書いてあること

  • 主な読者:従業員の海外赴任を検討している中小企業の税務担当者
  • 課題:海外進出を検討する際の税務上の問題点を把握したい
  • 解決策:従業員の源泉所得税・住民税の取り扱いに注意が必要

1 海外赴任と税金

コロナ禍により、一時的に海外往来はストップしているものの、近年は大企業だけでなく中小企業においても、海外進出が増えており、海外赴任をする従業員も珍しくない時代です。本記事では、従業員を海外に赴任させる際におけるその従業員に関する税金の取り扱いを解説していきます。

なお、本稿における海外赴任とは、企業等に属する個人が辞令等により日本国外の関係会社もしくは支店等に1年以上の長期にわたり勤務する行為をいい、短期の出張等に関しては海外赴任に含めないものとします。

2 海外赴任に関連する国内の主な税金

1)所得税

所得税法では、1年以上日本国内に住所等(住民票の有無にかかわらず、居所や生活の本拠地等実情に基づいて総合的に判断)を有しない者を「非居住者」といい、居住者(永住者、日本国内に住所等を有する者)と比べて、所得税の課税範囲が異なります。

居住者に対する所得税の課税範囲が、全世界所得(国内源泉所得+国外源泉所得)であるのに対して、非居住者に対する課税範囲は、国内源泉所得に限定されます。

なお、国内源泉所得とは、国内で生じた所得(収入)をいい、具体的には国内勤務の対価として支払われる給与や国内に所在する不動産から生じた賃貸料収入、国内の銀行から受ける利息や国内の企業から受ける配当などがあります。

2)住民税

住民税はその年の1月1日時点で日本国内に住所等を有する場合に課税されます。そのため、12月31日に海外赴任により出国した場合には翌年の住民税について課税は生じませんが、1月1日に出国した場合は課税関係が生じることになります。なお、普通徴収の未納分(あるいは特別徴収未済分)については、海外赴任をしても納税が免除されるわけではないので、出国前に全て納付するなどの留意が必要です。

3)国外転出時課税制度

海外赴任者が、出国時に多額の金融資産(株式などで時価が1億円以上)を所有している場合は、「国外転出時課税制度」が適用されることがあります。そのため、多額の金融資産を有する同族会社のオーナー一族の人などが海外赴任をする際には留意が必要です。なお、国外転出時課税の申告が必要な海外赴任者が、国外転出のときまでに一定の手続きを行った場合には、国外転出の日から5年間(延長の届出により最長10年間)納税が猶予されます。

(注)「国外転出時課税制度」とは、1億円以上の金融資産を保有している者が国外に転出する場合に、その金融資産の未実現利益(含み益)に対して課税を行う制度です。

3 赴任先における税金負担(所得税)

送り出し企業が海外赴任者に対して留守宅手当等の名目で支給する給与については、原則的には国外源泉所得として日本での課税が生じない代わりに、通常は赴任先の国等において課税が生じることになります。ただし、赴任者が従業員でなく「役員」である場合には、留守宅手当等の名目で送り出し企業が支給しているものであっても、国内源泉所得として源泉徴収が必要になるので注意が必要です。なお、国外支店等において役員としてではなく「使用人」として赴任する場合は、通常の従業員と同様にその給与は国外源泉所得として日本では課税されません。

また、赴任先における課税範囲や課税方法は各国等の税法等により異なるため、どのような税負担や申告、納税方法を採用しているか確認し、赴任後に思いがけない課税等が生じることのないよう、事前の対応が必要です。

各国等における代表的な課税範囲の取り扱いを例示すると、赴任先での業務に係る給与の全て(現地払い分+現地以外(日本)払い分+経済的利益)を対象としていることが多く、この場合、現地払い給与のみを申告している際などは特に留意しなければなりません。実際、適切な申告をせずペナルティーが科せられる事例や、国等によっては未納等がある場合には出国(帰任)できないなどの事例もあるようです。

このように税金の取り扱いについては、国等によってさまざまであるため、実際の対応については、海外進出支援を行っている税理士などの専門家に相談するようにしましょう。

4 海外赴任者に係る税務手続きに関する留意点

1)海外赴任前の国内の給与所得等に関する留意点(所得税の精算)

