書いてあること
- 主な読者:将来の意思決定に役立つファイナンス思考を身に付けたい経営者
- 課題:売上が減少傾向にある場合などにおいて、コスト削減の考え方を知りたい
- 解決策:固定費の特性を正しく理解し、できる範囲で固定費を増やさないように工夫することで、業績への影響をコントロールしやすくなる
1 コロナ禍だけではない、オフィス移転の理由
街を歩いていると、空き店舗を見かけることが多くなった気がします。度重なる緊急事態宣言により、東京では飲食業を中心に厳しい状況が続いています。
会社のオフィスについても、一部スペースを返したり、面積が小さな場所に移転したり、なかにはオフィスを閉鎖する会社もあったりするなど、不動産にも大きな影響を与えています。確かに、リモートワークが進んだことから、以前のように出社して執務するスペースが要らないという理由もよく分かります。
加えて、オフィス移転などをする会社が多いのは、コロナ禍だからではなく、実はオフィスを借りるための費用が固定費だからという理由があるのです。
2 固定費は売上ダウン時の負担が大きい
固定費という言葉は聞いたことがある方も多いでしょう。固定費とは、売上が変動しても金額が変わらない費用のことです。ちなみに、これとは反対に、売上に比例して増減する費用を変動費と呼びます。
コロナ禍においては、売上が激減する一方で、固定費が重くのしかかって、経営不振に苦しんでいる会社が数多くあります。まさに定義の通り、固定費は売上が減ったとしても、かかり続けます。経営悪化時の業績への影響はとても大きいのです。
3 削減努力の効果が高いのは、固定費
その一方で、固定費には削減効果が続きやすいという性質があります。例えば、先ほどの狭いオフィス移転の例で考えてみると、引っ越しなど移転の際、一時の手間やコストはかかりますが、いったん移転してしまえば家賃の削減効果は半永久的に続きます。
変動費ではこうはいきません。会社は業績が厳しくなると、交際費や交通費などの変動費を抑えることがしばしばです。しかし、その努力を継続するのはなかなか大変です。つまり、固定費に比べて変動費の削減効果を継続するのは大変ということです。
雑誌などでファイナンシャルプランナーが、家計の改善のための助言を行う記事を見かけますが、よく取り上げられているのは、家賃と保険料と携帯電話などの通信料、子どものお稽古の月謝です。これらに共通するのは、固定費ということです。この家計の例から見ても、せっかく努力するのであれば、固定費に着手した方が「コスパがいい」というのがお分かりいただけると思います。
4 人件費も、固定費
このように、足元の業績を改善し、将来の利益を稼ぎやすくするためにも、固定費の削減は役に立ちます。
家賃に加えて、代表的な固定費として、人件費が挙げられます。シリーズ第3回(「人」と「コスト」のファイナンス的考え方/中小企業経営者のためのファイナンス講座(3))で、「人件費はコスパを考えるべき」という話をしましたが、その理由の1つに、人件費も固定費だからといえます。
業績が悪くなると、以前からリストラをする会社が見られましたが、これはまさに、足元と将来の業績という2つの目的のために行われるのです。
5 固定費=悪者ということではない
ここまでの話を聞いて、固定費は悪者だと感じた方もいるかもしれません。しかし、そうではなく、固定費の性質を正しく理解することが大事です。
固定費がいいか変動費がいいかという議論は、飲食店で食べ放題がいいかアラカルトがいいかということに似ています。たくさん食べる方には食べ放題がお得ですし、小食ならアラカルトの方が実際に食べた分だけの請求なので無駄がありません。つまり、どちらが合っているかは、人それぞれで、万人に共通する答えはありません。同様に、固定費がいいか変動費がいいかを判断するには、自社の業種を踏まえる必要があるのです。
というのも、業種によっては、比較的大きな固定費の負担が不可避という場合も多いのです。例えば、飲食業や小売業など個人のお客さん相手の事業は、やはり立地が大事です。従って高額な家賃が必要です。
しかし、最近はその中でも、デリバリーやオンライン販売など新たな形態に注力する動きも見られます。もちろん、厳しい環境下で生き延びるために考え出される取り組みですが、結果的には固定費が減って、利益が出やすい体質になる効果もあるのです。
6 固定費が減ると、業績好転時の影響も大きい
また、売上が伸びるなど、業績が好転した際には、固定費はうれしい効果があります。
例えば、業績好調のWeb関係の会社では、営業利益率70%といった数字を見かけることがあります。流通業など利益率が低いことが多い業種からすると、驚きです。まさにこれも、固定費のなせる業なのです。
自社でソフトウエアを開発し、その利用料を得る事業では、開発時には人件費が膨大にかかりますが、一度開発に成功してしまえば、後は保守運用するための人件費や、サーバー費用くらいしかかからない場合もあります。
そのため、売上が成長すると、これらの固定費の金額が相対的には小さくなるため、驚くような利益率につながります。
このような固定費の存在により、売上伸長時に利益が大きく増える現象は、固定費のレバレッジ(「てこ」のこと)効果と呼ばれます。
7 最近は固定費を変動費化できることも多い
とはいえ、事業の形態を追加したり変えたりするには、時間も手間もかかります。そこで、固定費を減らすもう少し取り組みやすい方法として、固定費の変動費化があります。
例えば、いきなりオフィスをなくす代わりに、従量制のシェアオフィスを利用するのも1つです。また、営業車をリースする代わりに、カーシェアを利用することもできるかもしれません。
シリーズ第2回(ファイナンス特有の「見えないコスト」の考え方/中小企業経営者のためのファイナンス講座(2))の中で管理コストがかからないよう、これらのサービスを使って中小企業は「持たざる経営」をという話をしました。その理由は、固定費による業績圧迫を避けるためでもあるのです。
以上(2021年7月)
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画像:pixta