取りは、緊急ではないものの、現場レベルでの重要な事案が多く、後から気付いたときには手遅れになりかねません。また、小さな行動でも、「大事にされている」という印象を確実に与えることができます。

また、メンバーからは、管理職の皆さんに質問や相談したいのに、「話しかけづらい」という声をよく聞きます。これは私が管理職だった頃もそうで、メンバーから言われて反省したこともありました。言い訳ではありませんが、経理部門は自分でも会計処理を検討するようなプレイングマネージャーが多く、デスクに居るときは作業に時間がとられがちです。また、在宅勤務の場合は、相手の状況が分かりづらいことも拍車を掛けているのかもしれません。そこで、デスクにいる際はなるべく暇な雰囲気を出したり、自分の作業はメンバーが出社する前の朝の時間帯に行ったりすることも手です。さらに、共有カレンダーに作業予定も入れている場合には、作業とイベント(会議)を区分して表示し、メンバーには作業の時間帯はいつでも話しかけていいなど、ルールを明確にして伝えておくのも役に立ちます。

これらは近年話題の「心理的安全性」、つまり従業員が自分は受け入れられていると感じ、安心して発言したり業務を行えたりする状態を生み出すことにもつながります。実際に私が見聞きする中では、残念ながらこの程度のことができていない経理部が大半の印象です。忙しいから仕方がない側面もありますが、前述のとおりメンバーが辞めてしまい生産性が下がっては、経理負債が解消されるどころか、さらに積み上がってしまいます。悪循環に陥らないためには、負担が少ない方法で、ヒトの側面をカバーすることが必須なのです。

4 管理職だからこそ経理部を変えられる

このような理由から、本連載では、コトとヒトの両面を扱います。これまで、ヒトの側面というのは、経理の分野ではあまり注目されなかったため、違和感を覚える人もいるかもしれません。

でも、考えてみてください。もし皆さんが、メンバーのひとりから明日突然辞めると言われたら、業務への影響を真っ先に心配するのではないでしょうか。いくらAI時代の到来といっても、コトとヒトは切っても切り離せないのです。

ここまでの話で、管理職の仕事がとても広範囲であることを改めて実感したと思います。しかし、経理管理職にはおおきなやりがいがあります。実際に、私は管理職になったときに、スタッフ時代と比べて色々なことが容易に進むようになり、感動したことを覚えています。

例えば、業務の削減や改善を行うことは、管理職であれば難しくありません。やり方を変えた場合のリスクがとれるのは管理職だからこそですし、そもそも経験と立場があるからこそ事前に十分な検討ができます。また、他部門の調整も管理職の力が生かしやすい場面です。肩書などの属性によって対応を変えるタイプの人もいます。そういう相手と対峙するときに、管理職という肩書は、経理部を代表して他部門を動かすことができる力の源泉にもなるのです。

これらの力があるからこそ、管理職は、経理負債の解消の主役として機能でき、ひいては経理部を変えることができるのです。「経理の仕事はAIにとって変わられる」といわれて久しいですが、主にスタッフクラスが行っている業務の話です。日々高度な判断やコミュニケーション、人材育成を担っている経理管理職ご自身については、直接の脅威ではないはずです。

本連載が、やりがいあるこの経理管理職という仕事を体系立てて整理したり、実務に生かせるヒントを得たりする機会になれば幸いです。

以上(2023年5月)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役・公認会計士 梅澤真由美)

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画像:Kittiphan-shutterstock

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