1 実務の手順のキモは、予測数値の洗い出し

実際に現場で投資評価を行うときには、投資によって生じるキャッシュ・フローの見込みが重要になります。投資評価の作業フローは、

  • 投資額を見積もる
  • 「変化する収入」と「変化する費用」の金額を洗い出す
  • 損益(PL)の予測、キャッシュ・フローを計算する
  • 投資評価のための指標を計算する
  • 計算結果をもとに経営者と検討

となります。

今回説明するのは、キャッシュ・フローの見込み作業に位置付けられる1.から3.の手順です。4.および5.で用いる「投資評価の指標」には、代表的なものが4つあり、本シリーズの次回以降で詳しく解説します。

2 キャッシュ・フローの見込みの作業とポイント

1)投資額を見積もる

まずは、業者に設備の見積もりを依頼するなどして投資額を見積もります。新しい機械の導入であれば、高額なものほどA社、B社と複数の見積もりをとることが多いでしょう。新しい店舗の出店であれば、不動産の賃貸や内装工事といったさまざまな支出の見積もりをとる必要があります。

2)「変化する収入」と「変化する費用」の金額を洗い出す

次に、投資によって「変化する収入」を予測し、それに伴って「変化する費用」を洗い出します。

  • 変化する収入 … 製品の増産や新店舗での販売によって増える売上
  • 変化する費用 … それに伴って増加する仕入代、人件費など

ここで重要なのは「投資によって変化するものだけを考える」という点です。投資の有無にかかわらず発生する費用は、投資の判断には影響しないため計算対象外とします。実務では、担当者の方が「せっかくの機会だから」と思って、関連しそうな支出を広く拾いすぎてしまうケースも見られます。

ただし、投資してもしなくても変わらない支出まで入れてしまうと、正確な指標(回収期間など)が計算できず、経営判断を誤らせるリスクを高めてしまいます。しっかり対象を絞り込むためにも「変化するもの」に集中して項目を収集することが大切です。

3)損益(PL)の予測、キャッシュ・フローを計算する

損益を予測し、キャッシュ・フローを計算するポイントは2つあります。

1つ目のポイントは、費用の分け方です。注目するのは、「売上と連動するかどうか」という点です。これは、ある支出が「変化する費用」にあたるかどうかを判断する基準にもなります。売上と一緒に増えたり減ったりする費用を「変動費」といい、反対に売上に関係なく、毎月決まった金額だけかかる費用を「固定費」といいます。

  • 変動費 … 売上や仕事の量によって増減する費用(例:材料費、仕入代など)
  • 固定費 … 売上の増減に関係なく一定額発生する費用(例:家賃、人件費など)

なお、すでに社内で管理会計を取り入れており、普段から変動費と固定費の区分に慣れている会社は注意が必要です。投資は、課題解決や収益拡大を目的に行うため、通常の費用と発生状況が変わってくることが多くあります。普段は固定費と考えていたものが、この投資に関しては変動費になるというケース(その逆のケース)もあり得るので、気を付けてください。改めて、この投資では「変動費なのか、固定費なのか」をゼロから考える心構えで臨みましょう。

2つ目のポイントは、シナリオを複数パターン作ることです。例えば、5000万円の売上が期待できるとします。その場合、5000万円だけでなく、4000万円(下振れ)と、6000万円(上振れ)のケースも含めた3つのシナリオを試算しておくと安心です。このとき、3つのシナリオをゼロから作るのは大変ですが、変動費・固定費を分けておけば作業が楽になります。

  • 5000万円の売上を前提とした場合の変動費は「売上の〇%」、固定費は「一定額」と予測する
  • そこから、売上4000万円のシナリオを作るときは、変動費の金額だけを売上に応じて再計算する
  • 同じように、売上6000万円の場合のシナリオの場合も、変動費の金額だけを売上に応じて再計算する

