書いてあること
- 主な読者:大企業を取引先にもつ中小企業の経営者・経理担当者
- 課題:2021年4月1日以後に開始する事業年度から、中小企業を除くすべての企業は、新しい収益認識基準を適用しなければならない
- 解決策:従来の会計基準の違いや、ポイント、中小企業が注意すべき点を解説
1 新しい収益認識基準の公表
企業会計基準委員会(日本における会計基準の設定主体。以下「ASBJ」)は、2018年3月30日に企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、合わせて「本会計基準等」という)を公表しました。
本会計基準等における新たな収益認識基準は、上場・非上場企業であるかを問わず、中小企業を除く全ての企業に適用されることになります。なお、2018年4月1日以後に開始する事業年度より任意で適用が開始され、2021年4月1日以後に開始する事業年度からは強制適用されます。
本会計基準等の適用により、収益の認識単位・金額・タイミングが変わる可能性があり、これに対応するためには、企業の収益認識に及ぼす影響の把握と、正しく収益認識を行うための事前準備が必要となります。
本稿では、収益認識基準が新しくなった背景を解説したうえで、新たな収益認識基準のポイント及び中小企業に想定される主な影響を紹介します。
2 新たな収益認識基準が公表された背景
従来の日本における収益認識基準は、企業会計原則の損益計算書原則において「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る。」とされているものの、収益認識に関する包括的な会計基準がこれまで開発されていませんでした。
一方、国外では、国際財務報告基準(以下「IFRS」)を策定している国際会計基準審議会(以下「IASB」)と、米国における会計基準を策定している米国財務会計基準審議会(以下「FASB」)が、共同して収益認識に関する包括的な会計基準の開発を行い、2014年5月に「顧客との契約から生じる収益」(IASBにおいてはIFRS第15号、FASBにおいてはTopic606)を公表しました。
これらの状況を踏まえ、2015年3月に開催されたASBJ会議において、日本における収益認識に関する包括的な会計基準の開発に向けた検討に着手することを決定し、その後2016年2月に適用上の課題等に対する意見を幅広く把握するため、「収益認識に関する包括的な会計基準の開発についての意見の募集」(以下「意見募集文書」という)が公表されました。この意見募集文書に寄せられた意見等を踏まえ審議が進められ、2017年7月20日に収益認識に関する会計基準等の公開草案を公表し、当該公開草案に対して寄せられた意見等について検討が行われてきました。
そして、2018年3月26日開催のASBJ会議において、企業会計基準第29号及びその適用指針第30号(以下、合わせて「本会計基準等」)が承認され、本会計基準等が同年3月30日付で公表されました。
3 従来の会計基準との主な違い
従来から多くの企業が契約(または受注)単位で収益を計上しています。一方、新たな収益認識基準では、その契約の中に複数の履行義務(顧客に対して、財またはサービスを提供する約束)がある場合、その履行義務ごとに収益認識の「単位」「金額」「タイミング」(詳細は後述)を判断することになります。例えば、製品の販売に付随して、無償で修理を行うなどのアフターサービスを付けた場合、製品の単価とアフターサービスの単価ごとに売上の単位・金額・タイミングを認識することが考えられます。
4 新たな収益認識基準のポイント
新たな収益認識基準の基本原則は、約束した財またはサービスの顧客への移転を、当該財またはサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価の額によって収益の認識を行うことです。また、この基本となる原則に従って収益を認識するために、次の5つのステップを適用することになります。
1)ステップ1:契約の識別(単位)
顧客との契約を識別します。本会計基準等では、顧客と合意し、かつ、所定の要件を満たす契約に適用されることになります。
2)ステップ2:履行義務の識別(単位)
契約における履行義務を識別します。契約において、顧客へ提供することを約束した財またはサービスが所定の要件を満たす場合には、別個のものであるとして、当該約束を履行義務として区別して識別することになります。
3)ステップ3:取引価格の算定(金額)
取引価格を算定します。変動対価または現金以外の対価の存在を考慮し、金利相当分の影響及び顧客に支払われる対価について調整を行い、取引価格を算定することになります。
4)ステップ4:取引価格の配分(金額)
契約における履行義務に取引価格を配分します。契約において約束した別個の財またはサービスのそれぞれの独立販売価格の比率に基づき、それぞれの履行義務に取引価格を配分します。独立販売価格を直接観察できない場合には、独立販売価格を見積もることになります。
5)ステップ5:収益認識(タイミング)
履行義務を充足したときに、または充足するにつれて収益を認識します。約束した財またはサービスを顧客に移転することによって履行義務を充足したとき、または充足するにつれて、充足した履行義務に配分された額で収益を認識します。履行義務は、所定の要件を満たす場合には一定の期間にわたり充足され、所定の要件を満たさない場合には一時点で充足されます。
