書いてあること
- 主な読者:将来の意思決定に役立つファイナンス思考を身に付けたい経営者
- 課題:機会コストや埋没コストは、コストとは付くものの、新たな支出を伴うものではないため、とっつきにくい
- 解決策:意思決定に迷った際、機会コストが何かを明確にすること、埋没コストがあれば無視をすることが大切
1 機会コストで確認。「できるけど、やらない方がいいこと」
今回は、ファイナンスで必ず押さえておきたい「機会コスト」と「埋没コスト」について解説します。
まず、機会コストとは、
2つの案がある場合に、一方の案を選んだことで失ってしまった、もう一方の案から得られた収益
のことです。オポチュニティコスト、機会費用とも言います。ここから学ぶべきことは、
自社の社員でできることであっても、外部に頼んだ方がいい場合もある
ことです。シリーズ第3回(「人」と「コスト」のファイナンス的考え方/中小企業経営者のためのファイナンス講座(3))で、主に人件費コストの割高さに注目して、そうお話ししました。
これがまさに「機会コスト」です。社員に訓練期間が必要のない単純作業をお願いした場合、他の大事な仕事ができなくなってしまいます。このケースにおける機会コストは、その社員だからこそできる高度な業務が当たります。
2 残業削減がうまくいかないのは、機会コストも一因
残業削減は経営の重要テーマですが、経営者や人事部門がいくら訴えても、なかなか減らない会社がほとんどです。これは、社員個人の機会コストの面から考えても、当然といえます。なぜなら、残業しない場合、これまで残業することで得られていた収入(残業手当)が得られなくなってしまいます。つまり、この場合の残業手当分の収入は、残業しない場合の機会コストとみなされたのです。
このように、多くの人はすでに意思決定時における機会コストの使い方を、無意識に習得しています。
残業が掛け声だけではなかなか減らなかったのは、多くの人が機会コストを意思決定時において正しく使えたからといえます(もちろん、機会コストによる意思決定だけでなく、業務上どうしても残業が必要だという人もいると思いますが、ここではあくまでファイナンスの視点で述べています)。
では、残業削減に成功した会社はどのようにしたのでしょうか。一部の会社では減った残業時間に対して、残業削減手当を支給しました。残業削減手当を支給すれば、損する金額が減りますので、残業しなくてもいいかという判断につながったのです。
3 ギャンブルや投資には、埋没コストのワナが潜んでいる
もう1つ紹介したいのは、「埋没コスト」です。埋没コストとは、
2つの案がある場合に、どちらの案を選んでも共通してかかるコスト
のことです。サンクコスト、埋没費用とも言います。
埋没コストの例には、ギャンブルの埋没コストがあります。パチンコや宝くじなど、負け続けると「次は勝つ気がする」「これまでの損を取り返さなくては」と、泥沼にはまるケースが多いようです。
これまでに使ったお金が、まさに埋没コストです。冷静に考えれば、ここでギャンブルをやめても続けても、返ってこないコストです。よって、続けるかどうかを決めるのに本当は考慮してはいけません。しかし、理性ではそう分かっても、私たちの感情は別です。「そろそろ当たるはず」「このままでは悔しい」という感情に左右されてしまいます。
ファイナンスの観点から、
埋没コストの正しい使い方は無視すること
です。こちらは機会コストと逆に、「感覚に従ってはいけない」と、しっかり覚えておいてください。これは一般に、「埋没コストのワナ」と呼ばれています。株などの投資も、損切りが最も難しいといわれるのは、同じ話ですね。
4 多額な投資ほど、誤った意思決定をしやすい
会社に当てはめて考えると、設備投資や研究開発にすでに要した費用が埋没コストの代表例です。
かつて超音速旅客機として期待されたコンコルドですが、短命に終わったのは、
燃費が悪いなど採算が合わないことに開発途中で分かっていたのに、巨額の開発費をすでにかけていたことから、後戻りできなかったから
という話を聞いたことがあります。
液晶パネルの生産工場も同じです。工場の建設途中で市場の状況が変わってきたものの、そのまま建設を続行したという話があります。工場は完成したものの、予定していたほどの稼働ができずに、稼働するほど赤字が出る状況が続いてしまいました。
巨額な費用をかけていればもったいないと思うのは当然です。しかし、大きな案件であるほど、投資を続けてしまうことで、さらに大きな損失が発生するものです。冷静に開発費用は埋没コストと割り切って、意思決定をするのが重要です。
大手企業の役員でも、感情に引っ張られて、正しく意思決定ができないケースがあるのが、この埋没コストの恐ろしさです。お金だけではありませんが、過去は変えることができません。変えられるのは将来だけということに注目して、埋没コストは無視すべきということを押さえてください。
5 悪役ではなく、ビジネスチャンスを生むことも
埋没コストを悪役のように思われた方もいるかもしれませんが、実はビジネスチャンスとして活かすこともできます。埋没コストは、2つある場合に、どちらの案を選んでも共通してかかるコストなので、追加で費用が発生しないと捉えることもできます。
例えば、朝と夜で異なるオーナーやメニューの飲食店がそうです。家賃を埋没コストと捉えて、定休日や空き時間に別の人に貸せば、その分時間貸しの家賃が得られます。つまり、
すでに支払いを済ませた、一部空いているものを活用する
というふうに考えると、色々なアイデアが考えられます。
在宅勤務が増えた最近では、カラオケ店が個室をテレワーク用に提供したり、ホテルがデイユースプランを用意したりしています。個人の空間という特性に注目し、従来と用途を変更することで活路を見いだそうとしています。すでにある設備は埋没コストに当たりますので、ファイナンス的にとてもいいアイデアといえます。
今回ご紹介した機会コストや埋没コストは、コストとは付くものの、新たな支出を伴うものではないので、とっつきにくいと思う方もいるかもしれません。しかし、どちらも意思決定のときには必ず押さえなくてはいけない大事な考え方です。
ぜひ、ご紹介した例とともに意味を理解し、意思決定に正しく使えるようにしてください。
以上(2021年6月)
(執筆 管理会計ラボ 代表取締役 公認会計士 梅澤真由美)
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