1 「みなし贈与」とは何か?
通常の贈与は、一方が財産をあげて、もう一方が財産をもらうという当事者間の合意によって行われるやり取りをいいます。ただし、税金面では、
当事者間の合意がなくても「実質的に財産をタダまたは格安でもらった」とみなされて課税される
ケースがあります。これが「みなし贈与」です。重要な点は、当事者の「意図」ではなく、取引の「経済的な実態」に焦点が当てられることです。
みなし贈与は当事者間に「贈与のつもりがない」ケースが多く、税務調査で指摘されるまでその存在に気づかず、予期せぬ追徴課税が発生してしまうことがあります。取引の種類によっては追徴課税が多額になり、会社の経営を圧迫する事態に陥るケースもあります。
2 なぜ会社にとって重要なのか?
贈与と聞くと、個人間の取引をイメージする人が多いかもしれませんが、実は「みなし贈与」は個人と会社の間、あるいは関連会社間の取引においても広く適用されます。
中小企業では、経営者個人の資産と会社の資産が密接に関わっていたり、資金繰りの都合で関連会社間で融通し合ったりすることが少なくありません。例えば、次のような取引も見受けられます。
- 創業者が会社の資金繰りを助けるために個人資産(土地や建物など)を安く譲渡する
- 長年、社長個人が会社に貸し付けていた債務を免除する
- グループ会社間でサービスを無償で提供する
- 個人資産を会社に(第三者との取引に比べて)低価格で貸し付ける
いずれも会社を存続させたり、事業を円滑に運営したりするための「良かれと思って」の行為なのですが、こうした行為が税務上は「経済的な利益をタダで、または低額で渡された」とみなされてしまうのです。ちなみに、みなし贈与と呼びますが、贈与税が課されるわけではありません。みなし贈与は経済的な利益を受け取った側の所得となり、
- 会社が利益を受け取った場合は法人税など
- 個人が利益を受け取った場合は所得税など
が課されます。
3 会社で起こり得る「みなし贈与」の具体的なケース
1)会社への資産の低額譲渡
株主や役員、あるいは関連会社が、土地、建物、株式、知的財産などの資産を、その市場価格よりも著しく低い価格で会社に売却した場合に発生します。会社が市場価格と比べて安く資産を取得できた場合、その差額が会社にとっての経済的な利益「受贈益」とみなされます。
例えば、社長が個人的に所有する土地(市場価格5000万円)を、自身の会社に1000万円で売却したとします。この場合、会社は4000万円の経済的利益を得たことになり、この4000万円が受贈益として会社の利益に加算され、法人税の課税対象となります。
2)会社への債務免除
株主や役員、あるいは関連会社が、会社が負っている債務を免除した場合に発生します。債務が免除されると、会社は返済義務がなくなるため、その分だけ負債が減少し、会社の財務状況が改善されます。この債務の減少分が会社にとっての経済的な利益「債務免除益」とみなされます。
例えば、創業者個人が資金繰りに苦しむ会社に3000万円を貸し付け、後にその3000万円を会社の経営改善のために全額免除したとします。この場合、3000万円は債務免除益として扱われ、法人税の課税対象となります。
3)個人への債務免除
会社が、役員、従業員、または株主が会社に対して負っている債務を免除した場合に発生します。債務が免除されることで、個人は返済義務から解放され、その分だけ経済的な利益を得たとみなされます。
例えば、会社が従業員に500万円の社内融資を貸し付け、後にその従業員の功績をたたえて免除したとします。この場合、500万円は従業員にとって経済的な利益となり、所得税の課税対象となります。
4)個人への資産の低額譲渡・無償供与
会社が、役員、従業員などに対して、会社所有の資産(社用車、不動産、製品など)を市場価格よりも著しく低い価格で売却したり、あるいは無償で提供したりした場合に発生します。この場合、資産を受け取った個人が経済的な利益を得たとみなされます。
例えば、会社が所有する市場価格4000万円のマンションを、役員の1人に1000万円で売却したとします。この場合、役員は3000万円の経済的利益を得たことになり、この3000万円が役員の所得として、所得税の課税対象となります。
5)無償で役務提供
会社が個人や関連会社にサービスを無償で提供したり、逆に個人が会社に重要なサービスを無償で提供したりした場合も、「みなし贈与」の対象となる可能性があります。
例えば、役員が個人で別途経営する個人事業会社が会社から報酬を受け取らずに、市場価値に見合うような経営サービス(本来、委託手数料などが発生する業務)を提供し続けた場合などが考えられます。この場合、その役務の対価相当額が、役員への報酬として認定されたり、会社への寄付金とみなされたりして、法人税の課税対象となることがあります。
4 「みなし贈与」で損をしないための実践的対策
1)取引は必ず「時価」で行う
「みなし贈与」の課税は、原則として市場価値などの時価と実際の取引価額の差額に対して行われます。従って、この差額を発生させないことが、みなし贈与を回避する最も基本的で、最も重要な対策となります。
あらゆる資産(土地、建物、株式、機械設備、知的財産など)の譲渡、サービスの提供、貸付金の利息設定など、会社と株主、役員、従業員、あるいは関連会社との間で行われる全ての取引において、「時価」を意識し、その時価に基づいた適正な対価を設定することが大切です。
特に、不動産や非上場株式など、時価の算定が難しい資産については、専門家(不動産鑑定士、税理士など)による評価を事前に取得し、その評価額に基づいて取引を行うようにしましょう。評価の過程と結果は、税務調査に備えて詳細に文書化しておくことも大切です。
2)関連会社間取引の厳格化
複数の会社を経営している場合や、グループ会社が存在する場合、関連会社間での資金や資産、サービスのやり取りは頻繁に発生します。これらの取引も「みなし贈与」の対象となり得るため、第三者との取引と同様に厳格さをもって管理する必要があります。
具体的には、関連会社間であっても、全ての取引について正式な契約書を作成し、詳細な請求書を発行し、市場価格に基づいた適正な価格設定を行うようにしましょう。
3)債務免除は慎重に
会社が資金繰りに窮した際、株主や役員が会社への貸付金を免除することは、会社を救うための有効な手段となり得ます。しかし、前述の通り、これは会社にとって「債務免除益」となり、法人税の課税対象となります。
債務免除を検討する際には、その税務上の影響を十分に理解し、代替案も検討することが重要です。例えば、債務を株式に転換する「デット・エクイティ・スワップ(DES)」など、税務上より有利な選択肢がないかを、事前に税理士などの専門家と相談するようにしましょう。
4)役員・従業員への利益供与は適正に
会社が役員や従業員に対して、福利厚生やインセンティブとして経済的な利益を供与する場合も、曖昧な形で行うのではなく、その性質を明確にし、給与や賞与、あるいは適正な福利厚生費として適切に会計処理し、個人の所得税申告に正確に反映させるよう、本人への周知も忘れずに行いましょう。
5)専門家への早期相談
最も実践的で効果的な対策は、複雑な取引や関連会社間の取引を行う前に、必ず税理士や弁護士などの専門家に相談することです。
専門家であれば、「みなし贈与」のリスクを事前に特定し、時価の適切な算定方法についてアドバイスし、税務上最も効率的でリスクの低い取引スキームを提案することができます。また、万が一税務調査が入った場合でも、専門家の助言を受けて行った取引であれば、その正当性を主張しやすくなります。
以上(2025年10月作成)
(監修 税理士 谷澤佳彦)
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画像:ChatGPT