海外赴任者が1カ所の給与所得のみで、その収入総額が2000万円以下の場合は、送り出し企業はその者の出国時までに、年末調整により所得税を精算する必要があります。なお、出国前までの期間(国内勤務期間)に相当する賞与を「出国後に支給」した場合は、国内勤務期間に相当する部分の金額は、非居住者に対する国内源泉所得として通常の給与(居住者時代の給与)とは異なる税率で源泉徴収が必要になります。このような複雑な実務を回避する方法として、出国までに賞与を支給し、出国時に年末調整を実施することなどが考えられます。

また、2カ所以上からの給与や不動産所得など、給与所得以外の国内源泉所得を有する海外赴任者は、出国時までに納税管理人を選定し、所轄の税務署および住所のある市町村に届け出ます。納税管理人は法人・個人いずれでも届け出ることができ、海外赴任者の代理人として確定申告をすることになります。なお、納税管理人を選定しない場合は、出国時までに自分自身で確定申告をしなければなりません。

その他、参考として、海外赴任者がNISA口座を保有している場合の留意点を紹介します。以前は、非居住者(国内に恒久的施設を有しないもの)はNISA口座を保有できないこととなっていたため、赴任前に証券会社にて出国に係る諸手続きを経てNISA口座を廃止し、お金を払いだす必要がありました。しかし、2019年度税制改正に伴い、NISA口座については、証券会社にて一定の手続きを取ることにより、継続保有が可能となっています。ただし、非居住者については証券口座自体の保有を認めていない証券会社もあり、これらの取扱いは各証券会社で異なるため、各自で事前に確認する等の留意が必要となります。

2)非居住者に係る源泉所得税の納付書に関する留意点

非居住者に対して支給する役員報酬や、出国後に支給される出国前の国内勤務期間に係る賞与等は国内源泉所得に該当するため、20.42%の源泉所得税の徴収が必要です。また、この際の納付書は通常の給与に係る納付書と様式が異なります。

3)非居住者の確定申告(納税管理人の届出有り)に関する留意点

前述した一定の国内源泉所得を有する非居住者で、納税管理人の届出書を提出した場合は、申告期限(原則3月15日)までに、納税管理人を通じて確定申告書を提出し納税します。当該確定申告に係る課税範囲は国内源泉所得に限られ、また適用される所得控除は、基礎控除、寄附金控除及び雑損控除(国内資産から生じたもの)に限られます。

4)帰任時の留意点

赴任者が帰任(一時的なものを除く)した場合には、帰国した日の翌日から居住者となり、通常の従業員と同様の方法で、給与に対する源泉徴収が必要になります。また、帰任後に現地勤務に起因する給与や賞与が支給された場合においても、日本の課税対象となりますので、現地勤務に起因する給与等は帰国前にすべて支給し、現地で納税を済ませることで二重課税を避けるといった工夫が必要です。なお、二重課税が生じた場合も、確定申告で外国税額控除(詳細な説明は省略)を適用することにより、一定の額について二重課税を排除することが可能となる場合があります。

その他、納税管理人を選定している場合は、納税管理人の解任手続きが必要です。また、国外転出時課税制度の納税猶予を届け出ている場合には、課税の取り消しや更正の請求手続き等に留意が必要です。

なお、2019年度税制改正により、5年以内の海外転勤であればNISA口座の継続利用が可能になったため、出国の段階で証券会社に「継続適用届出書」を提出していた場合には、帰国後に「帰国届出書」を提出する必要があります。

5 【参考】短期滞在者免税(租税条約)

海外赴任ではなく、自社の業務等で海外に出張したときにも、その出張先の国等によっては、現地で課税が生じることがあります。この場合、同じ所得に対して、日本と出張先の国等の双方で課税関係が生じることになります(二重課税)。この二重課税の排除を目的として租税条約において「短期滞在者免税」という規定があります。この短期滞在者免税の要件を満たす場合は、現地での課税が免除されます。そのため、日本と出張先の国等との間に租税条約が締結されているかどうかや、その免除条件を確認することも重要です。

以上(2021年7月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森 浩之)

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画像:photo-ac

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