書いてあること

  • 主な読者:取引先を評価して経営戦略に活かしたい新任役員、新任管理職
  • 課題:感覚的な良い悪いだけではなく、数字の裏付けをもって判断したい
  • 解決策:限界利益(率)を使って評価する

1 良い取引と悪い取引の判断

一般的に取引先の良しあしは売上高の大小で把握されているため、より多くの売上が上がっている先を「良い取引先」と考えます。確かに、大きな取引ができているという意味では良い取引先ですが、売上の大きさがそのまま利益の大きさになるわけではありません。極端な例をいえば、売上が大きくても利益が出ていない赤字の取引先もあるわけで、特別な意図がなければ、これは良い取引先とは言えないわけです。

特に新任役員や新任管理職は、着任後、すぐに現状を分析して既存取引先の方針決定(取引規模の拡大、現状維持、縮小)を判断すると同時に、新規取引先の獲得も戦略的に行う必要があります。その際、「取引規模が大きい」「長年の付き合いがある」「相手が大企業である」といったことだけで判断していては、利益を失う恐れがあるのです。

この記事では、「管理会計」の観点から取引の中身に目を向け、定量的に良い取引と悪い取引の判断基準を説明します。

2 費用を分類してみよう

利益は売上から費用を引いて求めるわけですから、まずは管理会計の視点で費用を分類してみましょう。具体的には、次のように「変動費」と「固定費」に分けます。

  • 変動費:売上高に比例して発生する費用
  • 固定費:売上高に関係なく発生する費用

分類の手法には「勘定科目法」と「統計的方法」があります。詳細は割愛しますが、勘定科目法は、自社の費用を勘定科目ごとに変動費と固定費に分ける方法、統計的方法は、売上高と総費用から最小二乗などにより算定する方法です。

また、費用を次のように「直接費」と「間接費」に分けると、さらに詳細に把握できます。

  • 直接費:特定の製品の製造や販売のために発生する費用
  • 間接費:上記に付随して発生する費用

例えば、複数の取引先の営業担当者の人件費は固定費であると同時に、間接費でもあります。営業担当者の活動を「事前準備と商談」とした場合、事前準備と商談にかかる時間を確認し、営業担当者の1時間当たりの人件費と取引先の訪問回数を掛ければ、取引先別の人件費が明らかになります。

  • 1回の訪問にかかる時間:事前準備30分、商談1時間
  • 営業担当者の1時間当たりの人件費:4000円
  • A社(月に3回訪問)に対する費用:1.5時間×4000円×3回=1万8000円

3 取引先ごとの収益状況を比較してみよう

費用の分類をしたら、取引先ごとの収益を一覧にまとめてみましょう。その際、限界利益(率)も計算すると後の分析に役立ちます。

  • 限界利益:売上高から変動費を差し引いた利益
  • 限界利益率:売上高に占める限界利益の割合

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さて、ここで問題です。

A社とB社から5000万円分の増産依頼がありました。うれしい依頼ですが、生産設備の関係で、対応できるのはいずれか1社だけです。

皆さんは、A社とB社のどちらを選択しますか?

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図表1では、A社が売上高、営業利益、営業利益率で勝っていました。図表2でもA社が売上高、営業利益では勝っていますが、営業利益率はB社が逆転しています。つまり、B社のほうが効率的に利益を生んでいるということであり、これは限界利益(率)を見れば分かるのです。数字が際立って良かったり、悪かったりすれば判断は容易ですが、A社とB社のような似通った取引先については、複数の数字の裏付けをもって判断するようにしましょう。

4 単価と数量だけでなく、限界利益はいくらか?

今度は、W社とX社から新規取引を求められたとしましょう。条件は以下の通りです。

【自社の製造条件】

  • 変動費:6万円/製品1個当たり
  • 固定費(本取引で新たに発生するもの):2000万円

【W社とX社の希望】

  • W社:販売単価は11万円で、1000個購入したい
  • X社:販売単価は10万円で、1100個購入したい

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設例のように、販売数量や販売単価が異なる案件を比較する場合は、限界利益に着目します。今回のケースでは、販売数量に応じて変動費も変わってくるため、売上高は同額でも、販売数量の多いX社のほうが変動費は高くなり、限界利益が低くなります。この場合、W社を選ぶのが有利です。また、この結果は、単価を引き下げた場合も同じです。参考として、次の条件のY社とZ社を比較した結果を紹介します。

【Y社とZ社の希望】※ここでは、追加の売上を考慮しません。

  • Y社:販売単価は9万円で、1000個購入したい
  • Z社:販売単価は10万円で、900個購入したい

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やはり販売数量に応じて変動費が変わるため、売上高は同額でも、販売数量の多いY社のほうが限界利益は低くなり、Z社のほうが良い条件となっています。

5 将来有望でも安易な値下げにはご用心

先のY社とZ社では、Z社のほうが自社にとって条件が良いことが分かりました。しかし、Y社は将来有望で、9万円に値下げした条件でも「取引実績を作りたい」と考えています。この何となく取引しておきたいという感覚を、W社、X社、Y社、Z社を比較すると次のようになります。なお、以降ではY社を比較の主体として、他社と比べていきます。

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Y社への販売単価である9万円と、限界利益率である33.3…%を変えない場合、Y社との取引で、他社との取引による利益に追いつくために必要な販売数量は次の通りです。

  • W社の利益3000万円に追いつくための販売個数は、1666.7個
  • X社の利益2400万円に追いつくための販売個数は、1466.7個
  • Z社の利益1600万円に追いつくための販売個数は、1200.0個

Y社への販売数量は1000個の想定でしたが、上の個数を販売できれば他社の利益に追いつきます。例えば、1666.6個販売すれば、利益は3000万円に届くということです。これにより、

「将来有望」という曖昧な部分が、「1666.6個販売できるか?」

といった具合に定量化されました。

「利益を増加させる」という目的で値下げを検討する場合には、値下げによりどれだけ販売数量が増加する見込みがあるのか、事前にこの関係を十分に検討することが重要です。

なお、目標利益を達成するための販売個数は次の数式で求められます。

(目標利益+固定費)÷限界利益率÷単価

以上(2024年11月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 伏見健一)

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