書いてあること

  • 主な読者:将来の意思決定に役立つファイナンス思考を身に付けたい経営者
  • 課題:ファイナンスの考え方がよく分からない
  • 解決策:「会計」は過去を見せるものであり、「ファイナンス」は将来を見せるもの

1 時代は会計から、会計+ファイナンスへ

近年、「ファイナンス」という言葉をよく聞くようになり、ベストセラー本も出ています。会計が会社や事業にとって必須というのは疑う余地がないものですが、会計と並ぶものとしてファイナンスが認識されるようになったのです。

そこで、この連載では、最近話題のファイナンスについて分かりやすく解説をしていきます。それも、中小企業の観点からファイナンスを捉えてみます。現時点で多くの方にとって、ファイナンスは「正体不明」であり、「うちみたいな中小企業には関係ない」と思っているかもしれません。実は、そんな難しい話でも新しい話でもないのです。ファイナンスの見方と具体例を知っていれば、会計に振り回されずに、より効率的で効果的な経営につながります。

2 ファイナンスとは、「お金」をモノサシに将来を考えること

ファイナンスという言葉は、日本語でいえば「財務」と訳されることが多いようです。しかし、財務という言葉から想像されるような、単なる資金繰りの話ではありません。本当の意味はもう少し広いのです。

ざっくりいえば、ファイナンスとは「お金」をモノサシとするものの見方のことです。これは、皆さんご存じの会計が、利益をモノサシとする見方なのと対照的です。会社を経営するうえでは、会計が扱う利益も大事ですが、ファイナンスが扱うお金も大事ということに、皆さん異論はないでしょう。「勘定合って銭足らず」というように、いくら利益が出ていても、資金が切れてしまったら会社は潰れてしまいます。そこで、利益よりもリアルなお金をモノサシに将来を考えるのがファイナンスの見方なのです。

会計では利益を計算するために、損益計算書などの決まったカタチがあります。一方、ファイナンスでは決算書のような決まったカタチがないので、余計に分かりにくくなっています。そこで、もう一つだけ、ファイナンスを理解するのに役に立つキーワードを紹介しましょう。それは、「将来」です。私がウォルト・ディズニー・ジャパンに勤めていたときの上司だった経営者は、よくこう言いました。「ファイナンスはサーチライト、会計はバックミラー」と。車に例えると、会計は後ろ=過去を見せるものであり、ファイナンスは前=将来を見せるものということです。さらに、「わたしが運転(=経営)を間違えないように、前をよく照らしてくれ」と続けるのが常でした。

3 年度末の節税対策も「ファイナンス」?

皆さんの身近な例で考えてみましょう。中小企業でも、年度末近くになって利益が出そうだと分かり、将来のために物品を購入する場合があります。なかには、頑張ってくれた感謝として従業員に決算賞与を出すうれしい会社も。実は、この取り組みはファイナンスの視点と共通するのです。

それは、決算が締まる前に利益が出るという「将来」を予想し、会社にとってより良い意思決定を行っているからです。もちろん、購入する物品が会社にとって必要なものであることが大前提ですが、利益が出ても税金で持っていかれてしまうなら、この際購入しようと考えるわけです。また、もう一つのキーワードである「お金」にも着目しています。今期だけの目先の数字にとらわれるのではなく、会社にとって必要なものを中長期の将来にわたって考える点で、まさにファイナンスが目指すところでもあります。

4 会計が中小企業の良さをダメにしてしまうこともある

会計の利益だけに目を向けていると、なかなかこのような判断にはつながらないかもしれません。なぜなら、会計の利益というのは、いろいろな決め事に基づいて計算されるバーチャルなものだからです。その一例として、勘定科目の使い方があります。

例えば、飲食業では、利益を出すには、原材料費は3割に抑えるべきだといわれます。皆さんは「俺の〇〇」という飲食店チェーンをご存じでしょうか。店の前に行列が絶えなかったこのチェーンは、その慣習的な考えを打ち破り、高級食材を惜しみなく使いました。当然原材料費は3割では収まりません。しかし、自由に食材を使えることを魅力に感じた高級店出身の料理人を多数起用できたことで話題を呼び、集客に大成功しました。事業としては、立食を中心に回転率を上げたことで、利益を生み出すことができたようです。

このような事業のモデルは、勘定科目にとらわれていたら、なかなか思いつかないでしょう。当然ですが、全体を俯瞰(ふかん)し、全体で利益が出ることこそが大事なのです。

公認会計士の私が言うのも変かもしれませんが、定着しすぎた感のある会計の見方に縛られているのかもしれません。特に個性的な事業が多い中小企業においては、その良さが失われてしまいかねないのです。

5 中小企業こそ、ファイナンスを始めよう

このような特性に加えて、リソースの面から考えても、中小企業がファイナンスの考え方を取り入れることはメリットが大きいといえます。

会計で扱うのは過去の結果ですので、良く見せようとしても限度がありますし、会計処理を工夫したところで事業の本質には関係ないことです。これは、例えば、お化粧で気になる箇所をカバーしようとするのと同じです。できることなら、素肌を整えて、化粧があまり必要ない状態をつくるほうがいいはずです。ファイナンスは「素肌美人」を目指す、会社のこれからの業績を良くするために役に立つ見方なのです。

人やお金などの制約が比較的大きい中小企業にとっては、見栄えよりも本質に焦点を当てられるほうが望ましいはずです。ですので、中小企業こそ、ファイナンスの見方をぜひ身に付けることで効果が高くなるといえます。

この連載では、ファイナンスを手軽に身に付けたい中小企業の経営者のために、具体的な事例を用いて、中小企業に関わる内容だけを選りすぐって、分かりやすく解説していきたいと思います。無理のない範囲で少しずつ進める指針になればうれしいです。

以上(2021年3月)
(執筆 管理会計ラボ 代表取締役 公認会計士 梅澤真由美)

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画像:pixta

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