このように、ある条件を変えて、複数のパターンを試算することを「シミュレーション」と呼びます。 

3 事例演習:店舗の新規開設シミュレーション

【前提条件】

  • 年間売上:初年度3000万円、2年目から3年目の成長率2%、4年目・5年目は横置き
  • 売上原価率(変動費):売上の40%
  • 人件費(固定費):300万円
  • 賃借料(固定費):200万円
  • 交通費(変動費):売上の5%
  • 初期投資額(固定費):2000万円、減価償却方法は5年償却・定額法・残存価額ゼロ
  • 実効税率(変動費):30%
  • 割引キャッシュ・フロー(注)で用いる割引率:10%

前提条件

1)売上の考え方

売上は客単価×客数といった具体的な数字から各月の見込みを出していきます。このような見込みであれば、実績との差異が発生した際に、原因は客単価、または客数なのか、あるいはその両方なのかを把握できます。

売上の構成要素である客単価・客数は、よくKPI(重要業績評価指標)としても使われています。業績を改善するために必要な行動を考える指標として、この切り口が適しているからです。その上で、2年目以降の売上がどれくらい成長するのか、その成長がどれくらい続くのかといったことを考えに入れます。

新しいものは、おおむね3年くらいで軌道に乗り、その後は横置きか減少傾向になる…といった具合に、事業計画上の成長率をシミュレーションにも取り入れていきます。

2)費用の考え方(売上原価、交通費)

変動費の売上原価や交通費などは、売上と連動します。それぞれの売上に対する比率を見積もり、売上の金額とあわせて年度ごとの金額を出していきましょう。特に売上原価は、投資の利益を最も左右する可能性のある変動費です。そのため、

主要なものについて個別に数字を作るようにし、内訳として明記しておきましょう

。これは実績が乖離(かいり)した場合や、売上が想定より下がった場合、問題点を明確にし、利益維持・回復する対策を早期に練る上でも大切になります。

3)人件費の考え方

人件費は、人員計画などに基づいて数字を出します。人件費というのは繁忙期の残業代を除くと、営業活動に連動しない固定的な部分が大半と考えられます。なお、社員については「平均月給×人数」、パート・アルバイトについては「平均時給×労働時間数」といった具合に、雇用形態ごとに明確に分けておきましょう。

4)その他の費用の考え方

金額が大きくない、重要度の低い費用の場合は、数字の根拠について、必ずしも積み上げである必要はありません。大体このぐらいという数字でもよいことも多くあります。また、重要度の低い費用について、細かすぎるのも問題です。細かすぎる情報は管理も大変で、経営陣にとってもノイズ(雑音)となってしまうからです。

ここで大事なのは、「変化する費用」でないものは考慮しないことです。例えば、新店舗の開設をしても、本社管理部門の費用が増えないのであれば、本社の管理費はシミュレーションに入れません。もちろん、管理部門の負担は増えるかもしれませんが、業務効率化で十分対応できたり、閉める店舗もあったりなど、人を増やす必要がなく支出に影響がなければ「変化する費用」にはなりません。

5)特殊な費用である減価償却費の考え方

減価償却費とは、機械や建物など将来にわたって使い続けられる一定額以上の資産を購入したとき、その支出を一度に費用化せずに固定資産として計上し、使用期間に応じて毎年少しずつ費用に振り分けていく会計処理のことです。つまり、「過去に支払ったお金を、時間で分けて費用化しているもの」です。この費用は、損益計算書に費用として計上され、製造現場にあるものであれば原価の一部にもなります。しかし、費用として計上されるタイミングでは支払いは発生しないため、非資金費用と呼ばれます。

投資評価でキャッシュ・フローを計算する際、「実際の支出は過去に済んでいるので無視してもよいのでは?」と思うかもしれません。しかし、減価償却にはもう一つ大切な効果があり、それは税金を減らす働きです。具体的には、費用を計上した年には「減価償却費×実効税率」の分だけ税金が少なくなります。これを、タックスシールドと呼びます。

減価償却費が400万円、実効税率が30%であれば、その年に支出はありませんが、400万円×30%(実効税率)=120万円だけの税金の支払いが減るということです。

シミュレーション例では、減価償却費を引いた利益に税率をかけて税金を計算します。その後にキャッシュ・フローの計算において、税引後利益に減価償却費を足し戻すことで当期キャッシュ・フローの見込みを計算しています。

以上(2025年10月作成)

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