5 重要性等に関する代替的な取扱い
本会計基準等においては、これまで行われてきた実務等に配慮し、財務諸表間の比較可能性(財務諸表の期間比較や、他社比較が可能なこと)を大きく損なわせない範囲で、IFRS第15号における取扱いとは別に、次の個別項目に対する重要性の記載等、代替的な取扱いを定めています。なお、重要性の判断については、公認会計士などの専門家が判断することになります。
1)契約変更(上記ステップ1関係)
契約変更による財またはサービスの追加が、既存の契約内容に照らして重要性が乏しい場合の処理の取扱いがあります。
2)履行義務の識別(上記ステップ2関係)
提供することを約束した財またはサービスが、顧客との契約の観点で重要性に乏しい場合には、当該約束が履行義務であるかについて評価しないことができます。
3)一定の期間にわたり充足される履行義務(上記ステップ5関係)
工事契約について、契約における取引開始日から、完全に履行義務を充足すると見込まれる時点までの期間がごく短い場合には、一定の期間にわたり収益を認識せず、完全に履行義務を充足した時点で収益を認識することができます。また、受注制作のソフトウエアについても、工事契約に準じて同様に適用することができます。
4)一時点で充足される履行義務(上記ステップ5関係)
商品または製品の国内の販売において、出荷時から当該商品または製品の支配が顧客に移転されるときまでの期間が通常の期間である場合には、出荷時から当該商品または製品の支配が顧客に移転されるときまでの間の一時点(例えば、出荷時や着荷時)に収益を認識することができます。
5)履行義務の充足に係る進捗度(上記ステップ5関係)
一定の期間にわたり充足される履行義務について、契約の初期段階において、履行義務の充足に係る進捗度を合理的に見積もることができない場合には、当該契約の初期段階で収益を認識せず、当該進捗度を合理的に見積もることができるときから収益を認識することができます。
6)履行義務への取引価格の配分(上記ステップ4関係)
履行義務の基礎となる財またはサービスの独立販売価格を直接観察できない場合で、当該財またはサービスが、契約における他の財またはサービスの付随的なものであり、重要性に乏しいと認められるときには、当該財またはサービスの独立販売価格の見積方法として、残余アプローチ(契約における取引価格の総額から、契約において約束した他の財またはサービスについて、観察可能な独立販売価格の合計額を控除して見積もる方法)を使用することができます。
7)契約の結合、履行義務の識別及び独立販売価格に基づく取引価格の配分(上記ステップ1、2及び4関係)
一定の要件を満たす場合には、複数の契約を結合せず、個々の契約において定められている顧客に提供する財またはサービスの内容を履行義務と見なし、個々の契約において定められている当該財またはサービスの金額に従って収益を認識することができます。
6 中小企業に想定される影響
新たな収益認識基準は、上場・非上場を問わず、中小企業を除く全ての企業に適用されることになります。なお、中小企業においては、「中小企業の会計に関する指針」が適用されることになりますが、今後、当該指針の見直しが行われることも考えられます。
その場合には、事前に顧客との契約を見直し、企業内の管理体制を整備することが求められます。企業の会計・経理担当者は、収益の認識に関して「契約の識別」をするために法務担当者と連携しながら、契約の成立時点を契約書等に照らして確認しておくことが必要です。
また、「履行義務の識別」をするためには、契約書の条項に照らし、顧客に提供することを約束した財またはサービスのそれぞれについての履行義務を、あらかじめ確認しておくことも必要になります。
さらには、企業が想定する実態に合った収益認識を行うために、取引先と契約内容(契約条項など)を見直すことが必要となるかもしれません。
例えば、上記「ステップ1:契約の識別」の段階においては、そもそも契約の成立が特定されない限り、企業は収益を認識することができません。現行では、実務上個々の取引契約書や受注書・注文書によって企業の代表者名義による書面を取り交わしていない場合には、新しい収益認識基準に基づく収益認識にあたっては契約の識別が困難になる可能性があります。仮に、取引基本契約書が存在するのであれば、個々の取引契約の成立を容易に説明できる契約条項を織り込んでおくことが必要です。
また、そもそも企業の代表者名義による書面を取り交わしていないような場合には、契約の識別を容易に行えるように客観的な証拠を残す工夫が必要であると考えられます。上記「ステップ2:履行義務の識別」の段階においては、財またはサービスの給付対象だけでなく、それに付随して提供される財またはサービスの約束(販売インセンティブやポイントの付与など)等も含めて履行義務を特定しておくことが必要となります。
さらに、大企業との取引がある中小企業については、「中小企業の会計に関する指針」の見直しの有無にかかわらず、上記のような契約の見直し等を求められる可能性も考えられます。
以上(2019年12月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 伏見健一)
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